第124話:第7の災厄「町は雹にて滅ぶ」
[星暦999年8月15日]
建国記念祭の当日。 アモン・クレメンスは警備本部長を務めていた。警備は万全を期している。気象情報に注意を凝らし、積乱雲の発生に備えた。文字通りの雹を降らせるためにはそれが必要だからだ。戦闘機竜を配置して、その手には硫酸銀弾を持たせた。積乱雲の発生と同時にそれを投入して文字通り"雲散霧消"させるつもりであった。あの、不知火尊の脅迫的予言を成就させてはならない。
各セクションからの報告は異常無しであった。式典は正午から行われる。会場は列席者でごったがえす。町では祝い酒が振る舞われ、中心街区は緊急車輌以外の乗り入れが禁じられていた。街路では祝いのダンスが繰り広げられていた。
そして、式典が始まった。国歌の吹奏に始まり、大統領の演説、歌手によるお祝い歌唱、来賓の祝辞と恙無く進む。そして本星からの祝辞の段になり、ビデオメッセージが行われる画面に衆目が集まる。しかし、画面に現れたのは尊であった。意外な展開に皆がどよめく。
「本日は建国記念式典おめでとうございます。かねがね、お知らせしてきました通り、これよりスフィア国王アーサー43世・ペンドラゴンに成り代わり、第7の災厄を執行いたします。ご出席の皆様、できれば都市の外までお逃げいただきたいのですが、取り敢えず頑丈な建物の中、できれば地下へとお逃げください。
このメンフィスの町は雹と雷によって滅ぶことになるからです。
メンフィスの街よ、あなたの暴虐は満ち、その罪過は天に達した。あなたは倒れる。大いなる街メンフィスは滅ぶ。それは石の上に石を残さず、砕かれるものとなる。
罪にあずかることを望まず、ともに身に災厄をうけることをことを厭う者たち、町から離れよ。」
尊の不気味な宣告によってビデオは切られた。しかし、町では、避難するものはほとんどいなかった。みな、尊の言っていることがなんのことだかさっぱり分からなかったのである。
異変に気づいたのはアモンの部下であった。レーダーに街の上空に飛行物体を多数観測したのである。
「メンフィス上空に飛行物体確認。その数多数。」
レーダー員にアモンはモニターを切り替えさせた。別に異変はない。
「取り敢えず、避難させろ。パニックにならないように。」
無線放送で、念のため頑丈なの建物に避難するよう呼びかけた。
「ホルスに確かめさせろ」
命じながらもアモンは嫌な予感がした。モニターを見ると違和感を感じる。雲の動きが何かおかしい。よく見ると同じ動画を何度も繰り返していた。
「しまった。敵は上空から攻撃してくるぞ。俺も出る。ハッキングされているぞ、カメラのコントロールを取り戻せ。」
アモンは指揮を副官に任せ会場に急いだ。
一方ホルスを操り、起動エレベーターにそって上昇する士官は信じられない光景を目の当たりにする。敵影とされる物体に向かって上昇すると、急スピードで落下する多数の物体とすれ違ったのである。
「あれはなんだ?」
その言葉を残し、ホルス全機との通信が途絶した。
ピスン。という聞いたことのない音がすると、石畳に大きな穴が穿たれる。穴からは煙が立ち上っている。その音は何度も繰り返される。
(ついに来たか……)
壇上の大統領は目をつむり天を仰いだ。
そのあと、町中で大きな爆発音が上がる。火の玉のようなものが次々と降り注ぐ。ビルは崩落して人々の頭上に崩壊し、車が次々に炎上する。
大統領官邸広場は広く、建物までは遠い。アモンは仮設の屋根が設置されている外国からの来賓者の席にたどり着いた。
「アヌビス、起動!」
アモンの体がアマレク最強の機体、アヌビスで包まれる。
「アストラルバリア最大展開!」
背中から4枚の黒い翼が現れ、仮設の屋根全体を包む。
「皆様、ここは安全です。ここから決して動かないでください。」
ひきつった顔の賓客たちはうなずいた。
町中で阿鼻叫喚が始まる。人々は倒れ、血を流す。まるで天から機関銃でも射たれているようだ。火の玉が次々に降り注ぎ、火だるまになる人々もいる。
あまりに凄惨な光景にアモンはモニターから目を逸らす。
「いったいどんな攻撃をしかけてきたのだ?」
「本部長……」
副官の冷静というよりはショックに打ちのめされ過ぎて感情の全てが死んでしまったような低い声だ。
「宇宙港アレクサンドリアⅢがパージされました。」
「パージ?」
最初言われた意味が分からなかった。しかし、それを理解した時には頭のてっぺんから爪先に至るまで悪寒がまるで電流のように走った。
「そんなバカな。」
宇宙港は元々テラノイドの移民船の動力部と胴体部をコアに巨大な構造物が載せられている。それをすべて分解、落下するにまかせたというのか。高度1万キロを越える高さから数百万トンの物質が落とされたなら……核攻撃をはるかに超える破壊力があるだろう。
『雹』と呼ぶにはあまりにスケールが違いすぎる。
「父上~!」
巨大な構造物が落下したのだろう。凄まじい衝撃波が押し寄せ、彼の敬愛する父であり大統領でもあるラムセス・クレメンスは木の葉のようにはじけ飛んだ。
永遠とも思えたわずか30分余りの悪夢が過ぎた後は、もっと忌まわしい現実が待ち構えていた。
徹底的に破壊尽くされた都市。都市中央部の摩天楼群はほぼ壊滅し、がれきの山となっていた。そして夥しい死傷者。まさに、この世の地獄といっていい状態であった。アモンは自分の持つすべての感情を投げ捨て、最善の決定を模索していた。
父の死を素直に泣き叫ぶ兄カーメスにアモンは羨望を禁じ得なかった。
(俺だって、泣きわめきたい。あのマクベインのガキを呪い倒したい!……しかし)
レーダーからの反応は途絶えた。巨大な落下物はあらかた地に落ちたのであろう。
「警備本部長より伝達。これ以上の巨大な構造物が落ちることはない。しかし、細かい破片が落ちてくる可能性は残っている。軍は機動兵士および特殊人型装備(ホムンクルス兵士のこと)以外は地下シェルターへ退避。明朝より本格的な救援活動に入る。」
冷静なアモンの放送によって人々は我に帰る。翌朝から人々は団結し、生存者の救助に力を合わせる。奴隷制度を導入するまでは普通に見られた"勤勉の精神"だった。いつの間に彼らはこれを忘れていたのだ。
死者は200万人を越えていた。誰が国民に対する責任をとり、誰がテラノイドに責任を取らせるのか、それが問題になる。まさに意地と意地、矜持と矜持がぶつかり合うことは間違いがなかった。




