第123話:家族の抱擁
「テラノイドがテロ宣言。建国記念日行事を狙う」
メンフィスタイムスを始め、新聞各誌は『外電』からこの宣告が発せられたことを伝えた。尊が特派員たちに情報を本国に伝えるよう頼んだからである。
マリアンは両親と兄家族に手紙とヘリオポリス行きのシャトルのチケットを送った。尊もフェニキア領事に頼んで彼らに査証を出すよう口添えをしてくれたのだ。部下たちによると、公職を追放された時、父リーバイは別段怒りを表すでもなく、淡々と机を整理していたという。
「みんな、世話になったね。」
退任の言葉は穏やかな口調だったという。そしてもう一言は
「この鉢植え、誰かが世話してくれないか」。
だったという。また、その日
「案外、クビになるのが遅かったな」
出迎えた家族にボソッと一言コメントしただけだったという。
「父さん、手に職(弁護士資格)はあるし、退職金もたっぷり出たからなんの心配もいらないから。あんたに頑張りなさい、って言ってるわ。で……今度、そっちに遊びに行きたい、ですって。」
案じたマリアンが外電プレスルームから母に電話したとき、母親は嬉しそうだった。母が子供たちに過干渉なのは父が母を全くかまわないからだ、というのが義姉たちを含む子供たちの意見だった。これでやっと母はあるべき姿に戻ってくれる………といいな、というのが家族の偽らざる心情であろう。
また、父の公職追放によりマリアンの監視も終わりを告げ、ルームメイトのラジーナとも別の部屋になった。……というより、尊を通して広い家が借りられたのである。
メンフィスに住むテラノイドたちはもっと大変であった。記念日の休みの日には野営をしなければならない。幸い、夏のさなかなので健康上の心配はないだろう。
8月を迎えると、とメンフィスの街は建国祭の準備で一色になる。スフィアのアマレク人は植民星であるため、これは本星の記念日なのである。
今回は特別記念祭として、各都市から永年勤続者と、その配偶者のみが大統領官邸の庭園に招待されることになっていた。貴族たちも当主とその配偶者のみ出席が認められていた。
「大人たちの宴」と銘打たれた建国式典は国家の元勲たちが集う重厚で厳かなものとなるであろう、と政府は広報していたのである。
リーバイと妻も招待されていたが出席するつもりはなかった。自分を公職から追放した政府のために死んでやる必要を感じなかったのである。夫婦と、同居する長男夫婦はヘリオポリスに到着する。地上港で待っていたのはマリアンと元養子であるゼロス(尊)とその妻のアーニャであった。
マリアンと母は抱き合って再会を喜び、尊はリーバイに無断で去ったことを詫びた。
「いやあ、良くも悪くも立派になって。義父さんはお前のことを誇りに思っているよ。何しろ、国一つ作っちゃうんだからな。」
きっと、色々と複雑な思いを秘めているに違いない義父を尊は抱き締めた。
「しばらくメンフィスは混乱の極みになるでしょうから、ゆっくりしていってください。」
尊も義父をねぎらった。
「この綺麗なお嬢さんがゼロスのお嫁さんなのね。」
義母のフローラは今度はアーニャに抱きついてきた。
「はじめまして、お義母さま、アニエスと申します。アーニャとお呼びください。」
思った以上の力で抱き締められてアーニャの声が少し絶え絶えになっていた。
「まあ、ほんとお姫様みたいね。」
はしゃぐ母にマリアンは心の中で
(正真正銘モノホンの"お姫様"ですけどね。)
とツッコミを入れていた。
式典の前日、ラムセスは家族を集め、一人一人を抱き締めた。そして、感謝の言葉を伝える。
「私に何かがあった時、家督はカーメス、お前に任せる。アモンと共にクレメンス家の栄誉と伝統を守って欲しい。」
長男のカーメスは、目を白黒させ、
「父上、明日は本番ですから、お酒はほどほどに頼みますよ。」
と、冗談だと受け止めていた。しかし、母(ラムセスの妻)とアモンはそれが冗談ではないことがわかっていた。今日空けたワインがとっておきの最高級のものだったからである。それは、大統領を退任した日に空ける、と常々語っていたものであった。
一方、メンフィスの奴隷街からは町の外へと歩く奴隷の列が続いていた。地球教の大聖会である、と正式に届けを出し、警察の監視のもと粛々と、湖畔のキャンプ場へと歩んでいる。であるため、アマレク人の団体と当たることもなかった。
むろん、全員が収容できるわけでもなく、村に農奴の親戚があるものたちはそちらに向かった。
「いよいよ明日ですわね。」
リビングで灯りを消し、ソファーに座って星空を眺めていた尊の横にアーニャが腰かけた。
「ええ。」
尊は飲もうと思っていたワインに手を着けずにいた。明日はきっとおびただしい死者が出るだろう。しかも、民間人である。諜報部からは尊の警告が正式に発表された形跡はないという。
外電でテロを起こす、というニュースが入っただけであり、町の雰囲気も祝賀ムードだけで、緊張感はほとんど無いという。もちろん、これは尊にとって想定の範囲内であった。むしろ、政府が暴走するように仕向けたのは尊自身であった。
「カエル、ぶよ、あぶの時に町全体が被害にあったことを忘れているのだろうか。」
鬱々とする尊の頭をアーニャが撫でる。
「怖いのね。でも、お酒に逃げたくもないのね。偉いわ、あなた。」
尊は黙ってアーニャの膝に頭をのせる。腕を目にあてている。涙を流しているのだろう。
「私たちのやるべきことはやりましょう。私はあなたとだったら、たとえ無間地獄であろうともどこまででも、お供しますわ。」
アーニャはワインを口に含むと尊に口付けてそれを流し込んだ。
尊はビクッと身体を震わせたが、それを受け入れた。緊張が切れたのか尊はそのまま眠ってしまった。
彼が目を醒ますと朝になっていて、身体には毛布がかけられており、すでにアーニャは起きていた。カーテンが開けられ夏の朝日が眩しい。尊はシャワーを浴び、戦闘服に身を包む。もう、引き金は引かれた。最善は尽くした。後は人々の選択を尊重しよう、そう決めていたのだから。




