第122話:意地と矜持
メンフィスは大気が汚れている。アマレク人はあまり公害に関しては無頓着なのだ。彼らは皮膚に葉緑素を持っており、光合成によってエネルギーと酸素を得ることができる。それによるのかもしれない。高層ビルが立ち並んではいるが、上層階の方はスモッグで覆われている。空気が悪すぎてスモッグを火災と間違えて消防車が出動した、などという笑い話のような笑えない話があるほどだ。
大統領官邸は都市の中央を流れるナイル川のほとりに建っている。広大な河川敷が庭園になっていて、建国記念日などの祝日には国民にも解放される。
今日はフェニキア大使館の公用車をジェノスタイン氏付きで借りているため、スムーズに入ることができた。今回の尊一行の入国はフェニキアの口添えで可能になっているのだ。
「『友人の友人は友人である、というのは間違いである』、というのは全宇宙で証明済みなんですがね。」
ジェノスタイン氏は皮肉ともとれる呟きをして、女性秘書官に肘で突かれていた。
もちろん、尊たちスフィア軍はアマレク政府にとってテロリストであるため、名義上はヌーゼリアル王子シモン・エンデヴェールの随伴、ということになっているのだ。
きっと、小さな応接室にでも通されるのであろう。一同そうたかをくくっていたが、通されたのは「王家の谷」と呼ばれる大会議場であった。そこには、閣僚をはじめ、有力貴族、またガーディアンたちもそこにいた。むろん、尊たちに敗北したりして顔ぶれはかなり替わっている。
今日は尊、エリカとラザロは戦闘服を纏っていた。戦闘中であり、礼服を着て互いに友誼を結ぶ関係ではないためだ。
ヌーゼリアル王子のシモンは礼服であり、姉のアーニャは大胆なデコルテのドレスにティアラを付けている。
シモンはデコルテから覗く美しい姉の背中を見て、尊が姉を癒してくれて本当に良かった、と実感していた。これだけでも、シモンは義兄の尊を命をかけて支えていこう、という思いにさせてくれるのだ。
まず、シモンが議場の中央に進み出て挨拶し、尊を紹介する。尊は進み出ると一礼した。
「スフィア国王アーサー43世の代執行人、不知火尊と申します。大統領閣下、初めてお目にかかります。我々は自由を求めて闘いを続けておりますが、正々堂々を旨としてまいりました。」
黙れ、奴隷風情が、と野次が飛ぶ。
「残念なことに先日の戦いにおいて、我々の同胞の遺伝子を悪用した非人道的な兵器を投入されました。その件に関して国王に変わりまして遺憾の意を申し上げます。」
野蛮人が、と野次が飛ぶ。
「このように、我らの種族を弄び、同族を殺し会わせるという極めて悪趣味な行為に関して謝罪を求めるものであります。」
何様だ、黙れ、など野次というより最早罵詈雑言が、文字通り雨霰のように尊に降り注ぐ。
大統領ラムセス13世・クレメンスはニヤニヤとしながら聞いていたが、手を振って野次を制すると座したままいい放った。
「断る。よく吠える犬だが、よほど躾が悪かったものと見える。まあ、先日、その飼い主はその責任をとうて解任してやったがな。」
今度は哄笑が響き渡る。エリカもラザロも屈辱に肩を震わせていたが、尊はそうでもなかった。むしろ、ホッとした顔をしていた。
(お義父上がご無事だったのでホッとしているのね。)
アーニャはそう思った。
「では、ここで警告申し上げます。この蛮行により、我が国王はあなた方に対して処罰を与えます。雹と雷によって、このメンフィスに罰を与えるでしょう。屋外にいるものは死に絶え、屋内にいたとしてもその命は保障いたしかねます。この街は滅びるからです。ですから、それを望まぬものはこの街を捨ててお逃げください。」
一瞬、笑いが止まったが、尊の勧告を聞いて再び場内は嘲笑で満たされた。もっとも、真剣な表情で耳を傾けるものも少なくなかった。アモン・クレメンスはその一人であった。
「その日は、来月、8月15日となります。そのあと、再び交渉の場につきましょう。では。」
尊は再び一礼すると、踵を返して議場を後にした。議場はその日付を聞いた瞬間、水を打ったように静まりかえってしまったからである。尊に続き、一行も議場を後にする。扉が閉ざされると。怒号が沸き起こったようだ。重い扉の向こうのことであるゆえ、内容までは聞き取れなかったが。
その日は、アマレクの建国記念日なのである。その日を含めた三日間、街は休みになり、奴隷たちでさえ休暇が与えられるほどである。本星や星内外から賓客が呼ばれ、盛大に祝われる。その日に災厄を宣告されてしまったのだ。
そして、この宣告をすることが尊がメンフィスに来たもう一つの目的であった。
「父上、彼らと交渉しましょう。彼らの要求を半分でも飲むべきです。」
珍しく私邸に戻った父親にアモンは意見した。
「それはできない。テロリストとは交渉しない。これは鉄則だ。」
父はにべもなかった。
「それでしたら、記念式の日をずらすか、会場を変えましょう。」
「それはできない。それは我々の敗北を意味する。しかも、国家的な敗北だ。」
アモンもあきらめない。
「父上は彼らを軽く見すぎです。彼らはこれまでも宣言してきたことはすべてやってきました。彼らの手にはケルビムの知恵があるのです。少なくとも国民の安全は図るべきです。この件を国民に公表してください。メンフィスには世界中、いや銀河中から大勢の同胞が集まって来ます。国民の命と財産を守るのが我々に課せられた義務です。父上は一体何を守られるおつもりですか?」
「言いたいことはそれだけか。……私が守りたいのは矜持だ。何者の奴隷にもならない、アマレクの誇りだ。」
「父上 ! それはただの意地ではありませんか。矜持とは、我々のすべきことを果たした先にある、と私に教えて下さったのは父上です。それを父上は。」
そう言ってアモンが父の顔を見ると、その顔は意固地になっているのでもないことに気づいた。
「アモン、これは父親としての命令だ。お前は生き延びろ。どのみち私の政治家としての命運は尽きようとしている。私はいずれ敗戦の責を負って処刑にされるか、亡命者としてフェニキアに逃れるか、はたまたテラノイドの手にかかるだろう。いずれにしても、私は死ぬ。そして、我が死によってもう一度国民は奮起し、一致団結してテラノイドと戦えるだろう。私はそのための犠牲のヤギとならねばならんのだ。」
「父上……」
アモンは涙を流していた。
「そして、これは大統領としての命令だ。外国からの賓客を守って欲しい。国民の方は私がなんとか手を打とう。」




