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はるかかなたのエクソダス3 ~インディペンデンス・デイ  作者: 風庭悠
第16章:第6の災厄:「地は病によって打たれる」
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第120話:盤上の戦い(前編)

 初夏を迎えたメンフィスの空は真っ青に晴れ上がっていた。梅雨時の晴れ間は、地上港から出ると予想以上の陽気だった。メンフィスは惑星の北回帰線上にあるため、夏はかなり蒸し暑い。同じ緯度上にあるヘリオポリスが、やや高台にあるため、気候は若干冷涼ではある。尊は礼装の軍服で訪れたため、思いのほか力強い日射しに少し汗ばんでいた。外気にあわせて温度を調整してくれるいつもの戦闘服ではないのだ。


「いやあ、いい陽気になりましたねえ。」


尊たちの一行を出迎えたのは、フェニキアのメンフィス駐在主席取引官(大使)のジェノスタイン氏であった。久しぶりの再会である。普段取り立てて親しいというわけではないが、知り合いの少ないところで知人に逢うと、妙に親しみを感じてし うものだ。むしろ、かつて命の危険に晒されたはずの彼が尊たちに親しみを覚える方が異常なのだが。


「おやあ、アーニャさん、お会いできるとは光栄です。」

営業スマイルなのか本心なのか、心なしかジェノスタイン氏は上機嫌だった。それもそのはず、先日の第三次ヘリオポリス会戦で、勝利したスフィア側にベットしていた彼は、その先見の明が、自分の政府内での評価が現在うなぎ登り中なのだ。


 今回の尊のメンフィス訪問には二つの目的があった。その一つはフェニキアの幹部と会うことであった。資金の調達、軍事技術の交流、銀河系国家としての地位の獲得など、彼らの手を借りなければならないことは山ほどある。一方、フェニキア側としては銀河系最高峰のロストテクノロジーがひょんなところから発掘され、いわば「技術のゴールドラッシュ」なのであり、地球人種テラノイドに投資をしたい、という商人や資本家が押し寄せているのだ。


 今回のメンバーは尊とアーニャ、シモン、エリカとラザロであった。今回のエリカとラザロの随行は護衛としてではない。護衛として新設された近衛部隊の二個小隊を着けている。その内の一隊はヌーゼリアル人の部隊であった。各地に散っていたヌーゼリアル人であったが、母星への帰還が順調に近づいていることが知られるとエンデヴェール家のもと、ヘリオポリスに再び集結するようになっていた。その中でも、軍事的な訓練を受けた若者たちがエンデヴェール家の護衛をかってでてくれたのである。


ラザロもエリカも、すでに指揮・教導する立場になって然るべき実績を積んでいた。もう、軍幹部としてりっぱに務めを果している。もはや彼らが護衛に着かれる立場になってしまたのである。もっとも、護衛任務の時からと主従の関係ではなく、面白そうだからついていこう、という態度はここ数年来全く変わっていない。


 主に彼らは治安維持のプログラムや宇宙港の維持管理の最新システムの導入について取引を任されていたのである。


 宿はフェニキア資本のホテルであり、そこで会合が行われる。夜は豪華な歓迎式典と晩餐会が用意されていて、以前とは打って変わって扱いが飛躍的に向上していることを感じていた。これが「戦争に勝つ」ということなのである。ただ、「奴隷上がり」というレッテルはなかなか剥がれるものではなかった。


 幸い、テラノイドの中でも、尊もエリカも、そしてラザロもアマレク人の中上流階級ミドルアッパー)以上の家庭で育てられており、"養子(養女)"として、人前に出ても恥ずかしくないようマナー教育は徹底されていた。ゆえに礼服やドレスの着こなしや立ち居振舞いは堂に入ったものであった。


 ただ別格なのは、アーニャやシモンであった。二人に至っては王族の出身である。流麗な作法に加えて周囲を圧倒するような「生来の」気品があった。これだけは知識や模倣だけで真似できるものではないと、尊をはじめ、皆、舌を巻いていた。


「レッテル」は剥がそうとしないが、「化けの皮」は剥がしにくるのが、フェニキア人の嫌らしいところではある。

「アニエス姫、このあと、余興にダンスパーティーでもいかがでしょうか?」

星外取引総監(外務大臣、つまりジェノスタインの上司)のグランノール氏がアーニャにお誘いをかけてきた。それを耳にしたラザロとエリカの顔がひきつる。彼らにとっては最も恐れていた事態であった。アーニャは尊の方を向き、


「あなた(Your Grace)、どうかしら?」

許可を求めた。尊もすんなりと

「お受けなさい。」

と許可を与えてしまった。もっとも、こんなところで引いている場合ではないのだ。明日からの交渉を有利に運ぶためにも、ここはひけなかった。


ダンスホールには、晩餐会に出られなかったフェニキアの上級取引官や、大商人たちが待ち構えていた。興味本意のもの、本気でテラノイドに投資して一発当てたいもの、理由は様々ではあるが、銀河系宇宙に突如登場したニューカマーであるテラノイドに大いに関心が集まっていたのである。


グランノール氏としては、彼らが棍棒を手にした蛮族なのか、はたまた剣を手に立ち上がった騎士団なのか値踏みしたい、と思っていた。


「こいつは罠だ。やつらは俺たちの失態を酒の肴にしたいだけだ。なぜ受けたんだ?」

ダンスホールへと移動する途中ラザロとエリカは尊に抗議した。


「そうですね。彼らの狙いは二人の言うとおりでしょう。」

あっさり認める尊に、二人は尚も抗議しようと思ったのだが、尊はそれを制した。


「でもこれは逆にチャンスだと思いませんか? 彼らに私たちがただの奴隷上がりではなく、れっきとした文明を持つ民族であることを示すことができます。ですから、まあ、失敗を恐れずチャレンジしましょう。」

尊の励ましにラザロは珍しく気弱であった。よほど苦手なのだろう。

「失敗したら……?」


「堂々としていればいいのですよ? ただの余興ですもの。そう、『競技会』ではないのですよ。」

アーニャの答えにエリカは頬をたたいて気合いを入れ直す。

「ラザロ、腹をくくるわよ。競技会以下の"品評会"で我がチームは無敵だったんだから。」

懐かしい学生時代の護衛体技ガードアーツに話が及ぶとさすがにラザロも腹を括らざるを得なかった。

「そうだね。ベストを尽くすよ。」


ダンスパーティーが始まる。基本的にワルツなので、基本的なステップだけマスターしていれば十分なものだった。ラザロもエリカも義妹相手の練習台をさせられてきただけあって、堂に入ったものだった。ただ、若干エリカの方が足元が覚束なかった。


というのも、義妹相手の時、彼女はいつも男性リード)役だったからである。



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