第119話;手に入れたもの
「わしは行かぬ!」
戦闘終結から一月が経ち、アモンが戦後処理のために今一度ヘリオポリスに行くよう求めたのに対して、マルケルス子爵は激しく拒絶した。テラノイドに頭を下げるのが嫌なのか、人質にでもされることを怖れているのか。恐らくは両方だと思われるものの、とても国家の代表たる貴族の振る舞いとは思えなかった。
「子爵、あなたが行かねば、敵に捕らわれた兵士たちを解放することはできません。それともあなたは彼らがこのままテラノイドの奴隷にでもなればよい、などとおっしゃるわけではないでしょうに。」
アモンは宥めたりすかしたりしながらもマルケルスをなんとか動かそうと腐心していた。しかし、かれは頑なに動こうとはしなかった。
「それほどまでに言うのなら、君が行けばよいではないか。君も男爵という爵位がある身ではないか。いやむしろ君に任す。私は急病である。」
ついに仮病まで持ち出す有り様でアモンは呆れてものが言えなかった。
結局、アモンが代理を務めることで、両国の戦後処理と捕虜交換の交渉はすんなりと進むことになった。戦闘自体の結果はスフィア側の完全勝利とはいえ、序盤は双方が譲らぬ激戦であったため、互いに少なからぬ戦死者と捕虜を出していたのである。
また、第6の災厄の結果、多数の企業が倒産や廃業に追いやられていて、あまたの無職の奴隷たちが街にあふれ、治安を悪化させていた。そのうち100万人前後がヘリオポリスへ移送されることになる。これでアマレク人によって奴隷にされた5,000万人のうちの1割近くがが解放された計算になる。
また、ヘリオポリスと同様廃棄都市となっていたテーベも割譲の予定だ。ただ、急激な組織の膨張は副作用も強烈になってくるため、実際にテラノイドたちが入植するまでには様々なハードルを越えねばならないだろう。
それでも、過当な要求をしない相手との交渉でアモンはほっとしていた。交渉経過を本国に報告し、彼の主な役目は終わった。後は、セレモニー的な仕事になる。
アモンは 負傷した兵士たちを見舞うため病院を訪れた。そこで陣頭に立って治療・看護の指揮をとるアーニャにアモンは挨拶をした。アーニャは軍の医療総監(大佐待遇)なのである。
「アニエス・不知火夫人……この度は…」
「アーニャとお呼びください、アモン閣下。」
ばつのわるそうなアモンにアーニャは満面の笑みで答えた。戦闘は終わっても病院の戦いは終わるどころかたけなわですらある。分かってはいるのだが、病人であればテラノイドであろうとアマレク人であろうと決して分け隔てしないアーニャの方針は堅固だった。
「では、私にも閣下を着けるのをお辞めください。」
尊とはざっくばらんに話せるのに、その夫人と話すのに緊張を覚える自分にアモンは苦笑を隠せなかった。
アモンは敵味方で分け隔てをしない理由をアーニャに尋ねた。
「あら、あたしとしては皆この惑星で生まれた同胞ですわ。」
彼女は鈴を転がすような声で笑った。
アモンは尊の強さの源泉を理解した気がした。「王者の風格」を持つ異星の王女。様々な能力を持つ沢山の仲間に囲まれた尊と、孤軍奮闘を強いられる自分の存在を比較した時に、自分の不足分を思い知ったアモンであった。
「あの、アーニャ……さん、あなたのパートナーの身体がホムンクルス兵士と同じであることはご存知なのですか?」
アモンは余計なことを聞いたかな、と一瞬後悔した。アーニャは少し考えていた。本当のことを話していいのかどうか、迷っているようだった。
「最初はそのつもり……というか、それでもいいや、だったみたいですよ。」
アーニャはヌーゼリアル人がテラノイドやアマレク人よりもはるかに長命なことを説明した。
「スフィア人を解放して導くまで、彼は40年もあれば良い、と考えていたみたいです。ですから、それくらい持つ身体でも十分だ……てね。でも、私と出会ってからはちょっぴり変わったみたいです。君と少しでも長く一緒にいたいな……ですって。」
だんだんのろけ話になりそうな雰囲気だったのだが、そこは気がついたのか、アーニャは
「多分、私のゲノムを読んで、身体を作り直したんじゃないかしら。」
と話題を戻した。それが、彼の持つフォーメーションクリーチャーの1つ、「ラファエル」(ベリアルのこと)の能力なのだろう。
アマレク人も植物のゲノムを読み、それを工学に応用できる。そうやって、様々な製品をを作り上げてきた。しかし、ケルビムの遺産はもっとすごいものがある。宇宙の様々な可住惑星から、数多くの生物のゲノムのサンプルを集めており、それを元に様々なものを作ることができる。 現在両軍にとして使われている発掘兵器もそのデータから作られたと考えられている。それを自在に操るアプリが尊の脳にインストールされている。これが、アマレク人が尊を欲する理由なのである。
逆に言えば、尊にはアマレク人を殲滅するような兵器をいくらでも作り出すことができるはずなのに、このような戦争ごっこに明け暮れている。今回の戦いもそうだ。なぜ3日も待つ必要があったのだろうか。最初から使用していればもっと簡単に勝利できたはずだろう。このことを知っているのは、アマレク人国家の中でもごくごく一握りの人間だけである。
「その、なぜご主人は最初からこの災厄を執行なさらなかったのでしょうか?」
アモンは然り気無く聞いてみた。
「そうですね、それは私も聞きました。だって、こんなに多くの人が死んだり、怪我しなくも良かったのに、ってね。彼は私に謝っていたわ。いつも苦労をかけてゴメンね。……そして、少し考えてからこう言ったの。それは僕たちが奴隷だからだよ。僕は皆にに"与えられた"自由を得て欲しくなかったんだ。自由を"勝ち取って"欲しかったんだ。ですって。……めんどくさいのね。男の人って。 」
アモンはその場を辞しても、その言葉をずっと反芻していた。自由の入手方法に貴賤などあるのだろうか。帰りのシャトルでアモンはまだ考えていた。
「閣下?コーヒーを入れましたがいかがですか?」
部下がコーヒーを出す。
「ありがとう。」
コーヒーを出す手を見ていると、部下の着けた腕時計が非常に無骨なデザインせあることに気がついた。
「きみ、ずいぶん古い腕時計をしているんだね。」
部下はああ、これですか、と腕時計を一回見せる。一昔、いや二昔は前の軍用品であった。
「元々親父のものなんです。私が学生の頃、無理を言って譲って貰ったんですよ。いや、大変でした。やれ車を洗えとか、試験で学年10位に入れとか、散々でしたよ。でも、手に入れた時本当に嬉しかったですよ。ホントに苦労しましたからね。ですから、今でも大事に使っていますよ。まあ、ホントのホントに親父の形見になってしまった、ってこともありますが。」
そうか、とアモンは気づいた。自分は経済的に恵まれた生活をしていたので、親に制限されたのは物の「値段」ではなく、「数」であった。それで、本当に欲しい、と思うまでは軽率に手にいれようとはしなかった。よって、手にいれて満足はしてもそれをずっと大事にしたりはしなかったかもしれない。また、次の欲しい物が手に入れるために早く壊れないかな、なんて思っていた。
不知火尊にとって「自由」とは貴重なものなのだろう。
アモンは、これで平和は暫く続く、と思っていた。しかし、驚いたことにそうはならなかった。不知火尊が再びメンフィスにその姿を現わしたのである。




