第117話:ホムンクルス兵との戦い
マルケルスの顔が怒りで紅潮する。これほどの侮辱をされたことは彼の人生でこれまでになかったかもしれない。確かにこれまでの戦いでアマレクはことごとく尊の後塵を拝してきた。
「これ以上の交渉は無意味である。お前たちに自らの無礼を、おのれの身をもってを思い知らせてやる。」
「閣下!!」
激昂するマルケルスを制しようとしたのはアモンであった。マルケルスは激昂のあまりアモンを殴りつける。いつも部下や奴隷をそのように扱っているのだろう。アモンのサングラスが飛び、殴られた口元が切れる。
医官として控えていたアーニャが呼ばれ、応急処置を施した。その一方で我に帰ったマルケルスは大統領の息子に手を上げたことに青ざめていた。
「マルケルス卿。立派な護衛ですね。私も言葉が過ぎたようです。申し訳ありません。」
察した尊が助け船を出す。
「アモン君、興奮してすまなかった。」
マルケルスが詫びると
「いえ、任務の一環ですのでお気になさらず。私も出すぎた真似をいたしました。申し訳ありません。」
アモンも詫びる。部屋にはりつめた空気が少し緩んだ。
マルケルスも恐れているのだ。尊が激発して宣戦布告がてらに自分を殺すことができることを。逆に言えば、大統領もその覚悟があったからこそ、愛息のアモンを付けて来たのだ。
「これで交渉は決裂となりました。これから戦闘に入ります。我が国は国際法に則り使節団の皆さんを拘束することは致しませんが、国外へと退去していただくことになります。よろしいでしょうか。」
尊の言葉にマルケルスは黙って立ち上がった。
「お送りしてください。」
尊の命を受けたエリカが彼らを案内する。
「厳しい戦いになるでしょう。私たちの覚悟が試されることになります。」
尊の言葉に、残されたスフィア軍のスタッフの空気がまた重くなる。ホムンクルス兵士の投入は、再三尊から言われていたことであったが、実際に対峙することになると、動揺は大きい。
「全軍に通告。ラティーナ(網膜投射式ディスプレイ)を開け。」
尊の訓示が始まる。
「皆さん、これから戦いが始まります。あの敵の兵士は自分の意思で戦うわけではありません。そう、ただの操り人形です。ですから、惑わされてはなりません。彼らを倒すことは、彼らを苦しみから解放することを意味していているのです。怯まないでください。今回も、第6の災厄によって、我々はこの戦いに最終的に勝利することになるのですから。
しかし、それだけで勝てる訳ではありません。必要なのは、みなさん一人一人の持っている『勇気』です。皆さんはそれだけ厳しい訓練を積み、どんな状況のもとにおいても勝利をつかんできたのです。そしてもう一つ必要なものがあります。それは、家族や大切な人を守り抜くという『覚悟』です。ホムンクルス兵士を玩具のように使うアマレク人が、私たちの命を、そして尊厳を尊重すると思いますか?
ですから、勝ちましょう。勝って認めさせるのです。我々が人間であることを。勝って証明するのです。もう我々が奴隷ではないことを。」
「撃て!!」
前線指揮官のジョシュアの命令によって戦闘の口火が切られる。
前回は防空に専念していた尊だが、今回は防空司令を客員提督(法的にはヌーゼリアル軍少将)であるシモンに任せることにした。シモンは最初の戦闘から参加しており、十分に経験を重ねて来た。
一方、アマレク軍としては、前回の空戦を通常兵器であたったために尊に手痛い敗北を被ってしまい、それが、先日の敗北につながった。それで今回はホルスと呼ばれる空戦用天使を投入している。これなら竜巻程度の気象兵器程度ではびくともしない。
尊は代表として交渉をにあたらねばならないのと、第6の災厄の執行のため、戦闘に参加していなかった。逆に言えば、アマレク側は尊に戦闘へと加わらせないために、交渉と戦闘をセットにしたがったのである。
防空戦と地上戦が同時に進行する。アマレクは「アントニアの塔」を落とさなければならない。というのも、ヘリオポリスにたどり着く街道はアントニアの塔の両脇を通るようになっていて。そこから砲撃されてしまえば手痛い打撃を被ることになるからだ。それ以外は深い森林に覆われ、進軍は容易ではない。
前回のように、反対側の入り口であるヒンノムの谷の門から侵入して挟撃することも可能だが、先回はアセチレンガスで補給線を絶たれてしまった。それで今回アマレク軍は電動式モーターのキャリアーを用意していた。いずれにしても、ヘリオポリスの周囲は森林と沢が多く、それが天然の要害となっているのだ。森林を焼き払って足場を作ることも吝かではないが、しっかりとした防空システムを構築しなければ容易にスフィア側の航空戦力の餌食になってしまうだろう。それで、このアントニアの塔を落とすことが鍵となるのだ。
攻防は一進一退だが、死を全く怖れないホムンクルス兵士にかなり苦しめられていた。塔の周りは確実にならされ、塔に対する砲撃はますます増して行く。
天使同士の戦闘は地の利がある分、五分五分であるが、次々に要塞に取りついて、細かい破壊を続けるホムンクルス兵士にジョシュアもラザロも手を焼いていた。
「くそ、しつこい。」
撃っても撃ってもまた立ち上がるホムンクルス兵士たちは自らの死によってこの苦行から解放されたいと思っているのではないだろうか。ジョシュアはだんだんと殺し合いの感覚が麻痺するような気がして来た。
「やはり、"二枚羽"では攻略が難しいか……」
戦況をみつめながらアモンがつぶやく。第6の災厄、恐らくそれが、この戦闘の状況を変える鍵となることだろう。
自分なら有利に戦況を変えることができるだろう。しかし、今はその時ではない。ふと、アモンは不安を感じていた。今、自分が介入して物事を有利に運ぶとすれば、それは自分の出番が遠ざかることを意味する。しかし、散々弱体化してしまった国を渡されたところで自分にとっては何の益にもならない。ある意味ジレンマに陥っていた。
戦闘は膠着状態に陥り、開戦して3日目が経とうとしていた。




