第115話:人間の証明
[星暦999年2月14日]
「戦争反対!」「普通選挙を導入せよ!」「不知火!我々はお前の奴隷にはならない!」
プラカードを持った若者たちが軍本部前でシュプレヒコールを挙げる。
軍のプレスルームでは国内の記者たちや、マリアンら特派員たちが集まり、バラクの談話を聞いていた。
談話の後の質疑応答で、今行われているデモについて質問があった。
普通選挙制度の導入について尋ねられたバラクは、
「まだ我が国では時期尚早と考えております」
と答えた。400年に渡る奴隷生活は人類の自主性を大きく損なっていて、民度(市民としての責任感)が育つまでかなりかかるため、急激な民主化は単なる衆愚化に終わる確率が高い。
また、戦争反対についても
「私も反対です。」
と笑いを誘った。こちらが求めているのは解放と自立であって、戦いたいとは思っていない。文句があれば、メンフィスの大統領官邸前でやって欲しかった。むしろ今、デモにうつつをぬかせる自由を味わい、この自由を大切に思って欲しい。そして、言いたい放題言わせている尊が独裁者なのかどうかを考えてほしい、と説明する。
「ではなぜ、これまでアマレク人と戦い、今もなお戦いの準備をするのでしょうか?」
マリアンの質問に、バラクは口元を綻ばせた。
「それは、我々が奴隷ではなく、人間であることを証明するためです。例えば、家の近所に熊が出たとしましょう。一家の主はドアに鍵をかけ、猟銃を手に家族を守ります。自分の手でね。その覚悟ができていなければ、ただの奴隷です。違いますか?ミス・マクベイン。」
バラクに逆に問われたマリアンは、
「仰る通りですね。でも、これまでは守ってくれている人がいたのに、どうして前の家を出ようと思ったのでしょうか?」
とさらに質問を返す。バラクは若干苦笑いを浮かべた。
「それは、『家族』としてですか?それとも『家畜』としてですか?」
逆に、今度はマリアンは答えに窮した。確かに、それぞれの立場からしたら見方が異なるのは当然だろう。バラクは、さらに続けた。
「もし家族と見ていたのなら、子供が成長して実家から独立した、と思って優しく見守っていてください。逆に家畜とみていたのなら、私たちは証明しなければなりませんね。自分たちが人間であることを。……いい質問をありがとう。ミス・マクベイン」
バラクが質疑応答を終えようとしたとき、爆発音が響いた。室内のモニターが写し出される。デモで集まった群衆の近くで爆発が起こったようだ。広場には煙が立ち込め、大勢の人が倒れている。怒号が響き、人々が我先に逃げようとして、重なり倒れたり、危険な状況であった。
「警官隊が発砲した!」「これは弾圧だ!」
若者たちが騒ぎたてる。
あたりにはもうもうと煙があがる。警備本部のカレブは事態の対応にあたっていた。
「至急警備部に連絡。救護班を要請! 発砲であんな煙が上がるわけがない。ラザロに連絡し、爆発物処理班の出動養成。大体、警備隊には催涙弾しか持たせてないぞ。」
プレスルームにいた記者たちは、プレスルームの防弾ベストを手に取ると我先へと現場へ向かう。ラジーナに至っては防護マスクも着用していた。
(さすが手際がいいわね。)
マリアンはこの騒動の黒幕とラジーナとのつながりを感じていた。
バラクが司令室に戻ると、尊と指揮にあたっているジョシュアがいるだけであった。
「会見お疲れさま。あまり義妹をいじらないでやってくれませんか?」
尊が先程の会見のやり取りを見ていたようで、バラクをからかう。
「いえいえ、一人前になるためには何事も経験ですよ。ところで、どんな様子ですか、デモは?」
バラクの問いに
「ラザロが部下を仕込んでおいたらしいが、どうも自作自演らしい。」
ジョシュアが答えた。報告によると、銃を構えたりしていた警備兵は一人もおらず、爆発はデモ隊が荷物置き場に使っていた公園の一角から生じたものらしい。
「でしょうな。恐らく、批判や反感のの矛先をこちらに向けたいのでしょうな。それで、士師は背後に誰がいると見ていますか?」
尊も苦笑を隠さない。
「そうだね。GOSENの誰かとそのさらに背後にいるアマレクの思惑が見えるようだね。」
マリアンが現場に着いた頃には、救護班がてきぱきと行動していた。陣頭で指揮をとっているのはラザロであった。
そこに現れたのはカレブ・ヨハンソンであった。
「みなさん、これは発煙装置であって、爆弾ではありません。もう危険はありません。落ち着いて行動してください。」
カレブの放送に混乱は収束へと向かうものと思われた。しかし、
「警察は出ていけ!」
今度は若者たちはカレブにかみついてきた。
カレブの部下たちは、彼らを拘束すべきと上申したが、カレブは首を立てには振らなかった。
「みんな、一つだけ聞いて欲しい。」
カレブが拡声器を使って呼びかける。
「みんながこうして自分の意見を主張することは間違いではないし、その自由は保障されたものだ。しかし、考えてほしい。君たちが今こうして自由に考え、発言し、行動できる自由を与えたのは誰だろうか?
それは、士師をはじめ、軍が頑張ってくれたおかげだ。しかし、この自由はまだ権利としては不安定なものだ。アマレクが大軍をもってこの都市を征服すれば、たちまち俺たちはもとの木阿弥だ。
だからきみたちの望む平和とやらは、湖に張った氷の上に立った子供が、氷の下を泳ぐ魚を欲しがっているのと同じだ。足元の氷を割ったら、魚を手に入れるどころか命も危ない。
だから今君たちが考えるべきことは『国が何をしてくれるか』、ではなく、『自分が国に何ができるか』ではないだろうか。もちろん、国というのは士師だけでも、私だけでもない。その中にはここにいる君たちの一人一人も、そして君たちの大切な人たちも含まれている。
平和をただで与えてくれる人はいない。それはここにいるみんなが力を合わせて勝ち取るものだ。今日はここで解散し、それを話し合ってから、また日を改めてこの広場に来て語ればいい。
これから、爆発物に関する捜査を始める。今日は、ここで解散してもらえないだろうか?」
広場から人々が去り始める。くだんの「Brahman」の連中も、はじめは中指を立ててが鳴り声をあげてていたが、周りに人がほとんどいなくなるとすごすごと引き下がっていった。
「お疲れさま、カレブ。名演説でしたね。選挙を導入したら市長にでも立候補しますか?」
かえって来たカレブを尊は冗談をこめてねぎらった。
カレブは苦笑いを浮かべながら
「まあ、その前にやることが山ほどあるからな。」
そう言ってから再び任務へと戻っていった。
そしてその日、宇宙港の通信施設を通してアマレク政府から正式な交渉のための「招待状」が届けられた。あて名は「ヌーゼリアル王国国王ローレスフィグマキア陛下」(ローレンさんのこと)になっていたが、随員を同行させることが勧められており、間接的に女婿の尊に来訪を求めるものであった。
「これで、ようやく同じ土俵に立てるわけです。」
尊の言葉にベリアルはツッコミをいれる。
「立ち合いから『ねこ騙し』かもしれぬぞ?」
尊は笑って答える。
「いいんだ。ただ、それは『横綱』のとる相撲ではないことは向こうも承知しているだろう。」
「モ●ゴル人ならやりかねんぞ。ましてアマレク人じゃ。用心に越したことはなかろう。」




