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はるかかなたのエクソダス3 ~インディペンデンス・デイ  作者: 風庭悠
第15章:第5の災厄「家畜は病によって死に絶える」
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第113話:やっと言えた「ごめんね。」

 マリアンという思わぬゲストに三姉妹たちは大いに喜んだ。自分の姉のパートナーである尊の義妹、つまり「義妹仲間」!という大いなる親近感があったのだ。もちろん、アーニャとしても自分が知らない尊の別の面を知っているマリアンに興味は津々であった。


 でもそこは、

「今日はダメよ。お姉さんはお疲れなんだから。」

リビングで皆で雑魚寝、を期待していた三姉妹はアーニャに手をひかれ、抗議の声を上げる。しかし、アーニャの握る手の強さに、並々ならぬ意思を感じた三人はあえなく引き下がった。


 そして、広いリビングに突如二人きりにされた尊とマリアンはしばし、黙っていた。マリアンは、義兄に詫びるタイミングを、そして尊はマリアンの緊張をどう解こうか、それぞれ考えていた。


「マリアン、プリン、食べる?」

切り出したのは尊だった。

「あなたの大好物でしたから、今日は僕が腕によりをかけて作ったのですよ。」

尊のやや大げさな表現にマリアンも緊張をほぐされたようだ。


「うん……すぐ判った。だって、とても懐かしい味がしたもの。」

ソファのサイドテーブルに置かれたプリンを尊から受け取ったマリアンは少し笑顔になる。

「実はね……今日は、もう3個目なの。」

久し振りに見たマリアンの屈託の無い笑顔に尊もつられて微笑んだ。

「今日は、特別ですよ。それに、もう次の日になりましたから。」

一日一個の禁を犯すことを義兄は許可した。


 マリアンの手の中でプリンの入ったグラスとスプーンのぶつかる金属音がカチカチと響く。マリアンは口一杯に広がる懐かしい風味に涙が出てきた。

「お義兄ちゃん。今日のは「いつも」より少し甘いかも。」

「誰かさんが勝手に塩味を入れてしまいましたからね。そう感じるだけですよ。」

少し苦味が強めなカラメルソースが、いっそう郷愁を誘われた。彼女がグラスを置く。その嗚咽が徐々に大きくなっていく。


尊は隣に座ると、彼女を引き寄せ頭をなでた。

「お義兄ちゃん、ごめんなさい。私、ずっとひどい義妹いもうとで、お義兄ちゃんを傷つけてばかりいとぁ。いっぱい、いっぱい、ひどいことをしたわ。それでも、お義兄ちゃんだけはずっとそばに居てくれると思ってた。勝手に自分でそう思ってた。でも全部無くしちゃったの。私が悪かったの。ごめんなさい。ごめんなさい。本当にごめんあ……。」


 最後はもう言葉にすらなっていなかった。尊の胸に顔を埋め、マリアンはわんわんと声をあげて泣いた。ごめんなさいを連呼しながら。小さい子供のように。最後は泣き疲れたのか、アルコールの影響もあったのだろう。そのまま尊の膝に顔を埋めたまま眠ってしまっていた。


「尊さん?」

マリアンの泣き声が止んだ頃を見計らってアーニャが声をかけた。手には毛布があった。尊は毛布を受けとるとマリアンにかけた。アーニャは尊の隣に座り、尊にもたれかかる。

「ずっと自分を責めていたのね。」

アーニャが体の重みを尊にあずけながら言う。

「そうだね。」

二人の重さを感じながら尊は頷いた。


「……やっといえた。」

マリアンはたゆたう水の中へと沈んでいく夢を見ていた。深々と静寂が強くなる。彼女は義兄にどうにか詫びたかった。ただ、それだけのために、マリアンは自分の生き方さえ変えてしまったのだ。そうしなければ、彼女自身が壊れてしまっただろう。


 尊は、マリアンにとって単なるお付きの奴隷ではなかったのだ。尊はマリアンにとって世界の半分だったのだ。自分を支え、守り、教え、励まし、時には叱ってくれた存在。親よりもずっと親密で身近な存在。でも、自分の幼さのゆえに、傷つけたり辛い思いをさせた。もしかしたら、謝罪すら拒絶されるかもしれない。そして、あの人は手を差しのべてくれたのだ。そして今、私は彼のすぐ側にいる。


「やっと会えた……」

しっかりと手を握る。二度と離したくはないが、もう、自分の望むとおりにはならないその手を。それでも、ただこうしたいがために故郷を離れ、親に別れを告げ、戦場にならんとする危険な地域に身を投じたのだ。


 そして、今義兄に包まれている。義兄の手は、そしてその胸は私を赦してくれている。そういう確信があった。だから、安心のあまり、私は……。


「マリアン、目が覚めましたか?」


 目を醒ましたマリアンが目を上げるとそこにはまだ尊がいた。手のひらは汗でびっしょりと濡れていた。

「私……眠ってしまったのね?」

「ええ、ほんの3時間程です。まだ夜明けまでは時間がありますよ。」

アルコールの力で眠ってしまったため、思ったより眠りが浅かったのだろう。


「お水を飲みますか?」

アーニャがテーブルに水の入ったコップをおいた。氷の入ったグラスはうっすらと汗をかいている。マリアンはゆっくりと身を起こすと水を飲む。渇いた細胞に染み込む、そんな気がした。


尊はマリアンの頭にぽん、と手を置いた。

「マリアン、もう、あの頃のことは気に病まなくても良いのですよ。あの時あなたは幼かったのです。きっと、思春期特有の精神の成長と身体の成長の……そう、アンバランスさがもたらしたものなのではないでしょうか。……もちろん、私がその時、辛くなかった、といえば嘘になります。辛い、というよりは寂しかった、というところでしょう。ただ、マリアンのおかげで私も成長したと思いますよ。だから、あまり自分を責めないでください。また、こうして大人同士として、仲良くできたのですから。……ところで、お義父さん、お義母さんはお元気でいらっしゃいますか。」


マリアンは子供のように目を輝かせながら、家族の近況を報告した。兄のアーロンが家族と共にメンフィスに帰ってきて両親と同居を始めたこと。ゼロスを失って意気消沈していた母親が息を吹き替えしたように元気になって孫たちの世話を焼いていること。ただ、何時ものようにやり過ぎて兄嫁と険悪になり、父や兄にたしなめられていること。飼っていた犬がとうとう死んでしまったこと。尊と一緒に庭の車回しに植えた桜の苗が、すっかり大きくなって、開花の頃には近所でも名所になっていること。


 尊もずっとマリアンを優しい眼差しで見つめながら話に耳を傾けていた。やがて、夜明けの時間が来た。東側の大きな窓からカーテン越しに秋のやや弱々しくも鋭い光が漏れる。


「マリアン、そろそろラジーナを迎えに行って上げてください。」

尊がゆっくりと立ち上がる。昔よりもずっと大きく逞しくなった背中だ。テラノイドたちの「明日」を背負った背中だ。昔のように、飛び付きたい衝動に駆られたが、マリアンもさすがにそこまではしなかった。


「にいーさまー!」

その時、マリアンの脇を風を切るかのように人影が通り過ぎ、マリアンの座るソファの弾力を借りて跳躍すると、尊の背中に飛び付いた。三姉妹の真ん中のサビーネ(通称サバ子)である。サビーネは尊に後ろから頬擦りする。


「サバ子、おはようございます。」

「おはようなのだ。」

サビーネからハートマークが飛び散っているのが目に浮かぶようで、マリアンは目を細めた。


「義兄さん、ありがとう。さよなら。」

後ろから尊に声をかける。マリアンは"またね"、とは口に出来なかったのである。自分が、再びこの家に招かれる資格もないし、幸せそうな尊を見るのも、ほっとする反面、心の奥底には嫉妬心がぐらぐらと煮えたぎっているのを自覚してしまっていた。


「もう、帰ってしまうのか? 」

心底残念そうにサバ子が尋ねた。

「マリアンには仕事があるのです。きっと"また"遊びに来てくれますよ。」

尊がサバ子に言い聞かせた尊の言葉に、マリアンの目は涙で一杯になりそうだった。


「そうよ、サビーネ。無為に引き留めてはいけません。来てくれて本当にありがとう、マリアン。また、近いうちにいらっしゃいね。"きょうだい"なんだから遠慮なんかしたら嫌よ。」


「……はい。」

アーニャに手を握られ、マリアンは消え入るような声で返事をするのが精一杯であった。

直通エレベーター(軍本部とはフロントフロアからしか行き来出来ない構造)でフロントフロアに降りるとラジーナが無表情に待っていた。


 今回は"罠"に嵌まってマリアンを一人で行動させたのは自分の失態だったからか、単独行動をなじったりはしなかった。ただ、「次は私もご一緒したいわ。」

そう牽制するにとどまった。ラジーナは事務所に閉じ込められた後、朝まで解放されなかったのだ。マリアンが降りてくる一時間程前に、当直の女性兵士が部屋の扉を開放したのだ。


「お迎えが遅れて申し訳ありません。」

その言葉はラジーナの行動を把握していたことを匂わせていた。ラジーナが、酔いのために誤って酔って、誤って侵入禁止区域に入り込んでしまった、と説明すると、

「そうでしたか。士師(ジャッジ)が食堂で朝食を召し上がっていただくよう、と申しておりますがお受けになりますか?」

事務的な笑顔でそう伝えた。


二人は食事をして本部を後にした。マリアンの足取りは軽かった。

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