第112話:歓迎パーティにて
マリアンは共に来た同僚をエリカに紹介し、挨拶を交わす。
「彼女は私の先輩でラジーナ・ロヴェッタよ。」
「はじめまして。」
エリカは握手を交わす。握った手の感触で彼女がただ者ではないことに気づいた。
(間違いなくスパイね。)
エリカは、彼女の所作からすぐにわかった。
「私、新米なもんで。先輩と一緒、ということで赴任を許可されたの。」
(そうか、マリアンの監視も兼ねているのね。)
「あなたの記事、士師が褒めていたわよ。良く書けているって。」
「ほん!……と?」
マリアンは飛び上がって喜びそうな気持ちをなんとか圧し殺した。一挙一頭足が本国に筒抜けなのだ。自分の軽挙妄動で両親や二人の兄に害が及ぶ可能性がある。マリアンとてそれがわからないほどもう幼くはなかった。
軌道エレベーターを降るシャトルで会話はあまりはずまなかった。やはり、戦争の話になってしまう。大まかな組織については公表されているが、安全上の都合で言えない話も多いのだ。マリアンは記者だからこそ近づけたのに、逆に記者ゆえに遠ざけられるパラドックスに気持ちが少しなえかけていた。
「マリアン、今度、赴任してきた外国人特派員の皆さんをホームパーティーにご招待、ですってよ。」
エリカがマリアンにウインクした。マリアンは疲れたように微笑んでみせた。エリカは、マリアンがもっと驚くと思っていたので、かたすかしを食らったような顔をする。
[星暦998年12月10日]
その歓迎パーティーはマリアンが赴任してから10日後のことであった。彼女とラジーナの住居は新聞社の依頼を受けたフェニキアの領事館が用意してくれたものであった。荷物はパソコンと着替えのみで、後はここで調達しなければならなかった。彼女はお嬢様育ちではあったが、ここ数年仕事で、繊細だった神経は鋼のように鍛え上げられていたのだ。
幸いパーティーは平服が指定されていたので、友人の結婚式で2,3度着ただけのドレスで行くことにしていた。無論、カメラとボイスレコーダーもハンドバッグに突っ込むのを忘れない。迎えはハイヤーであり、ドライバーがドアを開けるとそこにはエリカがいた。
「なんか懐かしいなあ。こうやって4人で学校に通ったよね……最後はカタリナと2人きりになっちゃったけど。」
思いの外、マリアンははしゃいでいた。親元を初めて離れた解放感と、義兄に漸く会えるという昂揚感、そして一人前のジャーナリストとしてのデビューする緊張感の入り交じったものなのだろう。
「コサージュ、曲がってるわよ。……お嬢様」
エリカに直されるまで、ラジーナに気にも止めず、話に夢中になっていた。マリアンはふと、通学中車内の前の席で頬杖をついてぼうっとしている義兄の姿を錯覚していた。あのときのかけがえのない日常はもう帰ってこないのだ。
へリオポリスに新たに駐在する"外国人"特派員は20名、アマレクから14名、フェニキアから6名であった。その内女性はマリアンとラジーナの他にフェニキアの記者が1名だけであった。確かに女性を戦地に好んで送り込みたい、とは思わないだろう。アマレクもフェニキアも経済国家であり、この惑星に住む民族の中でも裕福な国家だからだ。
パーティーの会場は軍のプレスルームであり、これから彼らが定期的に顔を合わすであろう場所であった。尊の公邸兼エンデヴェール家の宿舎が同じ建物の最上階にあることから、ホームパーティーと銘打たれたのだろう。立食形式で、炭水化物の摂取が不要なアマレク人に配慮したのか、食事は肉料理半分、あとはデザートであった。
驚いたことに、給仕を担当していたのは尊やバラクを始めとした軍幹部であった。経験の無いバラクやシモンを除けば洗練された身のこなしであった。
(奴隷根性が抜けないのか)
という失笑をこめて揶揄するものもいたが、かえって声がかけやすく、「ホーム」パーティーに相応しい演出でもあった。
さらに、エンデヴェール家の三姉妹も一生懸命お手伝いしている姿に狼狽える者もいた。
「代理人、ヌーゼリアルでは王族にもこんなことをさせるのですか?」
年長の記者の質問に、尊は自分で答えようか迷ったが、ここは質問を聞いていたブリジッドが胸を張って答えた。
「皆さんは今夜、我が家の賓客です。客をもてなすのは主の務め、当たり前のことです。」
いかに奴隷を効果的に使役するか、自らはいかに動かないか、そのことばかりに焦点が当てられた世界で育った人たちにとっては衝撃だったようだ。
無論、接客は他のスタッフもおり、 意見の交換も活発に行われていた。
マリアンは尊とアーニャの仲睦まじい様子や、三人娘やシモンたちに囲まれて幸せそうな様子を遠目に眺めていた。何とか近づきたかったが、先輩記者たちの序列意識に阻まれて中々近づけそうになかった。
そして、散会の時が来るまで、挨拶以外は中々会話ができなかった。思うようにコメントが取れない焦りもあり、ついカクテルを飲み過ぎてしまったマリアンは思った以上に酔いが回っていた。
「マリアン、大丈夫?」
エリカが心配そうに尋ねる。
「うん…… 、多分。……このところ引っ越とか、手続きとかいろいろあって、疲れぎみだったかな。ちょっと休めば大丈夫だから。あれ、ラジーナは?」
散会して人が減ったため、残りの人数は確認できるのだが、そこにはラジーナの姿がなかった。
「彼女には、一階に泊まっていただくことにしました。マリアン、体調が芳しくないようですね。今夜はうちに泊まっていきなさい。」
滅多に、他人に命令形を使わない尊であったが、義妹のマリアンにはすっと命令形が出てきた。
(あらあら、いまだにマリアンは妹なのね。)
エリカは少しそれが可笑しくて、笑いそうになる。
「ラジーナが、泊まって行くんですか?」
マリアンは監視係のラジーナが泊まる、と言うなんて信じられない、という口調だ。
「ええ。」
マリアンは尊の笑顔の奥に毒の混じったニュアンスを感じ取ってそれ以上は尋ねることを止めた。
ラジーナはパーティーを抜け出し、酒瓶を片手に別の部屋を物色していたのだ。彼女の任務はマリアンの監視と、へリオポリスにおける諜報であった。さすがに、奥にあるカンファレンスルームや、幹部連中の執務室までは入れなかったが、事務室には入り込むことに成功し、監視カメラの前で酔っぱらいの演技をしながら盗聴器や小型ドローンをしかけていたのだ。無論、すでにエリカの報告は上がっているので、ラジーナの行動はマークされていた。彼女が目的を達して部屋から出ようとした時にはドアは施錠されており、閉じ込められてしまったのだ。
万事休した彼女は騒ぎ立てるわけにもいかず、単なる酔っぱらいとして、事務室の片隅にある簡易応接セットのソファーで寝ることにしたのだ。こうしていれば警備員が迎えに来るだろう、そう思っていたからだ。しかし、彼女はそこで朝を迎えることになるのである。




