第111話:特派員マリアン
「作戦の延期」。今回の撤退に関するアマレク政府の発表は極めて歯切れが悪かった。一方、スフィアは「圧倒的大勝利」と発表していた。アマレク政府、とりわけクレメンス大統領の支持率は一気に低下し、危険水域と呼ばれる25%あたりをさ迷っていた。
さて、この一戦は双方の社会に変化をもたらした。
スフィア側ではこの勝利によって、尊の権威はますます安定し、アマレクに引き続き服して待遇を改善して行くことを標榜するGOSENに対する支持はどんどんと下がっていった。
また、逃亡してヘリオポリスへ向かう地球人種は増加する一方であり、もはや「逃亡」ではなく「亡命」と呼ぶものさえいた。
一方、アマレクには、度重なる戦闘や災厄による被害の大きさから、テラノイドたちに譲歩すべきだ、という声が上がり始めたものの、奴隷を完全に解放することにはまだまだ抵抗感が強かった。
まず、アマレク製品は値段が安く高品質なのは惑星内外よく知られていて、高い競争力を誇っていた。それを支えていたのが、人件費が極めて低く抑えられる奴隷制度であった。その高い収益性によって貴族は蓄財し、彼らが散財することによって文化や芸術は花開き、それもまた新たな収益源となっていたのである。
また、アマレク人の貴族と平民の間に軋轢が少ないのはさらに下層の民族であるテラノイドの存在によるところが大きく、治安の安定にも役立っている。そして、よほどの貧困層でもない限り、奴隷を持てない家庭はなかった。公的な扶助のもとでだれでも持てたのである。人が一度文明の利器を手にしてしまうと、最早それがなかった生活には後戻りできないのと同じである。彼らにとって奴隷のいない生活は、もはや考えられないのだ。
そして、アマレク人、特に貴族階級が決してテラノイドを手放せない理由がある。ケルビムと呼ばれるこの惑星にかつて住んでいた先住民の知恵をテラノイドが、その王であるキング・アーサーが握っているからである。それが納められているのが「白き御座」と呼ばれたスーパーコンピューターである。ホワイトスローンはキング・アーサーと一体化して万神殿と呼ばれるテラノイドの中枢施設に納められている。
それを使役するシステムは「フォークリーチャーズ」とよばれていて、ナノマシンを司る「マン」、召喚陣(瞬間移動システム)を司る「イーグル」、聖杯(生産)システムを司る「オックス」、惑星防衛システムや天使を司る「ライオン」である。
アマレクもケルビムの知恵が詰まったコンピューターシステム「トート」を持っていて、、民生用の情報は使えるものの、軍事用に転用できる情報は「フォークリーチャー」がないと引き出すことはできないのだ。
それでアマレクは、テラノイドたちを奴隷状態に置いていた数世紀にわたり、「フォークリーチャー」によって最高度の情報を引き出すためのすべての権利の譲渡を迫ったが、元首を臣下が法的に売り渡すことはできなかったのである。
そのため、アマレクはあの手この手を使い、テラノイドの一部に利権を握らせ、スフィア王国から分離させるためにGOSENを作らせたりしたが、法的な権限の譲渡はかなわなかった。
そして、不知火尊の登場である。彼の持つ能力は「マン」の鍵を持っていることを示している。ナノマシンを大規模にしかも自在に操り、大気の組成から天候まで惑星規模で介入する能力を持つ。恐らく最高ランクの使役権を持つ「大気の権威の支配者」と呼ばれる存在であると思われるのだ。
マリアン・マクベインはどうしてもそれが知りたくなっていた。元は、義兄である尊を追いやってしまった自責の念から、自分の義兄は何者なのかを知りたかった。しかし今は、アマレクとテラノイドの関係はこれからどうなるのか、とりわけ、義兄はテラノイドをどこへ導こうとしているのか、それを知りたいと思っている。
そこで彼女はスフィアの首都へリオポリスに駐在してニュースを配信する通信社に出向することを希望した。母親は娘が戦場へ向かうなんてとんでもない、と反対したが、父親は理解を示した。
「尊は私たちの息子じゃないか? 一般市民に手荒な真似はしないし、させないだろう。君がそういう優しい子に育ててくれたじゃないか。」
そう父親は母親を説得した。無論、父親のリーバイにしても確信が持てる訳ではない。娘がへリオポリスに行くことは、自分の出世にも響くだろう。娘を敵地に送った男が政府で重要なポストにつけるはずはないのだ。でも、それをだしに娘を引き留めようとは思わなかった。
自分も若い頃はジャーナリストを目指したことがあり、長男で跡取り息子であったため、断念したくちであった。そのため、ジャーナリストを目指す娘を密かに応援していたし、彼女が夢を叶える役立つためのアドバイスも与えたりもした。マリアンがメンフィス・タイムズでインターンが出来るのも父親の「コネ」だったのだ。彼の大学の同窓生がそこの新聞の主筆を務めていたのである。
母親としては、養子のゼロス(尊)を失った反動か、マリアンに対して過干渉ぎみであった。それでますます母娘中はこじれていったこともあり、リーバイは少し二人の間に距離が必要だと判断したこともある。
[星暦998年11月30日]
現在、へリオポリスへは宇宙港からしか入ることができない。軌道エレベーターのてっぺんにある宇宙港間をシャトルで移動するのだ。もう、北半球では晩秋を迎えたころである。尊によって「デジマ」と名付けられたへリオポリス上空約10万メートルにある宇宙港に彼女を迎えに来たのはエリカであった。二人はハグを交わす。
エリカはグリーン系のワンピースを身にまとっていた。マリアンにとってエリカの出で立ちは、学生時代の黒のパンツスーツに白いブラウスとリボンタイ、というユニフォームか、カーキ色の軍服にフード付マントという色気のないものしかなかった。オレンジに近い赤毛のエリカにはグリーンのシースルーのワンピースはよく似合っていた。
(奴隷じゃ無いみたい)
ふと、そんな言葉がマリアンの頭を過る。もう、彼女は奴隷ではない。「対等」な友人なのだ。頭では解っているものの、教育や環境によって、テラノイドを低く見る気持ちがまだ自分に潜んでいることを彼女は思い知ったのだ。
逆にエリカにとってのマリアンの出で立ちはゴシック調のワンピースといったいかにも良家の子女といったイメージだったが、逆に今日は紺色のパンツスーツで、知的で活動的なイメージを醸し出していた。
(あら、お嬢様じゃないみたい)
エリカも、そんな言葉が頭を過る。マリアンは「友人」になったはずなのに、アマレク人に対するコンプレックスや、それが裏返しになった反発心が自分の心の中に蠢いていることに気づいてしまった。




