第93話:第三の交渉人
あれ?投稿したつもりができてない。申し訳ありませんでした。
夏至を少し過ぎたばかりのヘリオポリスの朝は早い。都市の中心を流れるギデロン川は古代の隕石の衝突によってむき出しになった帯水層の水を集め、流れ下る。幅はあるがあまり深さはない。
水鳥たちが朝の光をたたえた水面から一斉に飛び立つ。高原にあるヘリオポリスのに涼と子育ての環境を求めて飛来する渡り鳥だ。
この大都市には、まだ窓に灯るあかりの数は少ない。おそらく、優に100万を超える人口を有するキャパシティーを持ちながらも、住民の数はまだまだ足りてはいないのだ。
「おはようございます。とても気持ちのいい朝ですね。」
不知火尊は後ろから妻のアーニャに声をかけられた。昔、セント・バージニアホテルという名で営まれていたホテルを、彼は士師公邸として使っている。古いながらも堅牢なつくりであるため、いささかも生活に困ることはない。
このホテルの最上階が、彼と伴侶のアーニャの新居であった。階下は軍の本部となっており、セキュリティの問題もないし、なにより通勤が楽である。ただし、この階に出るには、フロントからの直通エレベーターのみである。広々としたリビングからはバルコニーが広がっており、外の景色を堪能できる。ただし、狙撃防止と安全用の力場が張られている。
「だいぶ片付いてきましたね。」
狭い神殿ではこじんまりした機能的な住居だったので、いきなり広がったことになる。妻のアーニャとしては以前の管理しやすかった部屋が少し懐かしくもある。
朝食を終え、階下の軍本部に赴く。面倒な事務関係は、『ダンタリアン』と呼ばれるシステムが一手に引き受けてくれるのだ。これもベリアルのような「有人格アプリ」である。たいていは軍司令のバラクの秘書のようについてまわっている。
「みなさん、おはようございます。今日も一日元気に仕事に取り掛かりましょう。危機はそこまで迫っているのです。」
尊の訓示で仕事はスタートした。人類が独立を果たし、その歩みを始める。
その一方で―
『ヘリオポリス陥落す。』
この一報にあわを食ったのがアマレク政府だった。これまで激しい重力汚染地域として放棄され、出入りが出来ないように厳重に封鎖していたヘリオポリスが地球人種によって奪還されてしまったのである。
先回の交渉で初めて出された「ヘリオポリス返還」というテラノイドの要求は、宇宙港機能の利用を目論んでいるだけだと思われていたのでまさに寝耳に水の状態であった。
ただ、ヘリオポリスの様子を確認しようにも、すべての監視カメラもすでにテラノイドの手中にある。
大統領官邸の中も意見が割れていた。すぐに討伐隊を出して制圧すべき、というものもいる。奴隷たちが雪崩をうって逃亡しかねない。という心配があったからである。
逆にあれほど汚染の酷かった区域が本当に浄化されているのか、疑問を呈する者も いて、テラノイド風情に環境浄化のようなことが出来る筈はない、罠に違いない、と主張するものもいた。
結局、すでにフェニキアで活動している諜報部のスパイを使って、フェニキア人に紛れ込ませ、軌道エレベーターから乗り込ますことにしたのだ。フェニキアはすでに「スフィア王国」と通商関係にあるからだ。
後日送られてきたデータは彼らを愕然とさせるに足るものであった。
すでに都市としての機能を取り戻していたのである。元々、テラノイドからの租借地であったため、汚染による放棄後に契約を延長したわけではなかった。
「これで国家の三要件(領土・国民・法)が揃ったということだな。これでは、逃亡奴隷にみすみす本拠地を与えてしまったようなものだ。」
これまでアマレク政府は奴隷を惑星内にばらばらに生活させて、集団として脅威にならないようにしてきた。しかし、求心力のある指導者、国家に対抗しうる武力、そして十分な収容能力を持つ本拠地。これらが揃った時、もはやテラノイドたちは一部の奴隷の不満分子などではなく、正当に独立を叫ぶようになることは明白だった。
対策を論じるための閣議はまさに紛糾する。
「これが奴らの狙いか」
「条件にヘリオポリスが出てきた時に一度確かめておくべきだったのではないか。」
「ヘリオポリスの管理責任者たる財務卿の責任を問わねばならない。」
「それをいうなら警備担当の軍務卿の責任はいかがなものか」
「そもそも奴隷どもをのさばらさせてきた労務卿の責任こそ問われるべきだ。」
閣僚たちは口々に互いを罵りだした。なんとかして他者に責任を負わせ、自分が一段でも高い地位へと進みたい、という欲望がぶつかりあっていた。護国官として閣議の同室を許されていたアモン・クレメンスは目を閉じ、この状況を憂えていた。苦笑いの段階はとうに過ぎているのだ。
これが寡頭政治(貴族政治)の欠点である。誰も国と国民のために身を差し出そうとはしないのだ。ただ、自らの保身を第一とする。彼は腕を組んでこの不毛な論議が終わるのを待ちわびていた。
「では、私の出番ということでよろしいですかな。」
口を開いたのはジェドエフラー・コンスタンティヌス侯爵であった。大きな体躯に人懐こそうな表情の顔が乗った偉丈夫である。さて、護国官は閣僚と同格であり、閣議での発言は自由であった。
不毛な論議に疲れていた当事者たちも、聴衆たちもこれを待っていたのだ。
「軍で攻略するには、ヘリオポリスはいささか難しいでしょうな。とりあえず、あの防壁に穴を開けてきましょう。」
ジェドエフラーの申し出にだれもが快哉を叫んだ。無論、腹の中では成功しようと失敗しようと構わなかったのだが。
「ジェド閣下。御自ら敵地に乗り込まれる気なのですか?」
閣議後、アモンはジェドエフラーに尋ねた。
「もちろんだ。『虎穴に入らずんば虎児を得ず』、狩猟の基本だよ、アモン君」
彼はアモンを肩をはたきながら笑った。
「閣下、お気をつけください。奴らはまだなにかよからぬことを企むにちがいありません。」
アモンの忠告に
「うん、『油断せず、遅れをとらず』、これが私のモットーでね。気を付けるよ。」
ジェドも笑顔で答えた。
アモンは、ジェドを見送りつつ尊のことを考えていた。
「もし私が彼(尊)だったとしたら。あの強力な武力にどう対抗するだろうか。」
ジェドの超強力な超電磁砲を持つ陸戦騎士団。その難しそうな設問にアモンは答えを見出せそうになかった。
明日も午後8時に更新します。今度は本当に。