第109話:粋と無粋と
ゼロスは、正選手を外されたジョシュアに気を使って、色々相談したりするのだが、彼はめんどくさそうに、なおかつ適当に答えていた。ゼロスが失敗すれば、また自分にお鉢が回ってくるだろう、そう見ていたからだ。
先鋒を務めていた先輩が卒業してレギュラーが空いた時、そこに収まったのは自分ではなく、エリカであった。
ショックのあまりチームを辞めようと思ったジョシュアをラザロとカレブが引き留めたのだ。
「ジョシュア、この護衛体技で君は腕を磨いて、いったい誰を守りたいの?」
ラザロの質問にジョシュアは思わず口ごもった。そんなことを考えたことがなかったからだ。単に、奴隷の中で花形のスポーツである、という理由しかない。
「い……義妹とか……?」
ジョシュアは適当に答える。
「ジョシュア、僕が思うに、君が一生懸命守っているのは君自身にしかみえないんだ。」
カレブの言葉にジョシュアは愕然とする。かっこよく見てもらいたい、だから地味なことは手を抜いていた。それは、かっこよさとは無縁だと思われたからだ。
「護衛体技は『自分を犠牲にして他人を守る』という競技だと僕は思う。その他人は被保護者であり、チームメイトじゃないだろうか。」
ラザロの言葉に彼は何も言い返せなかった。さらにカレブは付け加える。
「それは、この競技に限らないと俺は思う。カッコいい、と僕が思えるのはこいつに全てを任せられる、と思えるやつだ、そう思うよ。だって、ゲームなら良いけど、本番なら命が掛かってくるからね。」
ジョシュアは自分が世の中を「舐めている」ことに気づかされた。信頼に裏打ちされないかっこよさはない。見えないところで努力できないやつに信頼はない。そして、仲間のためになりたい、と思えないやつに努力なんかできない。ジョシュアは頭を殴られたような衝撃だった。その衝撃で目から鱗が飛び出したのかもしれない。
「旧世界(地球)で、人の目に付かない所に手間ひまやお金をかけて、こだわったかっこよさを"粋"て言うんだそうだ。それこそが護衛体技の精神じゃないかと、俺は思うよ。だから、辞めてしまう前に、やり残したことが本当にないかどうか考えてみてくれないか。」
それからジョシュアは人が変わったように護衛体技に打ち込むようになった。もとからあった粘り強い性格が反映されるようになり、半年もしないうちにレギュラーに復帰した。
「お義兄ちゃん、最近なんか、かっこよくなったね。」
ジョシュアは義妹のエミリアに褒められて驚いた。
「前から優しかったけど、今は本当に私のことを見て親切にしてくれてるもん。」
義兄ラブのエミリアはジョシュアの腕に自分の腕をからませる。
ジョシュアはおそるおそる聞いてみた。
「前のオレはどうだったの?」
「うーん」
義妹のエミリアは少し考え込むそぶりを見せた。
「優しいオレってカッコいい、みたいで少し変な人みたいだったよ。」
……容赦なかった。
「おい、お前ら!!」
排気ガスや土埃や油のにおいにまみれた戦地で、ジョシュアの朗らかな声が響く。
「ちゃんとローテーション守って休憩取れよ!潰れんぞ!」
[星暦998年10月21日]
一方、本部では尊が"司令者の杖"を取り、立ちあがった。ついに第5の災厄を執行する時が来たのだ。
戦況はまだまだ五分五分だった。しかし、地力に差があるため、あまり長引かせると、自軍に不利なことを十分に承知していたのだ。
「これより、第5の災厄を執行します。キング・アーサー43世の名において、代理者である不知火尊が執行するものである。」
彼が杖を床に打ち付けると同心円状の光の波が走った。無論、異変はここでは起きない。混乱の種はアマレク陣営に蒔かれ、その結果が出るのにそれほど長い時間はかからないだろう。周りのスタッフたちのも固唾を飲んで見守っている。
そして、数時間もたたないうちにアマレク陣営では、パニックがひそかに始まろうとしていた。
「なに?弾薬が足りない?」
攻撃隊右翼を指揮するウルバヌス伯爵に、現場から次々に報告が上がってくる。
「補給はどうした?とりあえず間に合わないほど撃つな。とにかく精度を上げろ。」
事態が呑み込めないウルバヌスは現況を把握するよう幕僚に命じた。
「いけません。(形勢が)押され始めました。」
幕僚から悲鳴が上がる。
「ええい、補給のアナスタシス家に連絡しろ。至急だ」
ウルバヌスは大声を上げる。あれほど連携を訓練したのに。そういういら立ちが声の調子に含まれていた。
「ダメです。相手方に繋がりません。」
通信士の返答に彼は副官を怒鳴りつけた。
「くそ、伝令だ。、お前が直接『補給屋』まで行ってこい。メシとタマの足りん戦争は絶対に勝てんからな。」
距離にして1時間程で補給基地とは連絡が取れるはずである。
「左翼も後退を始めました。」
偵察部隊から驚きの報告が上がる。
「いったいどうなってるんだ。左翼のホノリウス(伯爵家)に連絡しろ。」
こちらは通信が生きており、現場指揮官のオソルコン・ホノリウスにつながった。
「おう、どうした大将? こちとらは取り込み中だ。」
第一声に嫌な予感を感じたウルバヌスは尋ねた。
「補給が滞っているのか?」
「よく解ったな。というかお前んところもか」
悪い予感は的中した。物資なしでは部隊の連動もくそもない。
「そうだ、やつら(補給担当のアナスタシス家のこと)電話にもでない。埒が空かないんで、いましがた鳩を飛ばした(伝令を送った)ところだ。」
「そうか。……なかなか手強いな。」
ホノリウスのつぶやきは本音だろう。
「そりゃそうだ、向こうはすでにジェドエフラーと一戦交えて経験済みよ。こっちは全員、初陣だ。しかも敵地と来てる。勝手が違って当然だ。」
物資の不足による攻撃陣の混乱は、戦況に徐々にひずみをもたらしはじめていた。しかし、補給陣は決して手をこまねいていたわけでも任務を怠っていたわけでもない。そう、第5の災厄がその牙をむいていたのだ。




