第108話:縁の下の「お調子者」
[星暦998年10月15日]
尊たちの返答は、即日アマレクの陣営に届けられた。
三家の代表である主将、セケネンラー・ウルバヌス伯爵の嗣子、イアフメスは厳かに述べる。
「残念な返答である。……とまず断っておこう。戦えばたとえ我々が勝つとしても無傷ではすむまい。軍を集結させよう。」
今回の3家は戦闘艦を運用しない。母艦に中型の機神を多数揃え、戦わせるものである。戦車ほど装甲は厚くないが、機動性やユーティリティに富むため、今回のような柔軟性に富む展開を求められる戦闘にはうってつけである。今回もアモン・クレメンスは従軍せず、中立国宣言したフェニキアの観戦武官と共にいた。
「第5の災厄ってなんですかねえ? 家畜が死ぬ?」
「さあ。」
アモンは観戦武官の質問を受け流しながらも、恐らくはこれが向こうの作戦の切り札だと踏んでいた。今回は尊は「反物質砲」は使えない。使わせない、というのがアマレク側の作戦のコンセプトである。そのために的になりにくい中型機の編成にしたのである。
「構わん。敵の頭目(尊)を見つけたら撃ち殺せ。」
狙撃部隊も駆り出されており、とにかく、ヘリオポリスを陥落させるよりも尊を殺すことに重きが置かれた作戦なのである。先回のジェドエフラーの敗北は兵士に激しいトラウマを植え付けてしまった。これを廃除するには彼を葬り去ってしまうしかないのだ。
アモンはそれでも複雑な思いであった。彼はあの不知火尊を憎みきってはいなかったのである。無論、自分の手で降したいという思いはある。しかし、種族の違いだけで個の可能性を潰してしまう奴隷制度に彼はますます疑問を感じていたのである。ただ、彼はその思いを口にしたことは一度もなく、恐らくは終生口にすることはないだろう。
ラザロの別動隊は戦闘経験者のみで構成される精鋭部隊だが、都市防衛にあたる兵士の大半は今回が初陣である。ジョシュアの手にある補給部隊は、警備兵士こそベテランだが、後は女子の多い部隊であった。
定期的に無人偵察機から来る報告は、確実に敵が迫っていることを思い起こさせ、否応なしに緊張感は高まっている。
ヘリオポリスは大河が町の中心を流れている。ここは古代は大きな山であったが、隕石が衝突して盆地が出来上がっている。周りに残った山が城壁のように聳え立っている。そのため、アマレク側からの侵入経路は限定される。盆地をぬける二つのハイウエイ。その交差する地点が高台になっており、その地点を防衛することになる。そこに陣地を築かれ、都市攻撃用の高射砲などを設置されたら終わりである。そのため、スフィア側はそこに要塞を構築し、『アントニアの塔』と呼んでいた。
「アルマゲドンとは『決戦の丘』という意味があるんだそうだ。まさにふさわしい言い方だな。」
総司令官として塔に入ったバラクはニックに言った。
都市での直接戦闘を避けるため、ここに陣地を設置したのだ。ここを死守すればスフィアの勝ち、落とされればアマレクの勝ちである。アマレク軍は2方向に別れて進み、やってくる。
「士師の一発で終わらせればいいじゃん。」
緊張なのか、恐怖感をぬぐいきれない若者が声をあげる。
「アホか? ゼロスにそれをやらせないための敵の作戦だろうが。」
ジョシュアが一蹴した。
[星暦998年10月19日]
戦端が切られたのは未明であった。
スフィアの陣地である『アントニアの塔』をアマレクが半包囲し、3日ほどにらみあっていた。お互いに取っ掛かりになるところを求めて偵察部隊を送り出していたが、その遭遇戦から始まったのである。双方に負傷者を出し、スフィア側が引いたところにアマレク側が突出をかけてきたのである。
連絡を受けたバラクは救援を送り、深追いを禁じた。しかし、初戦の昂りからか、戦闘は終結しなかった。バラクは転進を指示し徐々に自陣に引き摺りこむ。
戦闘開始の報告を受け本部は緊張に包まれる。
「敵の動きが活発になっています。」
「司令は敵を引き込んで各個撃破戦法で戦っている模様。当方有利。」
2時間ほどで、敵が強硬に突破を図っているようであった。
補給の車両の往き来が激しくなっている。ジョシュアも額から滝のような汗をかきながら求められた物資を求められた部署へ素早く送り込む。現場にジョシュアの檄と怒号が飛ぶ。でも部下たちが縮みこんだりしない。伸び伸び働いている。彼はお調子者だと思われているが、全体を良く見て、場の空気がおかしな方向へと行きそうな時を見計らって「やらかす」のである。無論、最初からそうではなかった。
ジョシュアはGOTHENの委員のラザフォード家に生まれた。彼は跡取りであった兄の代理奴隷としてセルバンテス家に奴隷養子に出されたのである。セルバンテス家はラザフォード家と親交があり、息子を預かる、という体で引き取っているため、名ばかりの奴隷であった。
そのため彼は我が儘に育ち、お調子者どころか単に傍若無人であった。ただ彼は場の空気を読んで自分を良く見せる能力には長けていた。
義妹につきそって進学した時、彼は変わることになる。護衛体技との出会いである。勿論、最初は手を抜いて上手にやりおおせることだけを考えていた。カレブたちとチームを組んだ時、最初は副将を任されていた。しかし、ボロを出すまでそれほど時間はかからなかった。3on3で彼は相手のマークのチェックを怠っていたため、格下のチームに大敗を喫することになったのである。
怠慢を叱られ、反省するどころかふて腐れた態度を見せていたジョシュアを、カレブは副将から解任して補欠だったゼロス(尊)を副将に据えた。それまでほぼマネージャーのような立ち位置だったゼロスは、めきめきと頭角を現した。「どんくさい」と半ば小バカにしていたゼロスに水を開けられ、ますますジョシュアは不貞腐れることになる。




