第107話:決戦の丘へ
レオ・ゴバイタスは壇上の席で、必死に挽回策を頭の中で 思いめぐらせていた。ファースト・レディーの誘拐、警備能力の不備をついて、民衆に紛れこませた工作員にシュプレヒコールを叫ばせ、一気に尊を逮捕に追い込むはずであった。
たとえ失敗してもファーストレディーをアマレク側に引き渡して取引材料にすればよかったのだ。ところが、そのファーストレディがのこのこと現れたのだ、しかもダタンたちを引き連れて。あの計算高いダタンがあっさり裏切るほどの厚待遇でも約束したのか、いや、そんなはずはない。俺はダタンに売られたのか。
しかし、壇上に憲兵が現れ、ダタンたちを拘束するとその思考も間違っていたことが分かった。では一体……。
尊が締めくくりの演説を始めた。聴衆に感謝し、ジョークを交えながら話は進む。
「ここにお集まりの皆さん、また、デバイスを通して視聴なさっておられる皆さん。ここは自由の国です。王の下では全ての人が平等です。
しかし、組織ですから、責任の大小があり、それに伴って権限の大小もあります。私は王の代執行人として皆さんにお願いします。私たちと共に戦ってください。自由には責任が伴います。私たちの祖先はそれをないがしろにしました。勤勉であることを止め、娯楽と快楽の追及のみに現を抜かしました。その結果は何でしょうか?奴隷になってしまいました。
自由とは貴重な権利です。なぜなら、それは人の血によってしか買うことができないからです。簡潔に言うと、失った自由はもう一度戦って勝ち取らねばならないのです。ですから私は皆さんに安楽な暮らしは保証しません。しかし、勤勉であれば皆さんが、自らの手でそれを勝ち取るでしょう。自由とは与えられるものではありません(Freedom can get free never)。ともに自由を勝ち取ろうではありませんか。(Be free.We can do it)」
アーニャと手をつないでステージを去る尊に聴衆は熱狂的な拍手が起こる。集会は成功裏に幕を閉じた。
「そうか……失敗したか。残念だったな。」
レオの報告を受けてアモン・クレメンスは短く答えた。今回の動乱を好機として一気にヘリオポリスを攻略するつもりであったのだ。
ただ、士師とGOSENによる権力の二重構造はこれまでテラノイド側の弱点であったのだが、解消の方向へと舵を切るだろう。
この件で、ゴバイタスは外患誘致罪の疑いでGOSENの委員から削除された。身柄の拘束はされないものの、通信の自由など一部の市民権を失った。疑いだけでクビ、というのは厳しく思えるかもしれないが、名目上のGOSENは地球教信徒の代表者団体であり、法的まで至らずとも道義上の失態で十分資格を問われてしまうのである。
自動的に民衆の支持は確実に尊に集まりつつある。もっとも、アマレクとしてはその権威を絶対になる前に叩いておく必要があった。そのために楔を打ち込むのが目的であったのだが、今回は裏目に出そうであった。
この事件により、アマレク政府の息がかかったGOSENの権限は地球教会の宗教内に限定されてしまった。こうして政教分離の体制が確定したのである。
「まあ、気をおとすな。戦力も練度も我々が上だ。万に一つも敗けはない。」
ともに工作したメンケペルラ-・グレゴリウスがアモンを慰めた。
さて、今回の作戦は大貴族の3家が連合して戦闘にあたることになっていた。先の交渉では、相手を侮って個々にあたったため失敗に終わった。その反省から大貴族の中でも大戦力を持つ三家でことにあたることにしたのだ。
先日の災厄によって生産システムに大打撃を喰らったが、それも何とか復旧させた。作戦は前衛の二家によって攻撃に専念させ、後衛の1家が補給に専念させるという大がかりなものであった。もっとも、常設軍として連繋しているわけではないので、ここ数ヵ月の間、その訓練に明け暮れていたのである。
いわばがっぷりの四つ相撲が可能になった、ということである。
一方、ヘリオポリスでは作戦の分析、立案は尊とバラクの仕事であるため、朝早くから夜遅くまで尊は公邸にこもって作業に没頭し、訓練と教導を担当するボウマンがそれを実践し、尊たちににフィードバックする。ジョシュアも補給担当として、兵士たちの訓練にあたっていた。
戦意も互いに十分にあった。ただ、戦力差があるものの、基本的にアマレクが攻め、スフィアが守るという到達目標は明快であった。つまり、ヘリオポリスが陥落するか、アマレクが撤退するか、ということである。そして、かねての予想どおり、動乱事件の後、間もなくアマレク側が行動を始めたのである。
[星暦998年10月15日]
「ついに決戦というわけだ。」
バラクがボードで予想される進軍ルートと作戦を説明する。
「勝てば暫くはゆっくりできる、ってこと?」
ジョシュアの能天気な問いに尊は笑いながら答える
「そうですね、勝ったら1週間くらいバカンスにでもしましょうか?」
「いや1カ月」
「では2週間で」
「けち!」
尊とジョシュアのおバカなやり取りにカンファレンスルームは笑いに包まれる。
「今回、作戦の鍵になるのはラザロの別動隊です。たったこれだけの陣容で相手の補給部隊を押さえられるか、と思われますか。そこで、作戦の補助として第5の災厄を執行することになります。」
その日の午後、正式に宣戦布告(正式には『逮捕予告状』)が届けられた。テラノイド労務者は速やかに武装を解除し、ヘリオポリスの不法占拠を中断し、投降せよ。現時点で軍事的指導者以外の罪は問わない。武力を持って制裁し、逮捕する。その際に身体、財産の保証はしない。といういつもの内容であった。
「まあ、いつもの儀式ですね。バラク、お返事をお願いします。」
バラクも定型文には定型文によって返す。
「 貴国の行動は我が国に対する主権侵害であり。直ちに軍事行動を中止し、撤退せよ。我々は実力をもって排除する。そのさいに貴国の軍人の生命や安全は保証できない。なお、国際法にのっとり投降するものに関しては法に則って対応するものである。」
尊が追伸を依頼した。
「バラク、追伸をお願いします。この勧告を無視するなら第5の災厄によって貴国を罰するものである。『王の手はあなた方の家畜に臨む。あなたの家畜は病によって死ぬであろう』。そう付け加えてください。」
「彼らはひっかってくれるでしょうか?」
カレブが疑問をさしはさむ。
「きっとそうなりますよ。まあ、そうなるように仕込んでおいたのですが。いろいろとね。」
尊の返答には含みがあった。




