第101話:明日なき明日へ(中編)
『現実派』はGOSENの中で表向きはアマレクとの対話交渉を通して人類の待遇を改善していく、という穏健派である。ただ裏ではアマレク政府によって私財を蓄えることを容認されるのと引き換えに人類を奴隷として押さえつける役割を買って出ていた。
だから、尊の登場は彼らにとって面白くないものだった。18人の委員のうち尊を支持するのはわずか5人であった。これまでの尊の交渉は、彼らの権利を脅かすものであり、実際に全面対決を招いたことはこれまでの彼らの積み重ねをすべて無にするこだった。
レオはダタンの私兵集団をGOSENの配下に加えることをアマレク政府に認めさせた。その上で尊やバラクを排除するためにアマレク政府に通報したのである。結果は失敗に終わった。多数の兵を失ったアマレクはレオの忠誠心を疑い、彼への心証は悪化した。そのため、尊を支持する5人の委員と共にレオもヘリオポリスへと半ば追いやられていたのである。
そして、レオと共にダタンとその一派もヘリオポリスへとやって来た。流石に自分の名を出すわけにもいかず、偽名での潜入となった。
「あの男の素性が判った。」
バラクがラザロからの報告を出す。
「レオ・ゴバイタスの秘書だ。」
一同がざわめく。反士師派とダタンが手を組んだのではないか、という疑惑がこれまであったが、これでその関係が確認されたことになった。
「反士師派のゴバイタスがなぜここに来たのか、疑問だったが、まさか、ダタンの部隊が実働隊になっている可能性がある、そういうことになるのか。」
カレブがため息まじりに言う。
レオ・ゴバイタスは50代前半の男である。彼は苦労人でもあった。ゴバイタス家は代々GOSENの委員を輩出する「元 貴族」の家系だったが、父の代でその裏稼業が傾いたのであった。彼の父は奴隷相手に高利貸しを営んでいたのだが、違法金利の罪で事務所を一斉に摘発されたのである。
というのも、当時、重い借金のせいで逃亡奴隷が増え、社会的不安が増していたためもある。また委員の座に収まりたい何者かが情報をリークして彼の父をその立場から引き摺りおろそうとしたのだろう。父親は逮捕され、家族は夜逃げ同然で散り散りになった。まだ10代半ばだったレオは幼い弟と共に母方の伯父にあずけられた。奴隷民族であるテラノイドの中で裕福な家で育ったレオにとって生活は一変する。伯父はタバコ農園で働いていた農奴であった。レオはそこで夜昼なく働いたが、暮らしぶりは悲惨であった。
転機が訪れたのは10年ほど経った頃、アマレク人の農園主が視察に訪れた時であった。労務者側の代表としてGOSENの委員も同行していたが、なんとその妻がレオの幼なじみだったのである。彼女は元許嫁であったレオに気付くこともなく、通り過ぎて行った。彼女がゴミを見るように自分たちを見たその冷たい視線に、彼は衝撃を覚えた。アマレクによる搾取、それに加担するテラノイドたち。こんな世界は間違っている。だれもが自由を謳歌できる世界へと変えなければならない。そんな熱い思いを抱いた彼に冷や水を浴びせたのは伯父だった。
「変えたければ金だよ。正義は金でしか手に入らない。貧乏人の正義は犬の遠吠えと同じさ。」
レオは理解した。彼の父に力があったのは金を持っていたからだ。それを失った時、全てを失った。俺は再びメンフィスの家に帰る。そのためならなんでもする。そうすれば、この世界も変えられるはずだ。
それからレオの働き方は変わった。タバコの葉の規格外のものや不良品を横流ししたり、非合法のタバコを密売した。彼はいくばくかの財を蓄えると自らの畑を秘密裏に開墾して生産量を増やし、販路をさらに増やす。さらに財を成した彼はアマレクの貴族に取り入り、彼らを使ってライバルをつぶしてゆき、ついにはGOSENの委員になりおおせたのである。それが15年前のことであった。
こともあろうにその貴族とは次期の大統領候補と目されるグレゴリウス家であった。選挙資金が必要な側と、権力とそれに伴う暴力機構を必要としていたレオと利害が一致したのである。
グレゴリウス家から大統領が出るとレオはますます勢力を増す。やがて、人類解放戦線のダタンと接触するようになる。彼らはどんな汚れ仕事でも金さえ積めば喜んでやってくれた。彼は委員の中でも筆頭格と言われる。"調整者" の職に手が届きそうなところにまで来ていた。
そんな時に登場してきたのが不知火尊だった。士師つまり国王の全権代理が突如現れたのである。彼の待望した人類のトップの座が絶望的に遠退いた瞬間でもあった。降って湧いたようなその男は、少年の頃を漸く過ぎたであろう若者に過ぎなかった。
レオが志した世界の変革は彼を通してもたらされるはずであった。ところが尊を支えるよう要請する王の言葉ににひざまづきながらもレオは忌々しさで一杯であった。レオはもはや自分がかつて変革を志した世界の「仕組み」その物になってしまっていたのだ。
そして、尊とアマレクによる交渉は始まった。成果は見事なものだ。事実上独立を果たして国家を運営し、アマレクと対等にやり合っている。国民の支持も人気も徐々に高まっている。GOSENとしては岐路に立たされている。尊に乗って独立を果たした国家で幹部の一人となるか、アマレク側に残留する人類の中で今の生活を保つか。
「第三の道もあるのではないかな?」
レオの元を訪れたのはグレゴリウス家の使者であった。




