ドッペルゲンガーですか!?
本編に名前だけ登場している『灯火』と高槻が出会った話です。
ヴェルもバイトに入ったばかりで、高槻に対して敬語&苗字呼びだった頃です。
「憩ちゃん、休憩が終わったらこれを出してきてくれない?」
休憩室で休んでいると店長に話しかけられた。
これ、と店長が示したのは今日の特売品キッチンペーパーで、段ボールに梱包されたまま台車に乗っている。
店長、頼むからせめて段ボールから出してくださいよ……。
「わかりました」
本音を心の中に閉じこめて返事をした。
店長の人使いの荒さは今に始まったことじゃないしね。
時計を見るともう少しで休憩時間が終わる時間。
少し休憩を早く切り上げて仕事に戻る。
中のキッチンペーパーに傷をつけないように気をつけながら、カッターナイフで段ボールを開けていく。
「手伝いましょうか?」
声をかけてきたのは先月からバイトとして入ったパーヴェル=アウリオンさんだった。
今日も何を考えているのかさっぱりわからない無表情と年下相手にも敬語。
その上仕事も出来る。
正直なところちょっと苦手な人でもある。
「ありがとうございます。でもそんなに大変な仕事じゃないので大丈夫です」
頑張って笑顔を作って答えるとパーヴェルさんは別の仕事へと戻った。
キッチンペーパーを台車に乗せて、売り場へと向かう。
あ、段ボールはその前にごみ捨て場の所定の位置に捨てた。
昼下がりの今はお客様が少ない。
でも高くつみあがったキッチンペーパーのせいで前が見えずらいから慎重に進む。
こういう時、背が低いと困るんだよね……。
気をつけていても目的の商品棚の一つ手前の曲り角でお客様とぶつかってしまった。
バランスを崩した商品がお客様の上や周りに落ちる。
ああ!やってしまった!?
こうなるんだったら二回に分けて運ぶんだった!
「す、すいません!?大丈夫ですか!?」
慌てて台車の前に回り、お客様に声をかける。
あれ……この人、どこかで見覚えがあるような?
「す、すす、すみません!お、落としたこれも、か、買います!」
私以上に青い顔をしたお客様は床から飛び起きる。
首の後ろで一つにまとめた長い赤髪が揺れて、黄色い目に涙の幕が張っていく。
お客様をはっきりと見た瞬間に強い衝撃が私を襲った!
「パーヴェルさんっ!?」
あ……ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
さっき別れたはずのパーヴェルさんが目の前にいるのだ!
「え?ヴェルの知り合い?」
パーヴェルさん?はきょとんとした顔で私を見る。
ああ、この人はパーヴェルさんの兄弟かあ。
それもすごく顔が似てるから一卵性の双子かな?
よくよく見れば髪の長さも雰囲気も性格も全然違う。
わかってしまえば驚くことなんてなにもない。
「はい。パーヴェルさんと一緒に働いてていつもお世話になってます」
「あ、ヴェルはここでも働いているんですね。いつも来てるのに知らなかったなあ」
パーヴェルさんの兄弟さんはちょっと拗ねたように唇を尖らせる。
バイト先を教えなかっただけで拗ねるなんて、この人はどれだけパーヴェルさんが好きなんだろう。
「仲がいいんですね」
「うーん。僕は友達だと思ってるけどヴェルはどう思っているのか……」
「……え?」
友達!?
鏡みたいに似てるのに血のつながりがないの!?
「高槻さん、どうかしまし……灯火、来ていたのか」
ちょうど裏方からパーヴェルさんがこちらに来てくれた。
灯火さん?を見て、少し驚いたような顔をする。
「ここはよく来てるよ。ヴェルの方こそなんでスーパーでバイトしてること教えてくれなかったんだよ」
灯火さんはむっとした顔でパーヴェルさんに詰め寄る。
「いやなんでお前に一々どこでバイトするか教えないといけないんだ」
パーヴェルさんはちょっとうっとおしそうな顔をしていた。
気持ちはわかるけど、そんなにはっきりといわなくても……。
「売り上げに貢献できるよ!」
「そんな気をつかわなくていい」
同じ顔が二つ並んでいい合っている姿は兄弟喧嘩にしか聞こえない。
おかしくなって笑えば二人の視線が私に集まる。
「仲いいですね」
「本当にそう見えます!?」
「それなりだ」
本音をいえば同じタイミングで違う答えが返ってきた。
「本当に仲がいいですね」
もう一度いうと二人とも顔を見合わせた。
なんなんだ、この二人は!
シンクロ率が半端ない!
本物の双子よりもすごい!
「……それよりこの状況はなんですか?」
一番先に我に返ったのはパーヴェルさんだった。
いわれるまで完全に忘れた!?
「これは私が灯火さんにぶつかってしまって……すみません!灯火さん、怪我はありませんでしたか!?」
「は、はは、はい!だ、だだ、僕は大丈夫です!で、でも大切な商品を駄目にしてしまいましたよね!だから全部買います!」
「気持ちはわかるが全部買い取っても数年は使い切れないだろう」
パーヴェルさんが冷静にツッコミを入れる。
ツッコミとかできたんですね!?
「よかった……。でも買わなくていいですよ!傷ついてませんから!今すぐ片付けますね!」
幸いにも商品にも傷一つなくてこのまま並べても問題ない。
一つ一つ拾って台車に積み直す。
「いやいやそういうわけには!本当にすみませんでした!」
「いえ私がぶつかったんですから気にしないでください!」
商品を積んだ台車の間でどちらが責任を取るかでもめてしまう。
ほんとに灯火さんは悪くないんですってば!
話を聞いてくださいよ!
そんな私達を止めてくれたのはパーヴェルさんだった。
「二人とも落ち着いてください。灯火、こちらの過失だからお前は気にするな。高槻さんも次は気をつけましょう」
「……はい」
パーヴェルさんに叱られてようやく私達は冷静になった。
この年にもなって外でしかもバイトの後輩に怒られるなんて恥ずかしい。
それは灯火さんも同じで耳まで赤くして、体を縮こまらせている。
灯火さんって受けっぽいな。
ならパーヴェルさんが攻め!?
なにそれおいしい!
「……高槻さん、今変なこと考えませんでした?」
「へ!?いや、えっと、パーヴェルさんは灯火さんには敬語なしで話すんだなと思いまして」
とっさに何でもないことをいってしまった。
「そちらの方がいいのならそうしますよ。あと私のことはヴェルで構いません」
パーヴェルさんは何気なくそういった。
「じゃあそれでお願います。私のことも憩でいいです」
「わかった。俺の方こそお願いする、憩」
今までの丁寧な話し方とは一変したさばさばとした喋り方に面食らう。
俺っていう人なんだ。
意外だ。灯火さんみたいに僕っていいそうなのに。
でもさっき灯火さんのことをお前とかいっていたし、ギャップがすごいな。
「こっちにいるのは四川灯火だ。俺と同じアパートで彼女と同棲している」
パーヴェルさんは同じ顔の灯火さんを手で示した。
「清水はか、かか、彼女じゃないよ!」
灯火さんは真っ赤になった顔を両手で押さえながら否定する。
なにこの人!?
今どき男子中学生でもそんな純粋な反応をしてくれませんよ!?
むしろ乙女!?
「なら相思相愛で同棲している相手を他になんて呼べばいい?」
「名前なんていらないから!僕と清水はま、まだそういう関係じゃないから……」
後半につれて灯火さんの声が小さくなっていった。
まだってことはそういう関係を望んでいるんですよね!?
なんでこの人は年上ぽいのにこんなに可愛いんですか!?
清水さん、私はわかります!
灯火さんにヘタレ萌えしたんですね!?
それか母性本能くすぐられちゃったんですね!?
「私は高槻憩です!年下ですし、敬語はいらないです!これからよろしくお願いします!」
貴重な萌えの資源的な意味で!
「え?ああ、う、うん?よろしくね?」
灯火さんは意味がわかってないみたいでしたが、言質は取りました!
しっかり萌えさせてもらいます!
その後は灯火さんと別れて、ヴェルさんと急いで商品を並べて、レジの夕方ラッシュに参戦したのでした。
高槻と灯火の女子力の差が半端ないです(笑)。
灯火の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいですね。