そして、ブレンケル襲来
「ん…」
「おっ、本当にぴったり五分で起きた」
シルフたちは今、闘技場内にある休憩所と呼ばれているところでフィーの目が覚めるのを待っていた。
フィーをここに連れてきてからシルフたちで話し合った結果、フィーが目を覚ますまでここにいることになっていた。カムイとマルクが言うには倒れてから五分ぐらいで目を覚ます、とのことだ。
実際にフィーは五分ぐらいで目を覚まし、顔を上げると何もなかったかのようにきょろきょろしていた。
「あれ…私…」
「おはようフィー。大丈夫?」
「うん…ここは、休憩所?」
「そうそう、フィーが倒れてから運んできたんだ」
「えっと…ありがとう?」
動けなくしたのもシルフだったのでフィーはお礼を言うか言わないか迷ってしまった。
「そういえば、シルフ」
「なんだい?」
「私って負けたよね」
「うん」
「あの時のって…」
フィーが言っているのはシルフにとどめを刺された時のあの不可思議な現象のことだ。フィーが何を言いたいのか察するとシルフは口元に人差し指を当てて言った。
「な・い・しょ」
「いやだから、男がやっても気持ち悪いだけだから」
前と同じようにマルクに突っ込まれてしまった。
「実際、どうやってフィーに勝ったんだ?」
「だから内緒だって」
「そんなケチケチするなよ」
「マル坊、少しは察してやれよ。あんな炎の壁まで作ったんだから、奥の手かなにかだったんだろ?」
「ん~、まぁそうだね」
シルフは煮え切らない返事をした。
「それとなマル坊」
「なんだよ」
カムイは無駄に真剣な声音でマルクに言った。
「男でも需要があるときはあるんだよ…イケメンに限るけどな」
「いや、男の目線から見たら、どんな奴がやっててもアウトだろ」
「ふっ、青いなマル坊」
「そのかわいそうなものを見るような眼をやめろ!」
「いいかマル坊、需要ってのはな…」
二人でそんな言い合いをしていたがシルフとフィーの二人は我関せずで他の話をしていた。
「でも、内緒ならなんであの時に使ったの?シルフならせこい手で勝てたと思う」
「せこいって…まぁ、勝てたかどうかは分らないけど普通に戦ってもよかったかもね」
「じゃあなんで?」
「う~ん、勝てる確証もなかったしフィーがほかの人に触回ることもないと思ったからさ」
「うん、誰にも言わない」
「ありがとう…。ところで、あの二人は何の話してるんだ?」
「…知らない。でも…」
「でも?」
「シルフは可愛いからセーフ」
「…何言ってるの?」
フィーもそれなりに毒されているようだ。その後、シルフとフィーは穏やかな談笑に耽り、カムイとマルクは熱い論争を繰り広げ、気が付くと数十分間休憩上に入り浸っていた。
すると、休憩所の扉を勢いよく開けて誰かが入ってきた。
「貴様ぁぁぁぁぁぁ!」
「あれ?なんかデジャヴ」
「どうかしたのシルフ?」
「いや、なんでもないよ」
「だから!男目線で見たらいけないって言ってるだろうが!」
「俺は男だから仕方ないだろうが!それとも何か?カムイは女かおかまか!?」
「俺がおかまなわけがないだろうが、外見を見ればわかるだろう」
「わっかんねぇよ!」
休憩所に入ってきたのは例のごとくブレンケルだった。しかし、屋上の時と違ってぼろぼろの姿で現れた。
「さっきはよくもやってくれたな!あんな試合は無効だ!再戦を要求する!」
「にしても、休憩所って案外広いよね」
「二十人以上は横になれそう」
「だから言ってるだろうイケメンやそれに準じる人に限るって!」
「じゃあなんだ?俺がやっても気持ち悪くないってのか!?」
「いや…それはちょっと」
「リアルに引いてんじゃねぇ!?」
シルフたちは話に夢中でブレンケルに気付いていない。ブレンケルは肩をわなわなと震わせ大声で叫んだ。
「俺の話を聞け!」
「「うるせぇ!こっちは話し合い中なんだよ!」」
「す、すまない…」
謎の談議をしていた二人がブレンケルに対して怒鳴り返した、二人の威圧感につい素で返してしまった。その怒鳴り声にやっとシルフが気が付いた。
「あっ、ブルータスさん。久しぶり」
「久しぶり、じゃない!なんなんだこれは。それと俺はブレンケルだ!」
「う~んと、男と男の熱い論争?」
触らぬ神に祟りなしである。
「…本当になんなんだそれは…じゃない。俺は貴様に言うことがあってきたんだ!あんな試合、俺は認めないぞ!」
「えぇ~。ルール上は問題ないし、毒を使っちゃダメなんて一言も言ってないじゃん。ねぇフィー」
「うん」
「…あの臓物が溶けるような感覚は毒のせいだったのか…。って、そうではなくあんなのは試合とは呼べんと言っているのだ。あれのせいで授業に遅れ、グローリア先生に…くっ」
ブレンケルは身を震わせてそういった。どうやら体がぼろぼろなのはグローリアに何かされたようだ。
「それは僕のせいじゃないんだけど…。はぁ…ギアス」
「お呼びかマスター」
シルフの腕に巻き付いていたギアスがそのままの状態で声を発した。
「僕の勝ち方に問題でもあった?」
「キシシ、ルール上は問題ねぇな」
「でしょ?ほら、審判さんもこう言ってるじゃん」
「ルール云々の話ではなく、戦いとしてどうなのかと言っているのだ」
「どうなのかって言われても自分の戦い方は変えられないし。フィーの時だって同じ感じでやったもんね?」
「うん、せこかった」
簡潔にシルフと戦った時の感想を言うと、シルフは肩を落とした。
「知的な戦いって言ってくれない?とにかく、罠に引っかかった君が悪いんだから」
「…冷静になってみればいつの間に毒なんて仕込んだのだ?」
「え?握手した時だけど?」
「開始前ではないか!」
「いやいや、それは偶然に開始前に君が毒を食らっていて、偶然的に開始直前に発症しただけだって」
「それだけ偶然が重なれば作為以外に何がある」
「あぁ、でもさ、開始後に先に倒れたほうが負けってルールだったでしょ?」
「それとこれとは話が別だ!」
まさに取り付く島もない状態だ、自分の負けた理由が明確になりブレンケルは逆上して喚き散らしている。シルフはこのままでは収拾がつかないと思い溜息を吐いた。
「しかたないなぁ…ギアス」
今度は声だけでなく術式から出てきたときのようにコウモリの姿に変わった。
「おいおいマスター、もう使っちまうのか?」
「このままここにいられても面倒だし、何より僕の精神衛生上よろしくないから」
「…マスターは熱いのが苦手だからな」
「じゃあ頼むよ。内容は…そうだね」
シルフはギアスに耳打ちをした。
「クックック、マスターはいつも通り黒いな」
「ふふっ、僕ほどピュアな人はいないと思うけどなぁ」
「おい貴様ら!俺の話を聞いているのか…なんだ?」
ギアスは声を荒らげて騒いでいるブレンケルの前に浮かび言った。
「誓約に従いマスターの指示を強制的に履行してもらう」
「誓約?あぁ、あの胡散臭い術式のことか、今思えばあの術式も怪しいものだ。あんな術式が存在するはずがない、もし完成しているのであれば公になっているはずだ」
「…ギアス、早くやっちゃって」
「オーケーだマスター、では失礼して」
ギアスはブレンケルに向きなおるとおもむろにブレンケルの首に噛みついた。
「ぐっ、何をする!?」
「暴れないほうがいいよ」
「くそっ!」
ブレンケルはギアスを引き離すとするが一向に離れず、とうとうギアスのほうから牙を抜きブレンケルから離れる。それと同時にギアスはもとの紙に戻り宙に舞った。
「くそっ!何をしたんだ!?」
「言ったでしょ…誓約は絶対だって」
「なんだ体が勝手に!?」
「きみの意思に関係なく体が動くからどんなに抵抗しても無駄だよ」
「なんなんだこれは!?体が勝手に!?」
ブレンケルの意思に関係なく体は動き休憩所の入り口を通り外へと出ていく。シルフは手を振って見送った。
「じゃあねぇ~」
ブレンケルがようやく居なくなりシルフは長く息を吐いた。そこにフィーから声がかかった。
「シルフ」
「なぁに~」
「あれって何をしたの?」
「ん~?ちょっとした罰ゲーム兼ここからのご退場を願っただけだよ?」
「罰ゲーム?」
「そう、多分。もうすぐわかると思うよ」
「?」
ピンポンパンポン
ちょうどそう言ったところで体育館中に校内放送が鳴り響いた。
(俺の心はこんなにも熱く燃え上がっている。きみを見ると僕の心はざわめきだす。あぁ、そうして君は…)
こういった放送が長々と続いていく。
「…シルフ、これってさっきの人?」
「あははは、そうそうこれがあの人に科した罰ゲーム」
「…内容は?」
「自作の詩を校内放送することなんだけど…まさか、告白をするとはね」
(おい!何をやっているんだ!?)
(止められない!僕の気持ちは今、走り出した!)
(馬鹿な放送を止めて早く出なさい!)
放送室の外から扉をたたく音と男性教員らしき声がマイクに入って放送されている。だが、ブレンケルは気にせずに続けていった。
「…かわいそうに」
「あははは!」
フィーはブレンケルの不憫さに同情し、シルフは笑い転げていた。