そして、シルフの卑怯な手腕
「はぁ、あいつらだけで行っても、俺っちが行かねぇと意味ねぇのによぉ」
バサバサと滞空していたギアスが呆れたようにそう言った。闘技場に向かった二人に目を向けた後にマルクたちを一瞥し、口を開いた。
「お前たちは見に来るのか?マスターのお友達さんがた」
「俺たちは…」
「…行ってもいいの?」
「参戦しないんだったら観戦は自由…と、言っても戦うところ見れるかねぇ」
溜息を吐きながらギアスはそう言う。
「どういうことだ?」
「ん?お前さんがたマスターの魔法知らんの?」
「いや、回復魔法だって聞いてたけど。まさか嘘だったのか?」
「あぁ、それしか聞いてなかったのか…それならあそこまで心配するのも分かるな」
ギアスは頷きながらそう言ってシルフ達の方に向き直った。
「まぁ、見に来るといいさ。こんなのマスターにとって死合でも決闘でも、ましてやじゃれ合いですらないものだって分かるからよ」
そう言い残すと、ギアスは闘技場に向かって飛んで行った。マルクたちはギアスの言った言葉を頭の中で反芻させその場で固まっている。そんな中、カムイが闘技場に向かって行く。
「何してんだお嬢、あのコウモリの言うことが本当なら、すぐに終わっちまうかもしれないんだろ?なら早く行かねぇと見れねぇぞ」
カムイはそう言うとギアスを追いかけるように急ぎ足で闘技場へと歩いて行った。カムイの言葉を皮切りにフィーとマルクも続いて闘技場に向かって行く。
「本当に大丈夫なんだろうな…シルフ…」
マルクは小さくそう呟いていた。
三人が闘技場に着いたのは意外にもギアスと同じタイミングだった。闘技場の中心ではシルフが地面に座り、ブレンケルが立った状態で互いに睨み合っていた。
「さぁ、ギアスも来たようだし始めようか」
シルフは入ってきたギアスたちを一瞥して立ち上がる。
「…貴様、武器はどうした」
ブレンケルは立ち上がったシルフを見てそう言った。シルフはここに来た時と同じ何も持っていない状態だ。しかしシルフはにっこりと微笑むとブレンケルに向かって拳を突き出した。
「これが僕の武器だよ」
「…まさか徒手で戦うというのか?」
「そのまさかだよ」
「…いや、分かった。その訳のわからない自信をバラバラに切り刻んでやろう」
ブレンケルは鞘から剣を抜きシルフに向ける。鞘に負けず柄の部分にも装飾が多く、まるで祭祀用の剣のようだがシルフに向けられた刀身は鋭利に研ぎ澄まされている。
「あはは、そんなゴテゴテの剣で切れるのかな?」
「ふっ、言ってろ」
ブレンケルが不敵に笑い、梅雨を払うように剣をひと振りすると触れていないはずの闘技場の地面がパックリと割れていた。
「なるほどね。言うだけのことはありそうだね。ギアス!そろそろ始めるよ!」
「ほいよ〜」
シルフは闘技場の入口でマルクたちと屯っているギアスを呼び戻すと、フィーたちに微笑んだ。
「フィーたちはそこで待っててね」
「分かった」
「負けんじゃねぇぞ!」
「頑張れよ、シル坊」
マルクとカムイの声援に手を挙げて返事をし、改めてブレンケルに向き直ると、ブレンケルに向かって手を差し出した。
「…なんだ?」
「握手、お互いの健闘を祈ろうよ」
「…貴様にもそのような精神があったのか」
皮肉げにそう言いブレンケルはシルフの手を掴み、数度の握手を交わした。その間、ギアスは残念そうに肩を竦めた。
「さぁギアス、開始宣言をお願いできる?」
「はぁ…オーケーだマイマスター。それでは両者離れて!」
シルフとブレンケルは相手から距離を取り、武器を構える。
「死合…開始!」
キーンコーンカーンコーン
宣言と同時に予鈴が体育館に鳴り響き、ブレンケルが弾けたようにシルフに切り掛った。
「セイッ!」
「おっと…でも、惜しかったね」
「なんのこゴフッ!?」
後、数cmで切っ先が届くというところでブレンケルが血を吐き地面に倒れ伏した。
「いやぁ、危なかった危なかった。後少し速かったら負けてたよ」
シルフはおどけた様に笑った。しかし、ブレンケルからは返事がなく身じろぎ一つしない。そこにギアスが近寄りブレンケルに触れると
「…勝者、シルフィード!」
そう言って、ギアスの体が解け、シルフの腕に黒い紙として巻き付いた。
「今度はもっとちゃんとした戦いをしてくれよ?マスター」
「必要があったらね」
紙の状態でも話はできるらしく、ギアスとシルフはいつも通りに会話していた。マルクたちが茫然自失としているなどとは露にも知らず。
「おわ…たのか?」
「…だろうな」
「…自滅?」
「分からないけど、シルフが何かしたんだろう…きっと」
マルクたちがそんな会話をしているとシルフがなに食わぬ顔でマルクたちの元へと戻ってきた。
「やぁみんな。言った通りに勝ってきたよ」
「やっぱりシルフがなにかしたのか?」
「うん、ちょっと仕込んでね」
「仕込む?いったい何を仕込んだってんだ?」
「ちょっと毒をね」
「毒…いつの間にそんなものを…いや、まず毒なんかもってたのか?」
「キシシ、言っただろ?マスターの魔法だよ」
シルフの腕に巻き付いているギアスがマルクたちにそう言ってきた。
「やっぱりその紙はギアスだったのか。…じゃなくて、シルフの魔法は回復魔法だろ?なんで毒と関係があるんだ?」
マルクがそう質問するとシルフは顎に手を当てて「そうだねぇ…」と言ってマルクたちに切り出す。
「魔法ってどうやって発動してると思う?」
「そんなの自分がイメージしたものが発動するんだろ?」
そう、魔法は発動者の属性とイメージに左右される。例えば炎魔法を使う際に爆発を起こしたければそうイメージすればいい。だが…冷たい炎を出す…と言った。イメージしづらいもの、ありえないと感じるものは発現できない。さらに、大きな規模の魔法を発動するには発動者の素質が関係してくる。
「うん、じゃあなんで回復魔法を使う人が毒を使えないと思うの?」
「当たり前だろ、本来、治癒するべき魔法が他人を毒で侵すなんて有り得ないだろ」
「フィーとカムイもそう思う?」
「そうだなぁ、現に起こったことだし信じられなくはないが理解はできないな」
「うんうん」
フィーがカムイに同意するように二回頷いた。
「多分ね、回復…の捉え方に食い違いがあるんだろうね。例えば、回復魔法が使えないときに毒になったらどうやって治す?」
「それは、解毒剤とかを飲んでだろ?」
「うん、でもね解毒剤の調合には数種類の毒草が使われてるのは知ってよね?」
「え?そうだったのか?」
「なんだマル坊、そこんとこは授業でやったじゃねぇか」
カムイがそう指摘すると、マルクは気まずそうに目を逸らした。
「えっと〜…すいません、寝てました」
「うん、知ってた」
「なら聞くなよ!」
「つまり、毒はほかの毒で打ち消せるってこと?」
「そう言う事。ほら、これなら毒を使えてもおかしくないでしょ?」
「ちくしょう無視かよ…。まぁ、毒に関してはわかったが、一体いつの間にブレンケルに毒を盛ったんだ?」
「ん?それはね」
シルフは手をマルクに差し出した。ちょうどブレンケルに握手を求めたときのように。マルクは疑問符を頭に浮かべながらシルフの手をとると、シルフは笑顔で言った。
「ブレブレさんと握手した時だよ」
「え?…え!?」
マルクは驚きと同時にシルフの手を振りほどか、体に異常がないか確かめた。何も無いと分かると安堵の息を吐き、クスクスと笑っているシルフを睨みつけた。
「あはは、ひどいなぁマルク。ただの握手なのに」
「おまっ、んなこと言われたら誰でもびくるわっ!」
「それで?さっきのことは本当なのか?」
「うん、本当だよ。試してみる?」
「…遠慮しておくわ」
未だに慌てているマルクを尻目にカムイはそう断った。
「シルフがブレンケルに使った毒はなんだったの?」
「僕のオリジナルのやつだよ。即効性のある内臓器官を壊死させる毒さ」
その時の3人の顔は今までにないくらいにブレンケルへの憐憫の情があふれていた。
うーん、書く時間が少ない…