そして、ルールとギアス
魔法には大まかに分けて火、水、土、風、そしてどこにも属さない特殊魔法に分かれている。特殊魔法というのは変性、操作、強化などと言ったもので前にあげた四つの魔法よりは使い手が少ない。
シルフの回復魔法は特殊魔法に属しており、ほかの特殊魔法と同様に使える人は少ないが、完全に非戦闘の魔法である。
シルフ達は戦闘術の授業のため体育館に来ていた。この授業はほかのクラスと合同でやることが多いらしいが、初日のためかAクラスだけである。
「ここが体育館か、広いね」
「広いというか異空間だけどな」
ルミナス学園の体育館は外見は普通のドーム状の体育館なのだが、中へ入ると、炎が立ち上る岩山だったり、床が氷漬けの場所だったり、闘技場のような場所だったりと、他にもいろいろな場所がある。
この空間を作ったグードゥー学園長いわく。
(いろんな場所があった方がたのし…ごほん、実践向きになりますよね)という提案がありこうなったようだ。
「いくらなんでも遊び過ぎじゃないかねぇ」
そのことを聞いたシルフは溜息を吐いてそう言っていたが、実物を見るとその圧倒的なスケールに、もはや溜息も出ず呆れていた。
「まぁ、それはいいとして。ブロッコリーはどこにいるんだ?」
「もはやブしか合ってないな。そんなにあいつのこと嫌いか?」
「べつに…ただ」
シルフはいたずらっぽい笑みを浮かべてマルクの方を向いた。
「ああいう自尊心の高そうな人を馬鹿にするのは楽しいよね」
「…おまえ、性格悪いな」
「あはは、良く言われるよ」
「おーいシル坊」
そうマルクに言ったところで、ちょうどカムイとフィーがやってきた。カムイは何も変わらないようだが、フィーはスカートの中にスパッツを履いていた。靴は校内とは違ってブーツだ。
カムイはシルフ達のところまで来ると周りを見渡しながら言った。
「んだぁ?まだあいつ来てねぇのか?」
「…遅い」
「まぁ、まだ予鈴も鳴ってないんだから」
「シルフ…お前がそれ言うか…」
「ん?でも、そろそろ…」
シルフが言いかけたところでちょうど良くブレンケルが体育館に入ってきた。
ブレンケルはいつも通りの豪奢な服装に加えて、今回は装飾過多な剣と鞘を腰に差していた。ブレンケルはシルフに気がつくと前髪をかきあげて言った。
「ふっ、逃げずに来たようだね」
「そりゃあ授業だもん。来ないわけにいかないでしょ」
「ふん、そんな悠長なことを言っていられるのも今のうちだけだ」
「そんなことより試合のルールとかは無いの?」
「…まぁいい、試合については時間などのルールは設けていない。場所は闘技場、開始から先に倒れる…死ぬと定義した方がいいかな」
「死ぬ…ねぇ」
シルフは小さくどこか悲しげに呟いていた。だが、ブレンケルは特に気にした様子もなく話を続けた。
「武器、魔法は自由。だが、第三者の参戦は認めない、一対一…フェアにいこうじゃないか」
「うんうん、そこは同意するよ」
「俺が勝利した場合は今後の俺…ひいては貴族に対する態度を改めてもらう」
「ん?そんなんでいいの?僕を退学にするとかじゃなくて?」
「あぁ、貴様を退学させるのは俺の一存では決められん」
ブレンケルはこの試合に勝つことによって、シルフがAクラスに満たない実力だと知らしめることができれば、降格…最低でもシルフの肩身が狭くなると考え、この条件にしたのだ。
「なるほどね、確かにそうかもね。だけどねやっぱり詰めが甘いんだよブレブレは」
「ブレンケルだと何回言えば覚えるんだ貴様は!しかもなぜ貴様にダメ出しをされなくてはいかんのだ!」
「こんな口約束を律儀に守ると思ってるの?君は」
「…なんだと?」
そう言ってシルフは服の内側から一枚の紙を取り出した。取り出したふたつ折りにされた紙を開くと、常用では使われない言語…術式が書かれていた。
魔法というのは薪無しで火を付けるようなもので、術式というのはその薪の役割をするものである。本来はひとつの属性しか使えないのだが、術式を用いることでほかの魔法も汎用性は薄れるものの使えるようになるのだ。だが、術式というのは目的を…火を起こす…だけに絞れば数文字程度で済むが、規模…自然則に逆らったものは複雑怪奇な術式が必要となる。
シルフが取り出した紙は中心部分には何も書いてなく、しかし、その周りには数え切れないほどの文字が書かれていた。ブレンケルは何の術式なのかは分からないが、その複雑な術式を見て眉をひそめた。
「それはなんの術式だ?」
「これは僕が作ったギアスって言う術式でね。言わば命令権さ」
「命令権だと?」
「そ、この術式には条件を満たせば一回だけ相手に強制的に命令を行わせることができる。…ここまで言えば僕が何を言いたいのか分かるよね」
シルフがいたずらっぽい笑みを浮かべる。…ここに来た時と同じ笑みを…
「なるほどな、確かにそれができれば貴様を退学に追いやることも、俺の下僕にすることもできるわけだ」
「おいシルフ!」
フィーたちと静観していたマルクだったが、術式の内容を理解して止めに入ろうとした。…だが
「マルク」
「っ…」
依然として笑は崩さないが、シルフの底冷えするような声にその威勢は衰えてしまった。マルクは一縷の望みをかけてフィーたちを見るが
「…」
「シル坊…」
フィーは手を握り締めたまま成り行きを見守り、カムイも静観し続けるようだ。
「さて、どうする?これを使うかい?」
「…いいだろう」
「じゃあ、この中心に自分の血を垂らして」
そう言って、シルフは自分の指を噛んで術式に血をにじませた。ブレンケルもシルフにならうように術式に血を垂らす。
「契約せ〜りつで〜す!」
とこからともなく声が聞こえ、術式の中心部が真っ黒に染まり紙全体が黒く染まっていく、紙は黒い球状になると球が弾けて一匹のコウモリが飛び出してきた。
コウモリは翼を広げながら滑空してシルフの肩に留まり、一礼すると口を開いた。
「やぁやぁやぁ、マイマスター。おひさ〜」
「久しぶりだねギアス」
「いやぁ、随分と背が伸びたもんだねぇ。最後に来たのは2〜3年前くらいだっけかな」
「そうだね、あの時から5〜6cmは伸びたかな?」
「成長が速いのはいいことだねぇ、俺っちは1mmたりとも伸びてねぇのになケッケッケッ!それで?久しぶりにどんなご用だい?」
「うん、いつも通り試合の審判と誓約書の作成を頼むよ」
「おぉおぉ、それで相手は…あの坊ちゃんかい?弱い者いじめはダメだぜ〜マスターよ」
「な、なんだと!」
ようやく、話についていけなかったブレンケルを筆頭にマルクたちも正気に戻ったようだ。
「大体、貴様はなんなんだ、あの術式を発動した瞬間に」
「おおっと、自己紹介が遅れたかな。俺っちはマスターに作られたギアスって言うもんだ以後お見知りおき〜」
「作られた?ゴーレムか何かなのか?大体、術式がこんな形で動くなどと聞いたことも」
「はいはいはい、その反応はもう見飽きたから割愛で〜。じゃあ、この戦い?喧嘩?のルールを確認するぜ〜」
ギアスはシルフの肩から飛び、ブレンケルとシルフの間で止まる。すると、ギアスの体が真っ黒な紙のようになり、紙面に白い文字が書き記されていく。
1.魔法・武器に制限無し
2.試合は必ず一対一で行う
3.開始後、先に死んだ方を敗者とする
4.敗者は一度に限り勝者の言葉に縛られる
5.4は無期限執行可能
そこまで綴られると下部にシルフとブレンケルの血の跡らしきものが浮かび上がった。血判の代わりだろうか?
「…悪趣味な」
「あはは、そこはギアスの趣味だからなんとも言えないね。ギアス、オッケーだ。戻っていいよ」
シルフがそう言うとギアスの体は元のコウモリに戻った。
「さてと、僕としてはもう始めてもいいんだけど行くかい?」
「俺も大丈夫だ。では、闘技場の方へ行こうか」
そう言ってブレンケルは闘技場へと向かって行った。シルフも行こうと歩き出したところで
「シルフ!」
フィーに呼び止められた。
「ん?」
「…」
「…?」
「…負けたらお菓子は無しだから」
「…ん、分かってるよ」
シルフはフィーの頭に手を置き撫でながらそう言った。数回、シルフがフィーを撫でていると、フィーは握っていた手を解いた。
「じゃあ行ってくるね」
シルフは手を離し、フィーにそう言った。
「…いってらっしゃい」