そして、分からない乙女心
キーンコーンカーンコーン
午前の授業の終了の鐘が鳴り響き、挨拶とともに担当科目の先生が教室を出て行く。後ろの席でマルクは伸びをしてシルフに聞いてくる。
「うぅん…、やっと終わったぁ。シルフー今日も屋上で食べるのかぁ?」
「あそこは人が少ないからね。嫌だったら今日は教室でもいいけど?」
「うんにゃ、俺は別にいいぞ。フィーとカムイはどうする?」
「俺は飯が食えればどこでもいいぞ」
「おなじく」
「てことで、今日も屋上で」
「わかった、マルク達は今日も購買?」
「俺はそうだな」
「私も」
「俺は油揚げを持参してるけどな」
カムイはそう言ってどこからか包みを咥えてきた。どうやって結び目を解くのか謎だが結べたのだから解けるのだろう。
「そっか、じゃあ僕は本を返してから行くよ」
「本?この前も行ってたよな。よくそんなに読んでられるな」
「まぁ、趣味…に近いものだからね」
「俺は体を動かしてた方がいいけどなぁ」
「そんなんだからマル坊は頭ん中がすっからかんなんだよ」
「むぅ…反論できんな」
「ふふ、フィーに教えてもらったら?」
シルフはそう言うが当のフィーは頬を膨らませて言ってきた。
「シルフのほうが頭いい」
「そんなこと無いよ」
「シル坊、できる奴の謙遜は嫌味になるぜ?」
「って、言われてもなぁ」
「まっ、とりあえず買えるもん無くなっちまうし購買行ってくるわ」
「それもそうだな、早く行こうぜお嬢」
「…うん、また後でねシルフ」
「行ってらっしゃいみんな」
シルフはマルクたちを見送ると机の横から鞄を持ち上げて教室を後にした。
図書室は2-Aの教室から少し遠いところにあるため、マルクたちが購買から帰ってくるよりも遅てしまう。シルフは少し急ぎ目に歩きながら図書室を目指した。
その途中
「きゃ!」
「おっと」
曲がり角へ差し掛かったところで飛び出してきた人にぶつかってしまった。
ぶつかってきた人が倒れそうになったところでシルフは手を掴んで自分の方へ引き寄せた。とりあえず相手が倒れなかったことに安堵しながら相手の顔を見た。
「ふぅ、大丈夫かい?」
「あっ、大丈夫です。すみませんでした」
薄いピンク色の髪を揺らしながら相手の少女はシルフから離れて頭を下げると、パーカーのフードが落ちてきた。シルフは笑いをこらえながら少女を見ていた。
腰まである薄いピンクの髪に赤い瞳。髪と同じ色のパーカーに白いブラウスを着てた。赤と黒のチェック模様のミニスカートに白のニーソックスを履いる。頭からは兎人族特有の耳、ウサギの耳が生えていた。身長はフィーよりも少し低いくらいだが、どこかフィーよりも幼げだ。腕に巻き付いている腕章は青、つまりは一年生のものだ。
シルフは少女から視線を外して床に移すと、少女が持っていたノートや教科書が散乱していた。
「こっちこそぶつかってごめんね。拾うの手伝うよ」
「だ、ダメですっ!」
シルフは片膝をついてノートに手を伸ばそうとしたところで開いていたページに目がいった。
死ね
開いたページには余すところなくそう殴り書かれていた。それを見た瞬間、シルフはえもいえない感覚を感じた。だが、シルフが拾う前に少女は素早く拾い集め、まっしぐらにどこかへと行ってしまった。目に涙を浮かべながら。
ところかわって、購買部前では既に買い終わったマルクと元から買う物がないカムイは向かいのベンチに座ってフィーを見ていた。背が低いのが災いしてか上手く奥の方に行けないらしい。
「なぁカムイ」
「なんだ」
マルクは隣で丸くなっているカムイに話しかけていた。
「フィーってシルフと仲いいよな」
「そうだな」
「俺よりも先にシルフと仲良くなってたよな?」
「…何が言いたいんだ?」
カムイが訝しげに顔を上げる。
「単刀直入に言ったら何がきっかけでシルフとフィーが仲良くなったのかなってさ」
「…マル坊」
「ん?」
珍しくカムイが真面目にマルクを見据えて言う。
「お嬢だって普通の娘っ子だってことさ」
「?…どういうことだ?」
「おまたせ」
カムイがそう言ったところでちょうどフィーが購買から戻ってきた。
「どうかした?」
「なんでもないさ、マル坊がいつも通り馬鹿なだけだ」
「んだと!」
「さぁ行くぞお嬢、シル坊が待ちくたびれてるだろうよ」
カムイはベンチから飛び降りてスタスタと校舎の方へ行ってしまった。
「?…うん!」
「…あっ、そういうこと」
フィーはカムイを追いかけて校舎に向かった、どこか嬉しそうに。残されたマルクは首を捻っていたが、どこか得心したのか手を打って追いかけていった。
三人が屋上へ上がるとシルフはフェンスにもたれ掛かりながら空を見上げていた。怒っているような泣いているようなものが混ざりあった表情をしていた。三人は顔を見合わせるとフィーが先駆けて声を掛けた。
「シルフ、どうかしたの?」
「ん?フィーかい?それに二人もやっと来たんだね」
そう言いながらシルフは立ち上がった。いつも通りの優しげな笑みを浮かべていた。
「いやぁ、待ちくたびれたよ」
「そんなに腹が減ったなら先に食べててくれても良かったんだけどな」
「やっぱり食事はみんなで食べた方が美味しいじゃん」
「分かってるじゃねぇかシル坊。そうと決まれば早く食べようぜ、俺も腹減っててよ」
カムイはそう言って包みを広げた。フィーとマルクは納得が言っていないようだったが、カムイと同じように買ってきたパンや弁当を出した。シルフも弁当を開けながらカムイに気になったことを聞くと。
「ねぇカムイ、今どうやって広げたの?」
「…シル坊、世界には知ってはいけない心理ってもんがあるんだよ」
「…要約すると?」
「細かいことは気にすんな。いただきます」
「ですよね〜。いただきます」
「なんの話してんだよ。いただきます」
「いただきます」
四人一緒に(カムイも)手を合わせて昼食を食べ始める。
「そう言えばマルクはお弁当を作ってきたりしないのかい?」
「うーん、作ったことないからな」
「フィーは?」
「一人分だけ作るのも面倒。シルフは自分で作ってるの?」
「うん、一緒に住んでる人が作らなきゃお昼食べない人だから作ってるんだ。僕は小食だからあんまり食べないんだけどね」
「シルフのお弁当美味しい」
「そうかい?良かったらフィーの分も作ってこようか?」
予想外の返答だったのかフィーは目を丸くして驚いていた。
「いいの?」
「うん、二人も三人も変わんないし」
シルフはそう言い、フィーは少し考えるような仕草をしたが。
「うぅん、やっぱりいい」
「そう?」
「うん」
「「シルフ(シル坊)は分かってないなぁ」」
「え?なんなの二人して」
こうして、いつも通りの昼休みで終わるはずだったのだが。
バタン!
屋上の扉が勢いよく開けられ壁にぶつかった。シルフ達は目を丸くして音のした方を見ると。
「フッフッフッ、見つけたぞシルフィード!」
金髪を優雅に揺らし、一人屋上へやってきたのはブレンケル・アルマーニ。2-Aの人族の貴族だ。