そして、例のあの娘
ブレンケルの騒動は扉を蹴破った教師によって取り押さえられ、今は生徒指導室でお叱りを受けているところだ。
一部始終を放送で聞きシルフは腹を抱えながら言った。
「いやぁ〜。面白いものが聞けたね」
「シルフは性格が悪い」
「まさかこうなるとは思ってなかったんだよ…うん」
「嘘っぽい」
「息を吐くように嘘をつくからなシルフは」
「ありゃ?そっちの話は終わったの?」
謎の論争をしていたマルクとカムイが二人の話に混ざってきた。
「あぁ…俺は自分の世界の小ささを思い知らされたよ」
マルクは悟りを開いたように遠い目をしていた。
「そ、そう。見聞が広まるのはいいことだと思うよ…」
「そんなことよりよ、あと数十分くらいだけどこのまま休憩所でだべってるのか?」
「それでもいいんだけど…あ!ナイフ回収するの忘れてた!」
「…そういえば投げっぱなしだったな。闘技場内だしすぐに見つかるだろ」
「んじゃあみんなで探しに行くか」
「マルクたちも手伝ってくれるの?」
「当たり前だろ。暇だし」
当然ごとのようにマルクは言い、同意するようにフィーもうなずいた。
「…ちゃんと授業受けなよ」
「お前に言われたくないわ!」
照れ隠しなのか茶化すようにシルフが言うとマルクが突っ込みを入れてきた。シルフはナイフを探すために休憩所から出ようと立ち上がるとちょうど誰かが入ってきた。
「マールーク!」
どうやらマルクに用事があるらしい。黒い瞳に赤いショートカットの女性だ。貴族の服装というよりは軍人のような服装をしている。マルクと同じエルフ族のようで耳が長い。
「げっ!マリアもう起きてたのか」
「起きてたのか…じゃないわよ!あんたどこに行ってたのよ!」
「いや、どこって…ここに来てたんだけど?」
「そんなことを聞いてるんじゃないの!とにかく行くわよ!」
マリアはマルクの手を引っ張って休憩所を出ていこうとする。
「えっ、ちょっと待ってどこに?」
「闘技場に決まってるでしょ!再試合よ再試合、あんな終わり方認めないわ!」
「ちょっと待って、俺にはシルフのナイフを回収するという使命が」
「わけわかんないこと言ってないで行くわよ」
「シルフ!カムイ!助けてくれー!」
マルクがシルフたちに助けを求めるものの、シルフとカムイは手を振ってマルクを笑顔で見送った。マルクたちが休憩所から去り、あたりが静まり返った。
「うん、じゃあ行こうか」
「…うん」
シルフたちは何もなかったようにナイフを探しに闘技場へと向かっていった。
シルフのナイフを探し終えると同時に授業が終わり、帰りのホームルーム後に一組の生徒は清掃活動をしていた。シルフの担当場所は一組の教室でマルクと一緒だった。
シルフとマルクは腕を動かしながら話をしていた。
「で、結局あの…マリアさんとの試合はどうなったの?」
「あぁ…時間切れになって結局勝負がつかないままさ」
「またダメだったんだ」
「いつものことだけどな…よし終わった。あとはごみ捨てだけだな」
「僕が捨ててくるよ」
シルフが率先して溜まったごみを捨てに行こうとする。
「いや、俺が捨ててくるぞ?」
「いやいや、だって…ほら」
シルフが指をさしたほうにはずかずかと教室に入ってくるマリアの姿があった。
「げっ」
「じゃあ行ってくるね」
「待って、せめてここにいてくれ」
「頑張ってねぇ」
シルフはそそくさと教室から出て行った。教室からはマルクの断末魔が聞こえたような気がしたがシルフは振り向かずにごみ捨て場に向かった。
シルフはごみ捨て場まで向かいごみ袋を捨て、ホームルームも終わったので後は帰るだけだと考えていた。だが、廊下の角で見覚えのある兎の耳が人に囲まれた中で揺れていた。全員が鞄を下げているところを見ると掃除は終わっているのだろう。
「あれって」
シルフは息を殺して近くまで行き、聞き耳を立てた。
「きゃはは、今日は無様だったわね」
「ほんとにあんな攻撃も避けられないなんて思ってなかったわ」
「頭がいいだけのいい子ちゃんなんてそんなものよね」
「うぅ…」
兎耳の少女を取り囲んで女子生徒たちは少女に罵倒を浴びせていた。
「そんなに苛めたら可哀そうよ、あはは」
「そんなこと言っていつも一番やりすぎちゃうのはあなたじゃない」
「あーれー?そうだっけ、きゃはは」
「そーれに、こんなネックレスまでつけちゃって。なにこれ、おしゃれのつもり?」
一人の女子生徒がポケットからネックレスを取り出した。装飾は少なく価値もなさそうだが大事にされていることがわかるほどに手入れされている。女子生徒がそれを取り出すと少女は青ざめた顔になって首に手を回した。
「…ない…」
「なにそのダッサいネックレス」
「この娘が授業中に落としてたから拾ってあげたのよ」
「えぇ、どうせ倒れてる間に取ったんでしょ」
「あはは、まぁね」
「か、かえして」
「誰が返すかっての」
「あはは、性格悪い~」
「ほらほらあと少しあと少し」
少女が届かないようにネックレスを頭上にぶら下げた。少女は手を伸ばすが身長が低いせいでネックレスに届かずに涙を浮かべていた。
「やぁ、掃除は終わったのかい?」
「…あなたは」
「は?あんた誰よ」
シルフは見ていられずにその場に飛び込み少女の肩に手を置いてそう言った。
「ちょっと図書室に用事あるから一緒に行こうよ」
「え?え?」
「いきなり入ってきて何よ!私たちは今その娘と遊んでるんだけど?」
「あぁごめんね、一緒に帰る約束してたからまた今度にしてくれると助かるよ。じゃあ行こうか」
「待ちなさいよ。何を勝手に!」
「あ!先生」
「え!?」
「あっ、ネックレス…」
古典的なごまかし方にいとも容易く引っかかり、隙をついて半ば強引に腕を引っ張っていった。
「あ!逃げた!」
「待ちなさい!」
気付いた女子生徒がシルフたちを追いかけてくるが、シルフたちはもうすでに廊下の角を曲がり視線から消えていた。
階段を駆け上がり屋上の扉を開けるとようやく息をついた。
「ふぅ、ここまでくればもう大丈夫かな?」
「あ、あの…ありがとうございました。でも…」
「はい、これ」
シルフはポケットに手を入れると中から女子生徒が持っていたネックレスを取り出した。
「え…」
「君のでしょ?」
「あ、ありがとうございます!本当に…」
少女はシルフの手を握って涙ながらにお礼を言った。よほど大事なものだったのだろう泣いているのにもかかわらずに少女の顔は喜色に満たされていた。
「大事なものだったんだね。取っておいてよかったよ」
シルフは少女の手を解き、少女の首にネックレスをつけた。少女は大事そうにネックレスを握りしめ、何度もシルフにお礼を言った。
「別に気にしなくていいよ。今はお礼よりも名前が聞きたいかな」
「あ…ご、ごめんなさい。私は1-Aのレプスって言います」
「レプスか。僕の名前はシルフっていうんだよろしくね。その年でAクラスってすごいね」
「いえ…実力がないのになぜかAクラスになってしまい…」
「それで、いじめられてたんだ」
「!…やっぱりあの時見られていたんですね…」
レプスが言うあの時とは図書室で初めて会った時なのか、ネックレスを取られていた時なのかはわからないがいじめられていたことには変わりないらしい。
「…苛められている理由に心当たりはあるのかい?」
シルフはこれ以上踏み込んでいいものかと悩んだが、何か力になりたいという気持ちが専行して口に出てしまった。
「…やっぱり私が平民だからだと思います」
「平民ねぇ」
平民と貴族の違いというのは実際のところあまりない。昔に大きな功績を収めたものが貴族として称され、特別な手当てを貰っている。その名残が今でも称号のように残っているのだ。もちろん貴族という言葉に甘んじずに現在でも功績を収めている貴族はいる、しかしそれは少数になっていき、貴族を一度リセットしようと提案が出ているが今でも受諾されていないらしい。結果的に平民と貴族の違いは金銭面の違いが大きい。その潤沢な金銭を使って子どもを育て、プライドを守っているのだ。
「Aクラスには私しか平民がいません…それで目障りなのだと…」
レプスは膝を抱えて目じりに涙を浮かべながらそう言った。一年生でのクラスの貴族の偏り方は非常に顕著でAクラスが貴族だけで埋まることなんてよくあることだ、むしろ平民が入ること自体が珍しいくらいに。
「レプスってさ今何歳?」
「…12ですが?」
「あぁ、それも原因なのかもね」
「え?」
「昔っから鍛えられてやっとAクラスに入れたのに、自分よりも若い人がしかも平民だったら貴族としてのプライドがずたぼろだろうね」
「…そんなことで」
「実際、12歳って学園全体で見ても最年少だと思うよ?」
「そう…だったのですか」
そのことを誇るわけでもなくレプスは顔を俯かせた。
「…ねぇ、レプス」
「…シルフさん?」
シルフは俯くレプスに向かって優しく言った。
「今の状況を変えたくないかい?」
「!?…でも、どうやって…」
「この学園には進級制度があるのは知ってるよね」
進級制度というのはすでに現学年の水準を越していると教師と先輩に推薦された生徒が進級テストを受け、それに受かると履修済みでなくても進級することができる。レプスはシルフの言おうとしていることに気が付いた。
「…まさか」
「そう」
シルフはいたずらっぽい笑みを浮かべるとレプスに言った。
「今すぐに進級すればいいんだよ」
あまりにも簡単にそう言った。今はまだ4月、新学年は始まったばかりだ、シルフは簡単に言うが1年分の勉強を短い期間で行うことになる。
「もちろん大事な一年間が無くなるし、それなりの時間もかかる」
「…それでも、できるんですか?」
「それはレプスの努力次第、でも」
シルフはレプスの頭を撫で、レプスに向かって言う。
「レプスが本気で頑張るんだったら、僕が絶対に君を進級させてみせる」
本来ならば見ず知らずのシルフの言葉など信じられないものだが、なぜかレプスはシルフの言葉が嘘には聞こえなかった。レプスはシルフの言葉に返答する前に今までに起きたことを思い起こした。
陰口を言われ、ものを隠され、ノートを破られ、落書きをされ、そして、大事なネックレスを盗られた…。
苛められていたことを思い出すたびにそこから出たいという気持ちが強くなっていき、胸の中が熱くなるのをレプスは感じていた。
「おねがい…します」
「…」
シルフは黙ってレプスの言葉を聞く。レプスは胸の前で両手を握りしっかりとシルフを見据えて言った。
「私を…強くして下さい!」
強い意志をもってレプスはそう言葉にした。シルフはレプスの言葉を聞き届け一変して優しく言った。
「任せてよ」
屋上には4月の暖かい風が吹き込んだ。