森のブランコ
改行・空白等の文章の体面をKiss&Happinessと同じ形にして見やすくしました。
よく言う、怖い父親というのは大体顔も同じように厳つかったりするものであると私は思っている。
中には顔が怖くてもユニークな人がいたり、逆に顔が穏やかな人でもものすごく怖い人とかもいるだろう。
しかし、怖い父親と聞いて穏やかな顔を連想する人は早々いないのではないだろうか。
とにかく、ある種「怖い父親」のテンプレートをそのまま象ったような私の父が静かにそう言ったのだった。
――覚えてない、と。
今日は私の誕生日。三月中旬と学校の終業式ないし卒業式より大体後に来るせいか、祝ってくれる人は特に仲のいい友達と家族、あとよく話したりする近くの商店街の人たちくらい。
それでもみんな毎年驚くほど私のことを祝ってくれるから、全然気にしてない。というより、家族だけでも祝ってくれたらそれで満足だと思っていたくらいだからこれ以上祝ってくれる人が増えたら幸せすぎて色々おかしくなりそうな気がしてならない。
今年は運よく日曜日。一日がすべて自由に過ごせる、ちょっとしたハッピーな日。
そんなプチハッピーデーである誕生日にも拘わらずハッピーをさほど感じれてない自分がいた。
私と同様、他の友達も高校を卒業しそれぞれの進路に向けて色々バタバタしているため、私の誕生日会はみんなのスケジュールを鑑みて既に行われた。
もしかしたら、その時の方がハッピーだったかもしれないという錯覚さえ感じる。その錯覚なんていう曖昧なものを感じるほど今の私はどうかしてる。
父の発言が、たった一言が私を沈鬱な気持ちにさせていた。
「お前の誕生日がきたら、話すことがある」
推薦で十一月に大学が決まった際に父に言われた言葉。当然、何のことか気になって仕方がない私ははっきりと、昨日のことのように鮮明に記憶している。
だが、その約束をあろうことか言った本人が忘れてるのだから私の感情が怒りに変わる以外にない。
そういうわけで、私は怒りに任せて家を飛びだしたまま、数時間特に当てもなくブラブラと外を彷徨っていた。
もう怒ってないと言ったら嘘になる。
でも、流石に子供過ぎた行動だと反省してるし、家に帰ってちゃんと父と向き合い思い出してもらう方がいいとも考えている。
しかし、家を飛び出す前、
「自分がした約束を覚えてないなんてろくでなし!」
と口任せな暴言を吐き捨ててしまった手前恥ずかしくて帰りにくい。
怒りを我慢して家にいた方が良かったのかと後悔の念が止まらなかった。
気がつけば馴染みの商店街に足を運んでいた。今の気分ではあまり近寄りたくなかった場所なだけにすぐ引き返そうと思ったが、案の定声をかけられてしまった。
「おお! 百合ちゃんじゃないか!」
商店街に入ってすぐのところに店を構える魚屋のおじさんが魚を持ったままこっちに向って手を振った。
仕方ない。店の方に歩み寄る。
「なんだ、元気ないじゃねぇか。どっか痛いんか?」
顔馴染みになるとそういう些細な変化もすぐわかってしまうのかもしれない。
「あ、いや……もう少しで一人暮らしするから、この商店街も来れなくなっちゃうんだなって思って」
本当のことではあるけど、適当にごまかす。
「そういや東京の大学行くんだってなぁ。いやぁ、百合ちゃんは賢くておじさん嬉しいよ」
まるで親みたいなことを言う。
……親、か。
「確かに顔見れなくなるのはおじさんも寂しいけど、百合ちゃんには百合ちゃんの人生があるもんな。おじさんは百合ちゃんが楽しく生きてくれりゃ満足さ」
「ごめんね、おじさん。たまには帰省してこの商店街にも顔を出すからさ」
「そりゃ嬉しいこった。死ぬまで待ってるよ、がはは」
おじさん特有の周りを元気にする明るさにあてられて少しだけ元気が戻ってきた。
「お、そうだそうだ。今日は百合ちゃんの誕生日だよな。んじゃ、この鯛持っていきな」
おじさんがちょうど手に持っていた大きな魚を指さしてニカッと笑う。
「え、そんな受け取れないよ」
「なぁに、いいってことよ。なんならおじさんが直接家に持っていこうか?」
「えっと、その……」
遠慮しますと言っても笑顔で家まで届けにきそうなおじさんの堅い意思に負けて、素直にうなずいた。
どのみち今手荷物は増やしたくなかった。
その後他の店でも声をかけられ、似たようなやりとりを数回繰り返したところでようやく商店街を通り過ぎることができた。
少しだけ、寂しさから泣きそうになった。
歩くのに少しだけ疲れを感じてきたところで、次に歩みゆくところを最後と決めて歩を進めた。
そろそろ、覚悟を決めて家に戻らなければいけない。
でもその前に寄りたいところがたった今見つかった。
家やビルがある平野の方から商店街を抜けていくと、ほどなくして建物がほとんどなくなる森が見えてくる。
車でもある程度までは行くことができるが、わざわざ車を走らせてまで来る人は滅多にいない。
その森に迷うことなく足を踏み入れる。
ここには私の思い出がたくさん詰まっている。その思い出があるからこそ、今日私はここに歩を進める。
人生で唯一父が私に誕生日プレゼントとしてくれた、森のブランコ。
小学校に進学するタイミングの誕生日。突然車で連れてこられた初めて見る商店街の奥の森。
その森を奥に進んたところにある大樹。その大樹から伸びる、地上からほどよい距離に位置する太い枝。
脚立と何かが入った袋を持った父は、その大樹まで連れてきた後、無言のままその場で何かを作り始めた。
そして……出来上がったものを示してこう言った。
「誕生日おめでとう、百合子。プレゼントだ」
公園にある鉄の鎖とプラスチックの板で作られたブランコとは違う、太い紐と木の板で作られた私だけのブランコ。
幾度通ったことか。
幾度遊んだことか。
幾度頼ったことか。
幾度…思い出を作ったことか。
回想をしている間に、目的のところまで迫っていた。
いろんな友達に自慢して、時には嫌なことも味わってきて、私の喜怒哀楽を静かに見守ってきた思い出の場所にもうすぐで再開できる。忙しくて最近来れてなかった憩いの場所までもうすぐだ。
そして――
開けた空間とともに、見慣れた光景が視界にさっと入ってきた。
一つを除いて。
「お父、さん」
森のブランコに父が無表情で座っていた。
「きたか」
この人は私がここに来ることを予想していたのか。
「なんでここにいるの?」
率直な疑問。今朝の一件なんかどうでもよくなるほど、その答えが知りたい。
「このブランコを撤去するためだ」
だが、その答えは今朝の一言よりも重く私に突き刺さった。
「なん、で?」
「……ここは、お前だけが思い出を作ってきた場所じゃない。私も、ここに特別な思い出を持っている」
父が自分のことを語るのは珍しい。
「小さい頃はここでよく遊び、成長して大人になってもよくここにきたものだ。それに…私が母さんにプロポーズをしたのもこの森だ。そんな場所だからこそ、お前にもこの森を好きになってほしいと思ってこのブランコを作った」
ただの思い付きで作ったのではない。
初めて知る事実に当然ながら平然としてられるわけがなかった。
「そして、私が見る限りではお前はこの森を気に入ってくれた。乗ってみてそう感じた」
「うん。確かにこの森は大好きだよ。でも、なんで今になってブランコを撤去するなんてことするの? 折角の、思い出なんだよ?」
「思い出だからこそ、だ」
「え?」
「思い出は、場所ではなく人間が持つものだ。だからこそ、このブランコは今この木から離さなければならない。まだ、私の言いたいことがわからないか?」
黙ってうなずく。
「そうか」
言葉の割に大した表情の変化を見せなかった父が私を尻目にブランコを取り外す。
ブランコを作った時と同じように、脚立で枝のところから紐を外す。それだけ。
簡素な作業によって外されたブランコを私に差し出したまま、父が静かに言った。
「誕生日おめでとう、百合子。プレゼントだ」
全く同じ言葉。
「思い出を、持っていきなさい」
それに付け加えられた一言。
この人には一生敵わないんじゃないかとさえ思った。
「うん……ありがとう、お父さん」
十年以上の思い出が詰まった森の、人生で唯一父からもらった誕生日プレゼントのブランコは、私にとって最高の誕生日プレゼントになった。
結局、父が言った覚えてないという一言は私のその後の行動を予想して言った事らしかった。
そう言えば、きっと私が怒って家を飛び出すだろうと。そして誕生日だからあの森へ行くだろうと。
どうしても徒歩では商店街を通らないと森に行けないということまで考えていたらしい。誕生日だからいろんな人が声をかけるという父の予想も的中過ぎるほどであった。
全く…父ながら恐ろしい人である。
それでも、感謝しきれない。
父のおかげで私は思い出を残すことなく四月を迎えることが出来たのだから。
拝読いただきありがとうございました。去年の夏に自分のブログにて載せたものを推敲して投稿しました。処女作(初めて完結させた作品)ではありませんが、当サイト初投稿の小説となっております。




