12-5
誰かがいた形跡があった。竜返しの家に戻ってきた3人が、その事実を伝える。イーラは青ざめたが、リーヴェンは顔色を変えずに、ため息をつくだけだった。
「リーヴェンさん、もしかして心当たりが?」
「いや、ない。少なくとも、うちの団員ではないだろう。近くで火を焚くくらいなら、ここに帰ってくるだろうしな。ただ、そういったことは皆無ではないからの。年に1度くらい、そういう馬鹿が見つかるものなんじゃ」
マニマーク河流域での仕事は、やはり危険が大きい。ここでの仕事を任せられる戦団も、当然限定される。紫炎の槍はリーヴェンの引率のもと、毎年のように調査の仕事を任されていた。頻繁にあることではないが、許可なき侵入者の痕跡の報告が、初めてということもなかった。
「どうしますか? 焚き火の跡は新しかったので、まだ近くにいる可能性もあります。すぐに探したほうがいいでしょうか?」
「その跡から、何人いたのか予想できるかね? 大体でいいんだが」
「結構な人数かもしれません。食べ残しや火の大きさを見たかぎり、少なくとも4人以上はいたかと思います」
それを聞いたリーヴェンもイーラは、少し考えこむ。先に口を開いたのはイーラだった。
「それなら……やはり探さないほうがいいかもしれませんね」
最初は青ざめていたイーラだが、学者らしく冷静な判断を下す。
「え、どういうことですか?」
早く見つけなければ危険だ。それに、勝手に食われて人食い竜を生みだされては困る。そう考えていたソフィアとエルは、イーラの言葉に戸惑った。
「そのほうが賢明だな」
しかし、リーヴェンもイーラに同意する。青ざめていたイーラの顔は、諦めのような表情になっていた。
「もう暗いし、探すのは明日からにするってことですか?」
「いや、その必要もない。明日以降も、君たちは予定通り行動してくれ」
「な、なんでですか。放っておくわけにはいかないでしょう?」
リーヴェンの言葉に、ソフィアはさらに慌てる。
「酷なことを言うようだが、ここに来てしまうような者を助ける必要はない。1人なら心配もするが、複数いるならこの土地の危険性を知った上で来ている連中だろう。3日後には職員と役人が乗った船が河口に来る。そのときに報告だけはしておこう」
リーヴェンにそう言われて、エルもガイツも頭が冷えた。確かに、慌てて助ける必要はないのだろうと思いなおす。
「それだけですか!? で、でも……危ないし、それに困ってるだろうし」
しかし、ソフィアは納得できなかった。誰かが危険な目にあっているかもしれない状況で、皆が冷静な顔をしていることも理解できない。
「えっとねソフィア、それはないと思う」
ここは最南の街ハイウェスラルから、さらに遠く南にある場所だ。道に迷ったとしても、たどり着くような場所ではない。それに気づいたエルは、どんな者が来ているのか想像できてしまった。
「そうだな。いるはずがないと思ってたから慌ててしまったが、考えればわかることだった。多分こっちが探して見つけたら、助けを求めてくるどころか、逆に逃げだすような連中である可能性が高い」
落ちついたガイツも、すぐにその考えにいたる。
人目から逃れるために立ち入り禁止区域に入りこんだか、それとも別の目的であったか、どちらにしても真っ当な者だとは考えづらかった。そもそも、許可なき侵入者という時点で罪人だ。ハイウェスラル以南への立ち入りに許可がいることは、イリシアで暮らす者にとっては常識だ。知らなかったというのは通用しない。
「そういうことじゃな。こんなところまで勝手に来て、もし竜に食われてもそれは自己責任。もちろん、人食いを生み出されるのは厄介だが、しかしだからといって、わざわざ探すのに人手は割けん」
「ああ、そっか……ここまで勝手に来ちゃう人だから、悪い人なのか。じゃあ、もし見つけたら捕まえて縛っときます。まったくもう、困った人がいるもんですね」
ソフィアはあっさり納得すると、次は侵入者に対して怒りはじめた。
「見つけて捕まえるにしても、なるべく穏便に頼むぞ。他国の者である可能性もあるからの」
勇むソフィアを、リーヴェンは苦笑いでいさめる。その言葉にエルが反応した。
「他国の者って……西の大陸の、ですか?」
「うむ。やはりイリシアの者なら、たとえ罪人として追われていても、こんな危ない場所に逃げこむようなことは滅多にない。竜を欲する西の大陸の者。普段は真っ当に商売している者が、絡んでいる可能性もある。竜骨を拾ったり、あるいは竜を捕まえて持ち帰ろうとしていた無謀な者もおったな」
マニマーク河口付近に船で密かに侵入し、竜を狩ったり捕まえようとしたりする他国の者たちは存在する。
「うーん……知ってはいるんですけど、信じられないですね、竜を欲しがるなんて。いないほうが良いに決まってるのに」
大きな商団を営む家に生まれたソフィアは、意外にも西の諸国との商売方面では知識がある。しかし、最前線で竜と戦っている者として、竜を欲しがる心情など到底納得できなかった。
「西の者たちにとっては、命を危険に晒す価値があるらしい。この辺りでわしらが狩った竜は、運び屋に持っていってもらうこともできんから、基本は放置じゃしな。うちの戦団は毎年この辺りに来とるが、今まで何人、竜骨を拾っている奴らを捕まえたかの……うちの団員が捕まえたのだけでも、結構な数になるはずじゃ。連中からしたら、宝の山がそこらに転がっているのと変わらんのだそうだ。まあ、わしも理解できんがの」
竜骨、竜皮、竜油。イリシア大陸にしか存在しない竜の需要は、西の大陸で尽きることはない。特に造船に欠かせなくなってしまった竜骨は、需要に供給が追いついていない状況だ。
「あの、リーヴェンさんが知っているってことは、協会もそういう人が入ってくるのは把握してるんですよね。対策はしないんでしょうか? 確かに自己責任かもしれませんが、人食い竜を生み出されるもは困りますし」
「エルの疑問はもっともだ。協会も役人も当然知っておる。ただ、これは結構繊細な問題でな……捕まえた連中を調べてみると、ただの密入国者ではないこともあるんじゃ。商人ならまだいいんだがな、イリシアと良好な関係にある他国の軍人だった、なんてこともあった。積極的に取り締まると、外交問題に発展してしまいそうでな。協会も役人連中も、頭を悩ませておるんだ」
「外交問題……ですか。もしかして、捕まえるのもまずかったりするんでしょうか?」
エルはもちろん、そういった話になるとガイツもさすがにわからない。実はソフィアだけは、母親から仕込まれているはずなのだが、知識だけあっても理解できているかはまた別だ。興味のない難しい話になると、耳を塞ぎたくなる彼女にとって、政治の話など苦痛でしかない。
「はっはっは、そう難しい顔をしなくてもいい。わしら以外、ここにいるだけで罪人なのは間違いないから、見つけてしまったら仕方がない。捕まえてもらって大丈夫。ただし、その場合は傷つけないように気をつけてくれ。まあこれは、言わなくても狩竜人ならそうするだろうがね。他国の者なら、リグトン相手にすら苦戦するような腕力だ。君らなら、苦労もなく捕まえられるだろうよ」
「任せてください! 私、喧嘩ならいける気がするんです」
ソフィアは自信満々に答えるのを見て、イーラは心配そうな顔をする。
「あ、あの……あまり無茶なことはしないでくださいね。竜相手と人相手では、勝手が違いますから」
狩竜人が相手にするのは竜だけで、人と戦うことはない。力が優れている狩竜人だからこそ、暴力を振るうことをためらう。
しかし、ソフィアとエルは少し違った。互いの力を1番信頼しあっている者同士、いつも全力で鍛錬を積んでいる。それが狩竜に役立っているかはさておき、対人戦闘、つまり喧嘩なら無駄に自信があった。過去に起こした事件のこともあり、もちろん無闇に暴力を振るう気はなかったが、ソフィアの自信は根拠のないものではない。
「大丈夫です、私とエルは絶対負けませんから。ガイツさんも……大丈夫です……多分」
「ソフィアさんたちが強いことは知っていますから、やりすぎないでくださいね。無理に探そうとしなくてもいいですから」
ただ、イーラの心配はそこではない。狩竜人の中でも抜けているソフィアやエルを傷つけられる者など、いないことはわかっている。まっすぐな正義感に溢れていそうな、2人の性格を危惧しての言葉だ。
「俺は多分なのか……」
以前、ドルブンにあっさり投げ飛ばされたことを思いだし、それでソフィアが言葉を濁したのだろうとガイツは気づく。あれは相手が相手だと文句を言いたくなっていた。狩竜人が喧嘩に強い必要はないだろうと、自分に言い訳もしてみる。
「リーヴェンさん、外交の問題になりそうってところを、詳しく教えてもらえませんか?」
悪い奴は捕まえなければと勇むソフィアや、少し落ちこんでいるガイツとは違い、エルはどこまでも知識欲旺盛だった。
「興味があるかね? わしも一応は知識があるつもりだが、そこはイーラに教えてもらったほうがいいな。彼女は生物としての竜だけではなく、それに関わる政治や歴史の専門家でもある。若くして王立研究所の学者になったのは、そういった研究が認められてのことだと聞いておるよ」
「そうなんですか?」
「え、ええ……まあ」
目を輝かせて視線を送ってくるエルに、イーラは恥ずかしそうにうなずく。
「是非、教えてください! あ、いや……厚かまくてすみません」
王立研究所の学者の話は、金を払ってでも聞きたいという者が多い。チャビレットが無償でなんでも教えてくれるおかげでエルは知らなかったのだが、あとになってそのことに気づいた。
「そんなことはないです。じゃあソフィアさんとガイツさんも一緒に、お聞きになりますか?」
「願ってもないことです」
遠征団に選ばれた狩竜人の役得だと、ガイツも喜ぶ。
「ええっと……はい。じゃあ夕食の前に」
ソフィアは正直興味がないのだが、断るのも悪いかと思ってうなずいてしまう。夕食の前にと言ったのは、腹が満ちた状態では間違いなく寝るだろうと思ったからだ。ソフィアは寝起きが良く、そのせいか寝つくのも子どものように早い。
「えっと、ごめんなさい。長くなりそうですから、夕食のあとにしましょう」
しかし、あっさりとイーラにそう言われ、ソフィアはすでに後悔しはじめていた。




