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12-4

 

 翌朝。


 出発前にジャイクスの装備を見て、エルとソフィアは驚いていた。背中には通常よりも長めの剣。それは普通だが、両脇に穿貫ボウガンと太い矢も抱えていたのだ。


 確かに穿貫ボウガンは強力な武器だ。状況によっては、大型竜を危険すら感じず一方的に狩ることもできる。しかし、数を揃えてこそ真価を発揮する武器でもある。麻痺毒を射ちこめるボウガンのほうが、1人の場合はよほど役に立つはずだった。


 どう使うのか聞きたそうな顔をしている2人を見て、無口なジャイクスの代わりにルミライが答えてくれる。


「あいつは最近、あれに凝ってるんだ。あたしは必要ないと思ってんだけどね。まあ、こういう奴だから気にしないでやっておくれ」


 そういう奴だと言われても、それがどんな奴なのか2人にはわからない。しかし、ジャイクスはなぜか満足気にうなずいている。まるで意味不明だ。


 まともに会話が成り立たない狩竜人たちだが、その役目を果すべく竜返しの家を発つ。


 ハイウェスラルから南に来ているといっても、まだ河の手前。確かにイーラの言った通り、マニマークの水量は減ってきているようだったが、出くわす相手はいつも通りだ。ほとんどの竜種は水に入ることを嫌うが、その程度は種によって異なる。河を渡って北にやってくる竜は、大体決まっていた。


 蛇竜ネスアルド、白爪竜リグトン、黄牙竜シュブイール、紫爪竜テリバトン、尖鱗竜ドギルトン、六角竜アングイール、そして炎竜レイダーク。


 北でよく見られるこれらの竜種は、泳ぎが得意だと考えられている。自ら進んで水に入ることはないが、追いつめられれば渡河も厭わない。そのせいで、すでに北イリシアでも繁殖できる数が棲息してしまっていた。


 逆に滅多に現れない竜。銀糸竜ルヴィリスイールや苦土竜ディジャイールは、まだ繁殖可能なほど北に数がいるわけではない。人々にとって、どんな竜でも繁殖されて良いことなどない。ただ目前の竜を狩るだけでなく、それを阻止するのも協会と狩竜人の仕事だ。


「おお、卵だ。ていや!」


 リグトンの卵を見つけたソフィアは、発見次第それを容赦なく叩き割る。リグトンは繁殖力が強い。雪の季節以外は繁殖が可能で、今さら卵の3つや4つ割ったところで影響はない。しかし、竜の卵を見つけたら速やかに処分することが、イリシアでは推奨されている。1番弱い状態で狩れるのだから、それも当然だ。


「珍しいな。こんな見つかりやすい場所に産むなんて」


 竜も馬鹿ではない。普通は隠すように卵を産む。しかし、ソフィアが見つけたのは、高い草に囲まれているとはいえ簡単に見つかる場所だった。


「ここら辺は森も少ないし、平地ばっかりですからね。産む場所が少ないのかも」


 竜にしても、マニマークの渡河は命がけの行為だ。しかし、せっかく渡ってきた場所は、卵を隠すのも難しそうな平地。わざわざ北に向かい、人里の近くに現れるようになるのは、そういう理由もあるのだろうとエルは考えていた。


 卵はまだ産みたてだったらしく、中は食用の鶏卵と似たような見た目だ。もちろん大きさはまるで違うが、食べて食べられないことはなさそうだとソフィアは思った。


「遠征団のときは、こういうのが食事になるのかな?」


 マニマーク河の向こう岸に行ってしまえば、食事は基本的に現地調達になる。お嬢様らしく食事の質にはこだわるソフィアも、荒っぽい食事になることは覚悟していた。ただ、エルは残念そうな顔で首を横に振る。


「卵は……結構勇気がいるんだ。外からだと、いつ産んだのかわからないからね。ゆでてみて、いざ食べようと割ってみたら、中からリグトンになりかけの物体が……ってこともよくあった」


 ソフィアもガイツも、それを想像して顔をしかめる。


「な、なるほど。それは嫌ね」


 いくら覚悟していても、程度の問題がある。卵でも肉でもないものは、できれば遠慮したかった。


「よくあったのか……さすがだな。しかし、リグトンの卵って食えるのか?」


 狩竜人だからといって、竜を食べることは滅多にない。草食竜の中には美味な種もいるが、北イリシアでは高級食材扱いだ。数が限られているので、金を払えばいつでも口にできるというものでもない。家畜にならないかと試みられた時代もあったが、草食といえど竜は竜。結局人に馴らす方法は見つからなかった。


「肉と違って腹を壊すことはないので、食べようと思えばなんとか。でも、変な臭いがするし美味くはないですよ」


 なんでも美味そうに平らげるエルにも、食べたくないものはある。それは肉食竜関連の食事だ。


 タシネートに戦い方を教えてもらい、自分で竜を狩れるようになってから、エルは何度か試してみたことがある。しかし、肉食竜はどれも不味いとわかっただけだ。唯一、卵だけはなんとか食用に耐えうるものだったが、それでもあまり食べたいと思うような味ではなかった。


 野性味あふれる食事に慣れているからといって、エルはそれを好んでいるわけではない。それに今は、ヴィスタの作る食事や高い食事に慣れてしまっている。できることなら、食事は贅沢なものが良いと思っている。


 最初は無駄話をする余があった3人も、時間が経つにつれてそうもいかなくなっていた。マニマーク河周辺には、北イリシアにはあまりない地面の緩い湿地がある。ぬかるみに足を取られないよう気を遣う必要があり、溜まる疲労も大きい。


 湿った空気も厄介だった。自分でも気づかないうちに、異常な量の汗をかいてしまう。疲れを知らないソフィアですら、体の重さを感じたほどだった。理力と体力はまた別だ。水分を失いすぎて体調を崩してしまえば、どんなに理力が残っていても動きは鈍る。


 途中でソフィアは、首に巻いていたスカーフを取り去った。そして、かなり高いものなのだが、邪魔だとばかりにためらいなく投げ捨てる。スカーフは傷を隠すために常時身につけていたものだ。しかし、そんなことを気にしていい場所ではない理解した。


 陽が傾きかけると、3人はほっと顔を見合わせる。狩った竜はそんなに多くはないが、だるさを伴う疲労を感じていた。まだ本格的に夏が始まる前だというのに、すでに厳しい暑さと湿度。遠征団の敵は、竜だけではない。




 思ったよりも疲れてしまっため、3人は帰りの道中を慎重にゆっくりと進む。暗闇を待っていたのだ。すでに夕日が西の地平線に半分沈んでいるが、下手に明るさが残っている時間よりも、完全に暗くなってからのほうが安全だ。


 暗くなってくると、辺りは静けさが際立ってくる。昼間はうるさいほどだった鳥の声も、いつの間にか聞こえなくなっていた。耳に届くのは、虫の羽音と大河が奏でる水音だけだ。


 星が瞬きはじめた空を見上げていたガイツは、ふと大きな無力感に襲われてしまう。急に、自分程度の狩竜人がやっていけるのかという不安がわいてきていた。


 遠征団に入るという目標を、ガイツは1度諦めている。その目標は、狩竜人になる前からの友人と立てたものだった。そして、狩竜人になってからも語り合っていたことだ。ただ、その友はもういない。ガイツの若さと傲慢さが、殺したとも思っていた。


 遠征団に選ばれたという、達成感がないわけではない。これから向かう南の大地に、胸が躍らないわけでもない。妻となった大事な女性と、そのお腹の子を守るという気概もある。今がとても大事だと、ガイツは感じている。それでも、過去の後悔はどうしようもなかった。


「あれ? なんか良い匂いがする」


「いやいや、いくらなんでもまだ早いってエル。多分イーラさんが夕食作ってくれてるだろうけど、こんなとこまで匂ってはこないでしょ」


「そっか、そうだよね……でも、腹が……ぎりぎりかも」


「こんなに暑いのに、食欲は衰えないのね。さっきの卵、食べとけばよかったのに」


「あれは……嫌だ」


「最近エルって、贅沢になったわよね。前は量さえあればって感じだったのに、今は私と同じくらい、食べ物にうるさくなった気がする」


 そんなガイツをよそに、2人は気の抜けた会話をしていた。


「そりゃどう考えても、ソフィアのせいだろ。お嬢様育ちのお前にずっと食事を合わせてたら、わがままにもなるってもんだ」


「なるほど、それもそうか。じゃあしょうがない」


 ガイツの言葉で、ソフィアはあっさり納得する。わがままだと言われたことは、微塵も気にしていない様子だ。むしろ、エルが自分と似てきたことを、喜んでいる感じすらある。


 いつも通りの2人を見たおかげで、ガイツは遠くに行ってしまっていた意識が戻ってきた。


 あまりに広い場所に立つと、自分がちっぽけな存在に思えてしまい、なにを成すのも無意味に感じてしまう。視界をさえぎるものがないマニマーク流域は、寂しいほどに大地の広さを感じる場所だ。不安の正体がよくある感傷だと気づいたガイツは、1人苦笑いを浮かべる。


「あれ、でもなんか……ほんとに良い匂いがするかも。焼いたお肉?」


 しかし、ソフィアまでエルと同じことを言いだした。竜返しの家まではまだ距離がある。いくら2人の鼻が良くても、そこの匂いを嗅ぎつけるには無理があった。いくら規格外の要素が多い2人でも、そんなことができたら、それはもう人とは呼べない存在だとガイツは思った。


「おいおい、いくらお前たちでも……いや、待て。レイダークか?」


 2人揃ってということは、気のせいではないかもしれないとガイツも疑う。当然、この辺りに火を使う人はいないはずだ。いるのは自分たちと、竜返しの家にいるリーヴェンとイーラ。


 紫炎の槍の3人は、もっと西に行って狩竜をしているはずで、今夜は合流して野営する予定だと聞いていた。まだこちらに帰ってくるとは考えづらい。


 考えられるとしたら、レイダークの存在。しかし、それもすぐにガイツは否定する。いくら暗くなっていても、見通しの良い場所だ。そんな大きな竜がいたら、動いていなくてもすぐに気づく。


 そこでガイツ自身も、匂いを嗅ぎとった。多少の風ですぐに流れてしまうほど弱いが、確かに香ばしい肉の匂いだ。レイダークの炎で焼かれたような、焦げ臭いものではない。


「あっちからだ」


「うん、あの建物のほう」


 ソフィアとエルが見た方向には、竜返しの家以上にぼろぼろになった建物があった。それはやはり開拓時代の名残りで、とっくに家として形ではなくなっているが、大きな柱とわずかな屋根だけは残っていた。


「あった! やっぱりここで、お肉焼いてたんだ」


 そこでソフィアは、焚き火の跡と食べ残しらしい肉のかけらを見つける。火はとっくに消えていたらが、まだ新しい跡だ。そしてそれは。香辛料が使ってある匂いを漂わせており、間違いなく人の手で調理されたものだった。


 ガイツの表情が険しくなる。エルもすぐに、これがあってはならないものだと気づいた。


「2人ともどうしたの、怖い顔しちゃって……あ、これって駄目じゃん。なんで人がいるのよ!?」


 ソフィアもその意味に気づき、ようやく慌てる。


「まずいね……狩竜人かな? それならまだいいけど、戦えない人が迷いこんじゃってたら危なすぎる」


「う、うん。えっと、探そう!」


 ハイウェスラルから南は、立ち入り禁止になっている。1番から20番までに分けられている街周辺の狩竜区域以外は、狩竜人でも入るには特別な許可が必要だ。その許可が与えられるのは、たとえばガイツたちのように遠征団に選ばれた狩竜人や学者、そして協会職員の一部のみ。


 そして街を発つ前に、今許可が出されているのは3人とイーラ、そして紫炎の槍の4人だけだと聞かされていた。その他は誰も、ここにいてはいけないはずだった。


 ソフィアもエルも、慌てて走りだそうとする。しかし、ガイツはそれを止めた。


「待て、とりあえず1度戻るぞ。リーヴェンさんたちの誰かが、ここで火を焚いた可能性もある。焦るのは確認してからだ」


 匂いが届くほどではないが、もう竜返しの家は近い。狩竜人なら走ればすぐだ。こんな場所まで来ておいて、あえて戻らずに火を焚いた可能性は薄い。そう思ったガイツだが、ここは慌てても仕方がないと2人を落ち着ける。


 許可なくこんなところに来る者がいたら、それは迷惑な存在でしかない。しかし、放っておくわけにもいかなかった。


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