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協会を出ると、どちらからともなく大通りの方向へ歩き出した2人。
フェネラルの街は小さくはないが大きくもない。人口数のわりには広い街全体を、竜除けの効果のあるサルティスの木で囲んである北イリシアでは一般的な造りの街だ。近隣にはいくつも村があり辺り一帯の中枢的役割を果たしている。そこに住む人々は街から南東に位置する鉱山の関係者とその家族が多い。
街が大きめに作られているのは、鉱山で良質な鉱石が豊富に取れるため、街全体が発展していくだろうと見込まれたからだ。しかし減らない竜種に悩まされて思ったような発展には至っていないのが現状だ。そういった背景もありフェネラルで最も広い大通りも普段はそこまで混みあわないのだが、この日はかなりの人で賑わっていた。通りにはいつもより多くの露店が並んでいる。
「なんか人多いと思ったら大きい商団が来てるのね。あっ、本並べてるお店もあるじゃない、後で見に来よっと」
独り言のような話しかけているような、どっちつかずの言葉を口にする。彼女にしては珍しいことだ。エルはといえば露店の食べ物に目を奪われながらも、時折ソフィアの様子を窺いながら相変わらず言葉を探すような困った顔で黙っている。2人が考えていることは実は同じ。エルも、そして普段は思いついたことを即口にする性格のソフィアもらしくなく、話を切り出す機会を探っていたのだ。帰りの道中ではそれなりに打ち解けて会話をしていたはずなのに、ここにきて妙な緊張感のある空気が2人の間に流れる。そしてソフィアはそんな空気に長く耐えられる性格でもなかった。
「あああああっ、もやもやするわっ」
急に大きな声でそんなことを言い出したソフィアに、思わず体がびくっとなるエル。
「組む、組もう、エルは私と組むのよ、いい?」
一瞬の間の後にブンブンと首を縦に振るエル。
「は、はい、お願いします。僕も同じことを考えてて、あの……」
「なにぃ、じゃあさっさとそう言いなさいよっ。普通男が女を誘うもんでしょうが」
色事絡みで口説くときならいざ知らず、狩竜人同士に男女の区別はないので普通ではない。
「やっ、ごめんなさい、でもソフィアさんは……」
「ソフィアでいいわよ、さんはいらない。あと敬語もやめて。あんた私と同い年なんでしょ。同い年で狩竜人1年生同士、ねっ」
笑顔でそう言うソフィアにつられてエルも少し笑う。
「え、えっと、うん分かった」
「よしっそうと決まれば色々話さなきゃね。エルもこの街の出身じゃないのよね。宿はどこ?」
「街の南側にある、エイダルの宿屋って名前のところに」
「南側って協会から遠いわね、不便じゃない。じゃあ私の宿に行きましょ、すぐそこだから」
「あっちょっと待って、食べ物を……買いたいかなと」
「そうね。お店いっぱい出てるし、私もなにか買っていこうかな」
露店に並ぶいつもより豊富な品揃えの食べ物に、エルが目を輝かせているのはソフィアも気づいていた。昨夜もフェズの村で出された羊肉を無遠慮に、というより遠慮したいのだが食欲には勝てずといった感じで食べ続けるエルを彼女は目にしている。口下手で意思表示をはっきりしないエルも、食べることに関しては譲らなかった。昼食は狩竜に支障がでないように軽く済ませる狩竜人が多いが、エルは普通の食事かそれより多いくらいの量を買い込んで2人はソフィアの常宿に向かった。そしてすぐに追い出された。
「半日よ半日、ちょっとお金払うの遅れただけじゃないのよぉ。あれ絶対、おっきい商団が来てるからってそれ当て込んで追い出したのよ。信じらんないっ」
前日に宿代の催促をされていた彼女は、今回2度目の滞納ということもあり、今は金を持っていると言っても信用してもらえなかった。宿は基本的に前金制なので、滞納したといっても昨日の分までは支払い済みだった。ただ今日の午前中は荷物を預かってたんだし滞納は滞納だと言われ、その代金を払わされて意地悪そうな女将に容赦なく追い出されたのだ。
仕方のない面もある。しかし狩竜人が常宿できる宿は決まっていて、ひよっこ狩竜人には優しく融通を利かせてくれる宿の主人も少なくない。なぜ協会の近くの他の宿は狩竜人で埋まっているのに、そこだけ空いていたのか。多少考えればその宿の評判が分かりそうなものだが、こんな近くが空いてるなんて私ってば幸運だわ、くらいにしかソフィアは思っていなかった。明らかにソフィアは外れの宿を引いたのだ、ほぼ自分の責任で。
「もう、しょうがないわね。ちょっと先に宿探すから手伝って」
手にしたものを早く食べたい気持ちもあったが、仕方がないのでエルも空いた宿はないかと探すことになった。
結局大きな商団が来ていたことが災いして宿は見つからず、嫌がるエルを強引に説き伏せ、実はまったく説き伏せられていないのだが、ソフィアはエルの部屋に押しかけることになった。様々な問題、今のところ主に金銭面での問題を抱えつつ2人の狩竜は始まった。




