11-10
妊娠中で、体も心も不安定な時期に入っていた。そのせいもあってか、ヴィスタは出立の日になって愚図りだした。
「兄さん、ごめん。やっぱり私……残る」
別れを告げる途中で子どもたちに泣かれてしまい、ヴィスタの心は簡単に揺らいでしまった。
「ヴィスタ……」
サピンを失ったことが、余計に孤児院を離れがたくさせてしまっている。その気持ちが理解できるだけに、ガイツも言葉に詰まった。
それを見たモンバルトが、ガイツの代わりに諭しはじめる。
「ヴィスタや、お前が残っても、孤児院で働かせるわけにはいかんぞ。決まりは決まりだ。それにな……赤ん坊の頃から、ここで育ったお前ならわかるはずだ。誰だって、望んで孤児になるわけじゃない。できるなら、親は両方いたほうがいい。お前は自分のわがままで、お腹の子を父親から引き離すつもりか?」
モンバルトに少しきつく言われ、ヴィスタは涙を止めた。ネイファとその夫は働き者で、しっかりと孤児院の仕事を受け継いでくれている。身重の自分が残ったところで、ただ気を遣わせるだけであることも理解していた。
「さあ、皆も泣いてはだめだ。ヴィスタを心配させないように、ちゃんと笑って送りだしてあげよう」
ヴィスタが孤児院を去る事情を、まだ理解できないような幼子もいる。そんな小さな子どもでも、祝うべき門出の日であることは理解していた。心配をかけてはいけない。そう思った子どもたちは泣きやんで、優しい姉に向かって笑ってみせる。
また泣きそうになるのを堪え、ヴィスタは子どもたち1人1人と抱擁を交わして別れを告げた。
「ぐひっ……うっく、げほっ……ほぅふ、ひっ……ひっく」
ただ、ソフィアは我慢できなかった。
「ほら、皆が頑張って我慢してるんだから、ソフィアも泣いちゃだめだよ」
エルの胸に顔を押しつけてごまかそうとはしているが、なにもごまかせてはいなかった。
「わかってる……えほっ、ぐすっ」
誰かが感情をむきだしにしていると、その周りは冷静になれるものだ。自分よりも大泣きする友人の姿を見て、ヴィスタは逆に笑顔になれた。
3人の狩竜人が大荷物を抱え、1人の妊婦を連れ立って孤児院を発つ。まずはヴィスタの乗る車を、ワイス商団から受け取る必要があった。
「お待ちしてました。さあ、どうぞご覧ください」
初老の番頭が、誇らしげに車を覆っていた布を外す。決して大きくはないそれは、多少の荷は積めるものの、人を乗せることに重点を置かれた作りだ。
「わあ、すごい」
それは荒々しい男たちが引く無骨な車ではなく、見た目にも美しい車だった。ヴィスタはその美しさに、思わず手を叩く。
ガイツは、嫌な予感しかしなかった。
「まずは土台の作りから説明しましょう。荷を運ぶだけなら、軽くて丈夫な竜骨で組むんですがね。人が乗るなら話は別です。軽すぎると、跳ねやすくて乗り心地は悪くなってしまいますから、重くて丈夫な翠紋鉱を使っております。ただ翠紋鉱だけでは地味なので、お嬢様の象徴とも言える白緋鉱で補強しました。いやあ、さすがはフェネラルの金属鍛冶です。あんまり時間がなかったんですがね、こっちの注文にしっかり応えてくれました」
ソフィアは説明を聞きながら、満足気にうなずく。
地味。そんな理由で白緋鉱を使っていることに、ガイツは自分の耳を疑った。
「車軸と土台のあいだには、固めのバネを仕込んであります。こいつがあると、さらに乗り心地は快適なものになるんです。もちろん座席部分も、こだわりを持って作らせていただきました。座席は長時間乗っていても疲れないよう、あえて広く作らず体に密着する大きさにしてあります。そしてですね、ここをこうすると……ほら、席が倒れて広くなるんです。これなら、寝転んでも休めます」
「すごい仕掛けですね!」
見たこともない仕掛けに、エルは感心しきりだった。知りたがりのエルは、仕組みを解明しようと車をのぞきこむ。
その他にも、ワイス商団のこだわりは随所に見られた。
日差しをさえぎる覆いは、大型船の帆としても使えるほど丈夫な竜皮を、これまた白緋鉱の柱で支えてある。暑さ対策として、風通しがよくなるように計算された複数の小窓。弾力に富んだネスアルドの皮が幾重にも巻かれ、悪路でも跳ねないように工夫された車輪。
機能性もさることながら、装飾や内装にもこだわりは行き届いていた。肌触りの良い、絹で覆われた座席。車の中では裸足でも過ごせるよう、足元に敷かれた高級で柔らかい絨毯。淡く緋色に光る白緋鉱に負けないよう、外見に施された装飾の数々。
そのすべてが、一流の商団しか成しえない、一流の仕事だった。
「イリシア中を探したって、これ以上の車はないと断言できます! ワイス家のお嬢様が引くにふさわしい、立派な車です」
普通のお嬢様は、車に乗るものだ。少なくとも、引きはしない。
「さっすがワイス商団。我が実家ながら、完璧です! ありがとうございます!」
ソフィアは番頭と握手を交わし、仕事ぶりに大変満足であることを伝える。番頭も、滅多に来ない資金上限なしという注文に、良い仕事で応えられたと満足していた。
そしてガイツは、青ざめていた。
「兄さん、どうしたの? なんか顔色悪いけど」
ヴィスタは赤ん坊の頃から、ずっと孤児院で育ってきた。高級なものを手にする機会は少なく、価値もあまり知らない。金を貯めることにも使うことにも頓着しないソフィアとエルの贈り物だ。高い車だろうとは思っている。しかし、実際の金額は想像もつかない。それが幸いした。知ってしまったら、乗ることを拒んでいたかもしれない。
「い、いや……大丈夫だ。そう、これは祝いの品だ。厚意なんだ。文句を言うところではない……ないが……白緋鉱って、こんなふうに使っていいのか?」
ぶつぶつと独り言を言いながら、ガイツは自分を無理やり納得させようとする。その貴重さと実用性ゆえに、白緋鉱は金属自体が高い。それを惜しげもなく使っている時点で、ガイツは値段を考えることを放棄するしかなかった。
「なんか、お姫様にでもなった気分ね」
座り心地の良い席に体をゆだね、ヴィスタはくすぐったい気持ちになる。貧乏性の彼女にとっては、心地良すぎることが落ち着かなかった。
「さあ、行くわよ!」
まずは1番走ることに長けたソフィアが、ヴィスタを乗せた車を引いて走りだす。最初はゆっくりと、徐々に速度は増していき、フェネラルの街は遠ざかっていた。
大街道を西に向かう道中、4人はある場所で、少し長く立ち止まる。サピンが、命を落とした場所だった。
その周りには、大街道らしくサルティスの木がしっかりと根付いていた。サルティスは春から初夏にかけて実をつける。まだ青い実が、人にとっては爽やかで、竜が嫌う匂いを強く漂わせていた。それでも、飢えた竜の前では役に立たなかったのだ。
ヴィスタとガイツは、また少しだけ涙を浮かべる。
きっと泣いているだろうと思い、エルはソフィアに視線を向けた。しかし、ソフィアは泣いていなかった。唇を噛んで、我慢している様子でもない。
ソフィアは無言で、南の方角を見ていた。ハイウェスラルの、さらに向こうを見つめていた。ソフィアが行きたいと願っていた場所。見てみたいと憧れていた大地。そこが、行かなければならない場所に変わりはじめていた。
ハイウェスラルまでの旅は、穏やかなものだった。南街道沿いには集落が少なく、野宿を余儀なくされることもある。それでも、雨風までも完璧にしのげるように作られた車は、妊婦のヴィスタに重い負担を与えることはなかった。
長旅よりも、間近で狩竜人の戦いを見たことのほうが、ヴィスタには刺激が強すぎたかもしれない。竜除けの効果があるサルティスは、もともとイリシアの北方で生育していた木だ。人が長年努力を重ねてきた結果、徐々に気温の高い地域でも根付くようになってはいるが、南街道の途中からはサルティスも見られなくなる。穏やかといっても、それは高段位の狩竜人が3人いるからこそだった。
当たり前のように、襲ってくる竜。それを当たり前のように、狩る3人。竜の死体は、イリシアに住む者なら誰だって見慣れている。街中に運びこまれることも多く、その程度ではヴィスタも驚かない。しかし、実際に狩竜を目の前で見る機会はなかったことを、ヴィスタは今さらながらに思い知らされた。
小さな竜と言われるリグトンでも、人よりは少し背が高い。それが素早く動いて迫ってくる光景は、慣れない者には恐怖でしかなかった。サピンのことが、ヴィスタの頭をよぎる。こんなに怖い思いをして、弟は死んでいったのかと考えると、無念さで胸が締めつけられた。
そしてヴィスタは、竜の恐ろしさとともに、ソフィアとエルの強さも知った。もちろん、白緋の女神の活躍は知っている。同じ年の友人2人は、フェネラルの英雄と称されるダンビスに並ぶほどの強者。そう言われていることも知っている。ただ身近すぎて、ヴィスタにとっては有名な狩竜人というより、友人でありガイツの仲間、という意識が強かった。
ヴィスタはエルのことを、呆れるほどに大食らいで、狩竜人のわりに大人しくて内気な性格だと思っている。
明るくて素直すぎるソフィアは、美人のわりに不器用な性格。容姿では年より幼く見られるヴィスタだが、性格では自分よりもソフィアのほうが幼いと思っている。
どちらも間違いではないが、ただそれだけの2人ではない。戦っている姿を目の当たりにして、ヴィスタは人離れしている2人の強さに驚くしかなかった。以前は兄と呼び、今では自分の夫となった人には頼もしい仲間がいる。それを知り、ヴィスタは少しだけ安心できた。
「うわあ……大きい」
賑やかな王都周辺を知っているソフィアですら、初めてハイウェスラルを見たときには驚いた。フェネラル以上に大きな街を知らないヴィスタが、驚くのも当然だった。フェネラルにレズレンから人が移ってきた今でも、ハイウェスラルはそれ以上の人口を抱えている街だ。
「俺らは宿を取ってくるから、お前ら2人で協会に顔を出しといてくれ」
「はーい。でも、ガイツさんとヴィスタは家買うんでしょ? 宿なんて取らなくてもいいんじゃないの?」
「あのな……家だぞ、家。すぐに決められるわけないだろ。じっくり探して、良い家が見つかってからの話だ」
ハイウェスラルでは人頭税が優遇されている。さらに穀物の価格を国が抑えていることもあり、大きな街のわりに暮らすだけなら金はかからない。そうやって人が集まるように試行錯誤された結果、今の発展があった。
そして、贅沢しようと思えば際限なく金をかけられる街でもある。特に家は高い。借りるのではなく買おうとすると、狩竜人の中でも特に稼いでいる者でなければ難しい。
白緋の女神は、今ではその稼いでいる者の中に含まれるが、それでも高い買い物には違いなかった。子どもが菓子でも買う感覚で、家も買ってしまいそうなソフィアに呆れながら、ガイツとヴィスタは宿を探しはじめる。
「え、満室なんですか?」
「ごめんなさいね、ガイツさん。前からのお客さんだし、部屋を用意してあげたいんだけど……ここのとこ、急に人が増えちゃったのよね」
とりあえず2月まで滞在していた宿にガイツは来てみたが、残念ながら部屋に空きはないと言われてしまう。
申し訳なさそうにする宿の女将に、それなら仕方ないとガイツは笑顔で告げた。ハイウェスラルは港もあり、人の出入りが激しい街だ。質の良い宿も豊富で、困ることはないとガイツは考えていた。
ところが、思ったように宿が決まらない。ガイツは慎重で思慮深く、そして節約家だ。質が良くて値段もそれなりの、人気がある宿ばかり当たっていた。それが良くないのかと考え直し、節約家にしては思いきって飛びきり上等な宿に向かうことにする。快適な車に乗っていたとはいえ、旅慣れない上に妊婦のヴィスタには疲れも見える。早めに休める場所を確保したかった。
そして、宿探しに時間をかけたくなかった理由は他にもある。
「ねえ、見てあの車。ちょっとすごいわよ!」
「あら、ほんと! 西の国から、お姫様でも来てるのかしら?」
ワイス商団の番頭が、イリシア中を探してもないと言ったのは本当だった。ソフィアとエルの贈り物は、大きな街に来ても異彩を放っていた。
周囲の話声が、ガイツたちに向けられる。異国の姫でも乗っているのかと思わせる、やたら豪華な作りの車。決して馬鹿にされているわけではない。むしろ憧れの目を向けられているのだが、孤児院で育った庶民派の夫婦には耐えがたい視線だった。
「兄さん……なんか私たち、目立ってない?」
「気にするな、気にしたら負けだ」
若い夫婦は、とにかく急いで宿を探した。
ガイツたちが人目に晒されている頃、ソフィアとエルはハイウェスラルの狩竜人協会にたどり着く。
狩竜人は緊急事態が発生したとき以外、どこに行くのも自由だ。しかし、どこにいるのかは協会に知らせる義務がある。白緋の女神も、ハイウェスラルに戻ってきたことを届け出る必要があった。
「10番だ、10番がまずい! 小型の数が多すぎる。誰でもいいから応援に行ってくれ!」
「いや、待て! 10番の竜が移動してるらしい。今は1番方面に向かってるみたいだ。応援は1番に向かってくれ!」
「どっちに行きゃいいんだ? はっきりしろい!」
「狩竜人の皆さんにお知らせです。ディジャイールの姿が、南の区域外で目撃されました。このままだと、1番か2番に入ると思われます。手空きは全員、そちらに向かってください。特に穿貫ボウガン持ちは、手が空いてなくても向かってください。逃げてはいけません。強制です」
「なんか体調が悪くなってきたな……休もうかな、今日は」
「強制です」
相変わらずの怒号が飛び交う協会内。相変わらずどころか、以前よりも激しいくらいだと2人は感じた。レズレンやフェネラルだけではない。火山の影響はここでも出ていた。
「よし、ようやく帰ってきたな! 2人とも、ちょっとこっちに来い」
2人が協会に足を踏み入れた瞬間、相変わらずの横柄な物腰で長身の女性職員が近寄ってきた。
「ノ、ノウィールさん、お久しぶりです。えっと、私たち今日は書類を出しに寄っただけで、すぐ帰ろうかなって」
「そうか。だが、私は用があるんでな。狩竜に出ろと言うつもりはないから、さっさと来い」
2人はノウィールに捕まって別室に連れ去られる。2人はこの協会職員が、どうにも苦手だった。
「あの、ノウィールさん。忙しそうですし、僕たちも狩竜に出たほうが……」
長い移動を終えたばかりだ。さすがに休むつもりでいたが、忙しそうなところを見てエルは落ち着かなかくなる。どうにも苦手なノウィールより竜を相手にしたほうが、気が楽だというのも多少はあった。
「ハイウェスラルの狩竜人をなめてもらっては困る。忙しいのは確かだがな、この程度で音を上げる軟弱者はおらん……はずだ」
いつもならはっきりと物を言うノウィールが、少しだけ言い淀む。例年にはない竜の出現数に、さすがのノウィールも余裕があるわけではなかった。
「まあ、忙しいといっても一過性のものだ。その代わりに、今年は夏が暇になるはずだからな」
「夏が、暇にですか?」
「ああ、そうだ。なんだお前ら、チャビレット先生から聞いてないのか? 竜だって無限にわいて出るわけじゃない。どこかで増えれば、どこかで減る。今回は北イリシア全体で増えているように感じるが、場所ではなく時期がずれているだけだ。夏前には、おそらくここも静かになる。まあ、細かい話はあとだ。ガイツはどうした、まだこっちに着いてないのか?」
もともとノウィールはフェネラル出身でフェネラルの協会に勤めていた。ガイツのことを、狩竜人1年目から知っている職員だ。
「いえ、私たちと一緒に来てます。今はヴィスタと……えっと奥さんと一緒に、宿を取りにいってます」
「ほう、あいつ嫁をもらったのか。そりゃめでたい。とりあえず、2人だけでいいか。こいつのここにな、出身地と名前を書け」
ノウィールは話を勝手に進め、書類を差しだす。2人は逆らう気も起きず、それに従ってしまう。
パスラルの街出身、ソフィア・ワイス。レズレンの村出身、エル。今は存在しない村の名前を書くときに、エルは少しだけ心が痛んだ。
「お前ら馬鹿だろ。読みもせず書類に署名するなんて、詐欺師の良い餌食だ。若いくせに稼いでんだろ? 気をつけろ」
言われたとおりにしただけで、怒られるのも納得いかなかったが、2人は素直にうなずいておく。2人とも、やはりこの人は苦手だと思った。
「さて、お前ら白緋の女神は、まだ南方遠征団を希望してるのか?」
「は、はい! それはもう、ずっとそうです」
すでにチャビレットから、遠征団の選抜は話が進んでいることは聞かされている。自分たちがノウィールに呼ばれたのは、そのことなのかと気づいた。
「よし、ならば白緋の女神には、通常とは異なる依頼を与える。今度の遠征団は、今までとは違うものになる予定だ。その準備段階から、関わってもらことになる」
「え、あの、待ってください。まだ、希望も募ってないのにいいんですか?」
「お前らは決まってるようなもんだから、早いほうが面倒がなくていい。あとでガイツも顔出すように言っておけ。あいつも遠征団入りだ」
「えっ、もう決まってるんですか? 私もですか?」
「なんだ、不満か?」
「いえ、全然不満なんてないです……けど、なんか私たちだけ、特別みたいで……」
2人は戸惑う。1年前には、まだ遠い夢だと思っていた場所だ。目標に近づけた自信はあったが、それにしてもあっさり届いたと感じてしまった。
「そうだな、特別だ。ガイツもなんだかんだ特別だが、お前らは別格だ。1年目の夏に、わずか3人でのレイダーク狩竜。前代未聞の人食い翼竜の狩竜。レズレンで最も強いと言われていた狩竜人、ドルブンをも殺した人食いルヴィリスイール狩竜。レズレンを陥落させた大群の一斉狩竜。他にも、まだあるな」
ノウィールが2人の狩竜履歴を見ながら、その実績を上げていく。
「もう、自分たちで気づいてるはずだ。確かにガイツがいてこその実績かもしれん。ただ、それにしてもだ。特別なんだよ、2人とも。私は狩竜人じゃないからな。この資料と、あとは他の狩竜人の証言でしかお前らのことは測れない。それでもわかる。言い方は悪いが、異常だ」
ソフィアもエルも気づいていた。
「だから優遇する。まあ、これを優遇と言えるかどうかわからんがな。協会としては遠征団に加えたい人材。そして本人たちが希望するなら、選ばない理由はない」
自分たちは、違うということに気づいていた。
「ソフィアが女ということで、確かに問題もあった。ただそれも、あの弱そうな女学者が思ったよりも根性を見せてる。問題はない。次の遠征団に同行する竜学者は、チャビレット先生とイーラでほぼ決まりだ」
気づいていたから、最近の2人は変わってきていた。
「ああ、ちなみにさっきの書類な。あれに署名した時点で、遠征団入りを承諾したということだ。法的に拘束力があるわけじゃないから、破って捨てればそれまでだけどな。なにか迷うことでもあるのか?」
迷いはなかった。
2人が出会った頃は、ただ本の中に描かれている大地に、憧れているだけの少年と少女だった。2人とも、南の大地を見てみたいという欲は変わらず持っている。しかし今は、それだけではなかった。
人が竜に対抗できる手段。それが見つかる可能性のある南の大地。そこを目指す理由が、2人にはあった。
2人は特別な強さを持っている。それに自分たちでも気づき、周りの者も認めてくれるようになった。だからこそ、人の限界を感じていた。わずかな強者では、守りきれないものが多すぎた。
竜の大群は、村1つを簡単に滅ぼす。旅慣れた商団が安全と言われる大街道を通っていても、あっけなく命を落とす。大切な人を失っても、後悔することしかできなかった。友人と仲間が悲しんでいても、声をかけることすらできなかった。それが、我慢できなかった。
竜に怯えることのない、イリシアを見てみたい。それが、2人の中に新たに芽生えた欲だった。




