表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴン・イェーガー ~狩竜人賛歌~  作者: 井藤 きく
1章 少年と少女は出会う
7/94

1-7

 

 蛇竜は群れない。単独で行動することがほとんどで、蛇竜同士が行動をともにするのは繁殖活動のためだけ。目撃されたのは1頭だった。その1頭を狩ったことで2人に油断があった。


 すぐに案内役の男性が2人の視界に入る。ネスアルドから距離を取るように走って逃げつつ2人の狩竜人に向かってくる男性の判断は、とても冷静で正しい。ネスアルドは竜種にしては珍しく、一瞬の動き以外は人が走るのと変わらないか遅いくらいの歩みだ。なので距離があるうちに安全圏まで走れれば助かる可能性は高い。ただし持続力は人と竜では桁違いなので近くに安全圏がある場合に限る。この場合、安全圏とは狩竜人2人の場所だ。


 ソフィアは当然自分がやる気でいた。しかしそれはできなかった。案内役の男性の横をすり抜け、風を切って走る2人。今度はエルが2、3歩前にでた。ソフィアが下がったわけではない。エルがソフィアより速度を上げたのだ。ソフィアが何か言いかけるが、言葉を発する間もなかった。


 エルはネスアルドに近づき長剣の切っ先を地面に着けるような体勢を取る。そこから綺麗な弧を描くように下から切り上げる。ネスアルドは頭を上げて攻撃することもできずに、首が胴から切り離される。それで終わらず、ネスアルドの頭を後ろ回し蹴りで蹴り飛ばす。一刀で完全に切り落とされたネスアルドの重たい頭は、ごろんと少しだけ転がる。そしてエルは蹴りざまに少しだけ距離を取る。警戒してのことではなく返り血を浴びないように。


 ネスアルドの皮は弾力があるものの硬くはない。といってもそれは竜種のわりには硬くないというだけで、他の獣などに比べれば充分に硬い。そして常に理力が通い強化されている身の引き締まった竜の体は、深く切るというのが非常に困難だ。狩竜人は大きな竜を相手取る場合、竜の体を切り落とすなどという攻撃は狙わずに竜の血を奪うために突いたり切ったりを繰り返す。竜の理力は血に宿るからだ。


 即座の修復を繰り返す竜種も、体外に出た血液は取り戻せない。血が少なくなれば修復能力も弱まり動きも徐々に鈍る。そして弱ったところで慎重にとどめを刺す。それが普通の狩竜人だ。もちろん可能ならば修復できないように体のどこでもいいから切って落とすことは理想である。修復はしても再生はしないので欠落した部分から新たに肉体が生えてくることもない。切り離してさえしまえば多くの流血が期待できるし、体の均整が崩れた竜の動きは格段に悪くなる。ただできないからしないのだ。


 ネスアルド相手に一撃一刀で部分切断を狙い、一気に片を付けるソフィアとエルはある意味邪道ともいえる戦い方をしている。


 呆然とするソフィアと、何が起こったか理解していない男性。エルは若干竜の血がついた革の編み上げ靴を土で拭い、動かなくなったネスアルドから視線を外す。その顔はなぜか元の少し困ったような情けない顔だ。少しだけ森に静寂が流れたあとに、ソフィアの笑い声が響き渡った。


「あははははっ、なに、なにそれ、なんなの一体」


 有り得ないわ、などと言いつつ笑いが止まらないソフィア。エルが普通の3段狩竜人ではなさそうだと薄々分かっていた。ただいくらなんでもネスアルドの首を一振りで切り落とすとは思ってもみなかった。ソフィアはあまりの出来事に自分でも不思議なほどに笑えてしまったのだ。なんとなく嬉しい、とてつもなく面白い。彼女自身なんとも言い表せない感情が心に広がっていた。


 エルはまさか笑われるとは、しかも大笑いされるとは思ってなかった。ただ怒ったり気を悪くしたりしたわけではないようだと分かり、安堵して少しだけ笑顔になった。


 案内役の男性はまだ状況が掴めていない。しかし転がったネスアルドの頭を見て、もう逃げなくてもよさそうだというのは分かった。見れば森の奥にはもう1頭の切り刻まれたネスアルドが横たわっている。それに気づいてようやく、2人の若い狩竜人があっという間に竜の危険を取り除いてくれたのだと理解した。


「おっどろいたなぁ、兄ちゃん目茶苦茶強いんだなあ。いやあ、すごすぎて何が起こったのかまだ全然わかんねえや」


「あっいえあの。1頭だって思ってて油断しちゃって、ごめんなさい。危険な目に合わせちゃって……」


「いや1頭だと報告したのはこっちなんだし、別にあんたらに落ち度はないだろ。助かったよ、ありがとな」


 そういって陽気な笑顔を取り戻す男性。ソフィアはまだ笑いが止まらない。


「い、一応大丈夫だと思うんですけど。えっと森の中ちょっと見てきます。あのソフィアさんはここに……」


「ああうん、そうね。まあネスアルドが2頭も出れば大丈夫だろうけどお願いするわ。じゃあ私はこいつらの処理ね。でもあんまり好きじゃないのよねえ、狩竜の後始末って」


 念のためにエルが森の中に入って他に竜が出ないかの確認作業を始める。竜種はあまり隠れたりしないし、人を見れば決まって襲ってくるので獣に比べれば見つけやすい。その点は人々に少しだけ有利だ。


 ようやく笑い終わったソフィアは気乗りしなさそうに男性とともに狩った竜の後始末を始めた。


 ソフィアもエルも実力以外は並か、もしくは並以下のひよっこ狩竜人。後始末にかなり手間取り結局暗くなるまでに終わらなかったので、その日は2人ともフェズの村に泊めてもらうこととなった。


 村で饗された羊肉を意外にも遠慮なく、次から次へと無言で胃袋に収めるエル。それを見てソフィアが呆れたり笑ったりしつつ、最初の夜は更けていく。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ