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9-2

 

 散々にノウィールに絡まれたあと、3人はなんとか協会を脱出する。ノウィールは若くして協会でも上の立場にある職員だ。さすがに仕事は怠らることなく、ハイウェスラルならではの協会規則や注意事項を丁寧に教えてくれた。しかし合間合間にしつこくエルとガイツを口説いてきて、男2人はぐったりとした顔をしている。


「ガイツさん……ここの女性は皆あんな感じなんですか?」


 なんと恐ろしい場所なんだと、エルは狩竜に出る前から怯えている。


「安心しろ、ノウィールさんが特殊なだけだから。あんな女がそうそういるわけないだろ」


 ノウィールは元々フェネラルの協会職員だったという。ガイツが新人の頃はまだフェネラルにおり、そこで世話にもなっていた。優秀さを買われてハイウェスラルへ異動してから順調に出世して、女性としては初めて狩竜人協会会長になるのではと言われている人物だ。


「あの人、あんまり好きになれそうにないです。シロノさんを悪い人みたいに言って。男に色目使うような人じゃないのに」


 ソフィアは怒りを隠さない。エルを子種扱いされたのも気分が悪かったが、それ以上にシロノを悪し様に言われたことが膨れっ面の原因だ。ソフィアにとってもエルにとっても、シロノは恩人と言える存在なのだ。


「あれでもな、口で言うほどシロノさんを嫌ってるわけじゃないんだ。むしろ仲が良かったくらいだぞ。ただ色々あって、まあ完全に逆恨みだが……同情の余地がないわけでもない」


 男勝りではあるが、美人には違いないノウィール。しかし30歳を過ぎても浮いた話がないのは、以前一方的に惚れていた男に、勝手に失恋したせいだ。その相手の男は、他の女性に一目惚れして結婚してしまう。そしてその女性というのが、シロノだった。


 2人の美人が奪い合った、とはノウィールだけが勝手に思っているだけで、その男とノウィールはただの同僚でしかなかった。そのシロノの夫となったの男は大人しくて優しいだけが取り得のような人物。決して女性に人気のあるような男ではなかった。


 ノウィールはその反動でか、今度は自分にふさわしい強い男を捕まえようとしているのだ。極めて優秀な人というのは、普通の人から見ると変なところがずれている。ノウィールを見て、ガイツはそう思っていた。


「ええっ! シロノさんって結婚してたんですか?」


「知らなかったの? 子どもも2人いるわよ。私は旦那さんにもお子さんにも会ったけど、まだ小さい子ばっかりで可愛いのよね」


「全然知らなかった……すごい綺麗だし、子どもがいるようには見えないのに」


 すぐに失言だったと気づくが、時すでに遅し。元々不機嫌だったソフィアは、エルの言葉でさらに機嫌を悪くする。


「そうよねえ、シロノさん綺麗だもんねえ。私なんかよりもずうっと色っぽいしね」


 エルは慌てて言い訳をしようとするが、残念ながら気の利いた台詞を言えるような性格ではなかった。ソフィアもソフィアで普段はさっぱりとしているくせに、こういうところだけは根に持って嫌味を言う。それはエルに甘えている証でもあった。





 ハイウェスラルでは他の街とは違った規則や習慣がある。中でも大きな違いは、依頼報酬と竜素材の買取報酬の仕組みだ。まず買取報酬は一切なし。その代わり事前に依頼を受けていなくても、竜種によって決められた報酬が狩った分だけ支払われる。冬場はまだいいが夏になるとひっきりなしに竜が現れるため、いちいち依頼を通すだけの時間的余裕がないのだ。


「ここら辺が5番と呼ばれる区域だな。あそこの三角池が目印になるから分かりやすい」


「まずいですガイツさん……私これ、全然覚えられる気がしない」


「覚えろ、最初は地図を見ながらでいい。番号が振ってある区域は詳細な地図があるんだ。宿でだって勉強できる」


 3人は宿に荷物を置いて、早速ハイウェスラル周辺を歩いて回る。依頼を受けずに狩竜をするためには、まず地理を覚えなければならない。冷たいようだが、ガイツはそう言うしかなかった。地図を見ることが苦手なソフィアは、ぶつぶつと教わった目印を復唱しながら必死に覚える。


 ハイウェスラルでは街の周辺を、1番から20番まで分けられている。そこを狩竜人たちが巡回しながら狩竜をするのだ。その範囲は広く、常に隙間なく見て回るのは難しい。もちろん事前に竜の出現情報があれば適任な狩竜人を派遣するが、そればかりでは対応が遅れてしまう。巡回しながら狩竜をして、敵わない竜種に出くわしたら即逃走。これが南のやり方だった。


 ハイウェスラルに所属するには最低段位15段。これは15段なら通用するということではない。そこまで達していれば最低でも逃げることはできるはず、というだけだ。竜の出現情報を協会に報告することも狩竜人の大事な役目。しかし逃げて報告ばかりしていると、邪魔だから他の街へ行けと容赦なく通告されるのもハイウェスラルだ。


 北イリシア全土から腕に覚えのある狩竜人が集まってくるが、それでも命を落とす者は多い。それくらい過酷な土地だということだが、死者が多い理由はそれだけではない。


 人食い竜は対処を誤ると甚大な被害をもたらす。しかしハイウェスラルには、人食いでも平気で相手にできる狩竜人が揃っている。それを見越して、自分たちの判断で狩竜人たちに動いてもらう。他の街と違い、ハイウェスラルの協会は被害が出ることも想定しているのだ。


 効率を突き詰めた結果の冷酷なやり方と言う者もいる。しかしそうしないと、南から押し寄せてくる竜の数には対抗できなかった。ここである程度数を減らしておかなければ、いずれ北イリシア全土が竜種に飲み込まれてしまうのだ。


 いつになく真剣な表情で、道と目印を覚えながら進むソフィアが急に足を止めた。同時にエルも足を止め、耳をすませる。


「どっちだ?」


 2人がこういう顔をしたときは竜が近い。ガイツはそう知っている。


「あっちです。1頭じゃなくて群れ、中型だと思います」


 エルが指差す方向は深い森で、ガイツには木々しか確認できない。しかし確認する前から、エルの言葉を疑うことなく狩竜の準備に入った。信じられない目と耳をしている。いい加減慣れているガイツでも、毎回そう思ってしまう。


 現れたのは六角竜アングイール。数は4頭。体が大きい割りに多数で群れるのがアングイールの厄介な点だが、4頭というのは群れとしては小さい。3人ともが逃げる必要なしと判断して、それぞれに武器を手にした。


 全ての竜が同じ方向を見るように誘導すれば、白緋の女神は圧倒的に強い。ガイツの放った光球が何頭相手でもまとめて目を潰し、黒藍と白緋の刃が鋭く振られる。久々の本格的な命のやり取り。ソフィアとエルはいつも以上に慎重だった。


「かなり小さい群れだったわね。というかアングイールにしては弱いような……元々弱ってた?」


 1頭ずつ慎重に、しかしあっという間に4頭を肉塊に変える。


「この時期に出るのは弱い個体が多いんだって。ここからもっと南のほうは今が夏なんだ。食べ物が豊富にある時期なのに、わざわざ北に来るってことは、多分縄張り争いに全部負けた弱い群れだったんだよ」


 エルの言葉にソフィアは首をひねる。意味が分からなかった。


「夏? なに言ってんの、今は冬じゃない」


「えっとね、南の大陸はこっちと季節が逆なんだ。こっちが冬だと向こうは夏。こっちの夏に竜が増えるのは、向こうが冬に入って食べ物が少なくなるからで、こっちが冬だと竜が少なくなるのは、寒くて動きが鈍るってのもあるけど、南大陸は夏だから北に来る必要がないからなんだ」


 南イリシアは雪が降ることはない温暖な大地だが、常夏というわけではなく季節の移り変わりもある。


「わ……わかんない。あとで教えて」


 ソフィアはエルの説明を全く理解できなかったが、それはひとまず置いてハルバードを構えなおす。また別の竜の接近を察知したのだ。ハイウェスラルでは1度の狩竜でその日の仕事が終わることは少ない。血の臭いを嗅ぎつけた新たな竜がやってくる。地理を覚えるために見回っていただけなのだが、そんなことは言ってられなかった。


「レイダーク! さすがハイウェスラルね、容赦ない感じ」


 まだ鱗が黒ずんでいない深緑色の炎竜レイダーク。


「大きさと色からして、まだ子どもだな。だが油断はするなよ」


 初日から遭遇した大型竜に、南へ来たのだと実感させられる。ただ怯むことはない。竜がいなくなればいいと思っている。それも嘘ではない。ただ狩竜の瞬間に訪れる緊張感が、ソフィアもエルも嫌いではなかった。






 久々の狩竜は体よりも心をすり減らす。レイダークもあっさり狩った3人だが、そう感じながら陽の沈んだ街へと帰りついた。ハイウェスラルの夜は、他の街とは全く装いが違う。夜になっても歓楽通りは煌々と明かりに照らされ、王都でもないような賑わいを見せている。


「これは……今日はなにかの祭り?」


「いや、毎日こんなもんだ。こういう街なんだよ」


 稼ぎの良い狩竜人が多い街。その懐をあてにした、商売人も多く集まる。美味い飯、高い酒、狩竜人でも一晩で懐を空にできる危ない賭け事、そして女。ハイウェスラルは金さえあれば、いくらでも欲望を満たしてくれる場所だった。


 ソフィアも一緒に歩いているというのに、娼婦たちはお構いなしでガイツとエルに声をかけてくる。


「ガイツさん。もし浮気なんてしたら、ヴィスタに言いつけますからね。頼まれてますから」


 肌が透けそうな服をまとう娼婦に、鼻の下を伸ばしているガイツ。ソフィアが冷ややかな目で見る。


「す、するわけないだろ!」


 ガイツは断言するが、やましい気持ちがあったのは否定できない。しかし男なら当然だった。それが媚びるための色香でも、着飾った女に心が動かないほうが男として異常だ。しかしその異常な男が身近にいるので、ガイツは少し肩身が狭い。


「お前、よく平然としてるな」


 他の街なら露店が立ち並ぶ時間ではないのだが、ハイウェスラルは特別だった。色気より食い気。エルは娼婦たちには見向きもせずに、露店の食べ物に目を奪われている。ノウィールに迫られてまごついたり、ソフィアの機嫌を損ねてまごついたりはするのに、男を誘惑する専門家相手には平然としている。


「娼婦の人には慣れちゃってて。大変な仕事だなとは思いますけど、裏でなに言ってるかも知ってますから」


 幼い頃はその娼婦たちに世話になって生きていたのだ。エルがそれに惑わされることはなかった。商売女を軽くあしらうエルを見て、ガイツは複雑な気分になる。育った環境のせいとはいえ、男として偏りすぎだと思った。





 3人が取ったのは狩竜人専用の宿。遠くから狩竜人が来るハイウェスラルでは、専用の宿も数が豊富だ。そしてどの宿に入っても、清潔で質が良い。評判の悪い宿は、すぐに淘汰されてしまうほど競争が激しいのだ。


「団棟? 3人だけなのにそんなもん、買っても無駄なだけだぞ。普通に宿取ってたほうが安上がりだし、管理の面倒もなくていい。少なくとも5人以上、どこも大体10人以上の戦団が持つものだな」


「そっかあ、でもなんか戦団のお家って素敵じゃないですか」


 大所帯の戦団は、団員が共同で暮らす家を持っていることがある。ソフィアがそれを知って欲しいと言い出したが、ガイツはとてもじゃないと反対する。そもそも団棟と言われるのは豪華な家1軒だ。とても手が出る値段ではない。


「これから戦団は大きくなるってのなら考えるがな、なかなか人を増やすのは難しいと思うぞ。俺らの年齢が理由でな」


 団長と副団長が2年目の狩竜人というのは若い。強者揃いのハイウェスラルならなおさらだ。いくら狩竜人が実力主義とはいえ、やはり年功序列の部分も多少はある。その人の性格によっては、若すぎる2人が中心の戦団に入るのはためらうだろうし、入っても上手くやっていけない心配があった。ハイウェスラルでやっていける実力がある若手。そんな条件に合う狩竜人は数が相当限られてしまう。


「やっぱり3人って少ないですよね。他の戦団に入れてもらうことも、ちょっとは考えたほうがいいですかね」


 エルの言葉にソフィアは残念そうな顔をする。そうしたほうが効率が良いのは理解できるが、自分とエルで立ち上げた戦団なのだ。白緋の女神がなくなってしまうのは寂しかった。最初は恥ずかしいだけだった戦団名にも、今ではそれなりに愛着を持っている。


「いや、それは考えなくていいと思うぞ。戦団同士が共闘するのは自由なんだし、そこは知り合いが増えれば問題ない。俺ら以外でも少数の戦団はいくらでもいるしな。お前らが作った戦団なんだから、お前らが中心でいいんだよ」


「そうよ。私たち南方遠征団に入るのが目標なんだから、もし仲間を増やすんだったら一緒の目標を持つ人がいいな。決めた、南方遠征団を目標とする狩竜人が集まる。それが白緋の女神!」


 ソフィアが高らかに宣言する。


「そうだね。ガイツさんはたまたま一緒の目標だったけど、どうせならそっちのほうが良さそうだ」


 エルも笑顔で賛同するが、ガイツは驚いた顔をしている。


「待て2人とも。いや、そういう戦団にするのはいい。でもそれはあれか、今初めて決めたことなのか? むしろ俺は元々そういう戦団だと思ってたんだが……」


「そうなんですか? 確かに僕もソフィアも目標は一緒ですが、それも組むようになってから知ったことで偶然だったんです。南を目指す人に限ろうとか、そういうことは話したことなかったですね」


「そうだったのか。じゃあ俺の前にも入団希望だったり他の戦団に誘われたりはあっただろ。それは考えなかったのか?」


「いや、そういえば誰も……全然そういうことはなかったですね。なんでだろう」


 入団に厳しい条件があったわけでも、仲間に入りたいという狩竜人を拒否してきたわけでもない。それなのに仲間が増える気配がない。3人が揃って同じことを思った。自分たちはちょっと残念な人たちかもしれないと。





 2月に入ると、ハイウェスラルはすでに汗ばむような陽気の日もある。同じ北イリシアでも、他の街とは完全に別世界なのだ。南を離れていた狩竜人たちも戻ってきて、大きな協会内は一段と騒がしさが増す。


「9番に人が全然足りない。あと最低5人は欲しい」


「昨日12番に行ってたのはどこの戦団だ。リグトン大量にわいてるじゃねえか。小型くらい全滅させてこい!」


「リグトンくらいで文句言ってんじゃねえ、自分でやってこい。こっちも暇じゃねえんだ」


「ルヴィリスイールの目撃情報あり。恐らく1番か2番に入ります。経験者はこちらに集まってください」


「5番に行ってたのが逃げ帰ってきました。目撃はレイダーク1頭で……逃げてきたのは前と同じ連中ですね」


「馬鹿か! なんでレイダーク1頭で逃げるようなのがここに来てんだ。とっとと故郷に帰れって言っとけ。おい、誰か5番だ。あそこは森を焼かれたばっかりだから、今度は炎吐かれる前に殺してこいよ」


 炎竜が炎を吐く前に倒すなど無理ではないか。実際は言葉通りにしろというわけではなく、発奮をうながすための決まり文句なのだが、それを知らないソフィアもエルも戸惑う。


 狩竜人と職員のやり取りも、一段と荒っぽくなっている。そして中でも響く怒号の大半は、ノウィールの声だ。女性としては変わっているが、優秀で的確な判断力を持った職員だというのも間違いない。


「えっと、どうしよう……レイダークって言ってたし5番かな。でも炎を吐く前にってのは難しいかも……」


 待機している狩竜人が飛び交う声に反応して協会を出ていく中、白緋の女神は出遅れていた。団長らしいことをしなければと、エルは自信なさげに提案する。


「ルヴィリスイール狩竜の手が足りません。経験者、こっちにお願いします」


 再び、職員の声が飛んできた。ハイウェスラルでも銀糸竜ルヴィリスイールは厄介な相手に分類される。全員が全員、経験者というわけでもない。3人は顔を見合わせて、意思を確認しあう。


「あの、僕たち白緋の女神と言います。ルヴィリスイール狩竜経験者です」


 経験者といってもあれだけ苦戦した相手だ。エルはためらったが、それでもできることがあるはずと名乗りを上げる。


「えっと、白緋の女神さん……ああ、レズレンで。確かに狩竜履歴にありますね。では早速向かってください。他の戦団も向かってますが、まだ5人だけなんで早めにお願いします」


 レズレンで遭遇したときは20人で挑んだ。それでも死に物狂いになってようやく倒した相手。あっさりとそう言われて、ソフィアもエルも不安になる。


「行くぞ。駄目そうなら逃げる。それか応援が来るまで粘るだけだ」


 ここがそういう場所だと分かっているガイツは、気にせず協会の出口へと向かった。

 

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