8-2
イリグーク大河の河口付近には橋がない。上流なら川幅の狭いところに橋もあるが、王都近くの下流では広すぎて橋が架けられないからだ。しかしその広さが水を渡らない竜種の侵攻を防いでくれていた。大街道はイリグーク河に突き当たり、ここから先は河に沿って真北へと伸びている。
「なんか変な匂いがしない? なんだろう、生臭いというか」
エルの鼻が知らない匂いを嗅ぎつける。
「これ潮の匂いよ。ここら辺はもう河が海の水と混じってるから」
そして徐々にイリグークの河口と海の姿が近づいてくる。海というものがどういうものか、エルも多少の知識はある。しかし想像を上回る海の大きさには、口を開けて感嘆の溜め息をもらすしかなかった。
「おお……なにこれ、すごい!」
驚いたのは海だけではない。広い河の両岸には立ち並ぶ倉庫と行き交う大勢の人。西の諸大陸からやってきた様々な物が河を渡ってくるので建物も人も数は膨大だ。竜の気配のない土地では街の整備のされ方も違う。石畳が綺麗に敷きつめられていて、竜除けのサルティスの木に左右されない街のつくりになっている。ソフィアからすると幼い頃から親しみ慣れたものだが、エルにとってはまるで未知の景色だった。
小さな波に跳ね返される光の粒が目にまぶしく、大きな船が海に浮かぶ様はエルの遠近感を狂わせるほどに巨大な姿。ほとんどを東の山脈を見て育ったエルは、完全に人の手によって作られた景色というものを初めて知る。人はこんなにも大きいものを作れるのか。そう思うとエルの胸を締めつけるような感動が襲う。それはまったく人の手が入っていない東の地を、ソフィアが目にしたときと似た感情だった。
河を渡る人はひっきりなしにやってくるので渡し船は定期的に出ている。船はそこそこ大きく揺れも少ないのだが、エルは初めての乗り物におっかなびっくりという感じ。エルも小さな川や湖に入って泳いだ経験くらいある。落ちても溺れるというわけではない。しかし見渡すかぎりの広い水面に、浅く狭い川や湖とは違った恐ろしさを感じていた。船に乗っている最中、エルはずっと青ざめてソフィアの側を離れようとしなかった。
そして2人はイリシアで最も大きな港街、カーヴィラルに到着する。カーヴィラルからソフィアの実家があるパスラルまでは、普通の人がゆっくり歩いても2日。2人なら1日とかからない距離だ。ソフィアにとってはここまで来ると地元に帰ってきたという気分になれる、西海岸特有の街並みでもあった。
「ねえソフィア、あれはなに? 牛とは違って……なんか格好良い」
「ああ、あれが馬よ。なかなか脚が速くて私と良い勝負するのよね。まあ負けないけど」
「へええ、あれが馬なんだ。うわっ、なにあの塔……凄い高い!」
「あれは灯台。西から来た船が目印にするための建物ね。夜になると遠くまで明かりを出すのよ。仕組みとかは分からないけど」
河を渡ると今度はエルが目にしたことのない生き物や巨大な建物ばかり。あれはなにこれはなに、と幼い子どものように興奮してソフィアに話しかける。ソフィアからすると当たり前のことでもエルにとっては全部初めてのこと。ソフィアにとっては見慣れた景色なので、エルがこんなにも楽しそうにしてくれるとは思っていなかった。いちいち感動してくれるエルを見てソフィアは嬉しくなる。
水平線に夕日が触れる。どこで見ても大きさは同じはずなのに、沈む場所が海というだけで夕日はまるで違った雄大な姿をエルの目に見せつける。
イリグーク河の西一帯とそれ以外の土地では同じイリシアも違いがある。竜の侵攻によって野生種がほぼ絶滅してしまった馬がいるのも王都の付近だけだ。600年前までは軍馬として重用されていたが、竜の前では怯えてしまい役に立たない。イリシアでは唯一竜に怯える必要のないこの地域だけで馬は有用な生き物だった。
そして食べ物の豊富さも違う。西の諸大陸からやってくる品々がまず入ってくる場所なので当然だった。そしてなにより日持ちのしない海の魚が食べられる。港街に漂う海産物の匂いに当然エルの腹は刺激された。この辺りなら余程運が悪くないかぎり、どこの食堂に入っても新鮮な海の幸が出てくる。なるべく大きくて流行ってそうな食堂を選んで2人は食事を取ることにした。フェネラルで宿選びに失敗した2人は、空いた店ほど怪しいという常識を学習している。
「ふはいっ、ふはふひふ!」
「食べてるときは喋らないの」
油がしたたり落ちるほどの海の魚は、エルが口にしたことのある川や湖に棲む魚とは別物だった。ぎゅっとつまった旨みが広がると、口の中が痛いかと思うほどに味覚を刺激して唾があふれ出す。そのおかげで早食いのエルが、魚料理だけはゆっくりと噛み締めるように食べていく。
とても幸せな瞬間だとエルは思った。出てくる料理が美味いからというだけではない。イリグーク河を渡ってから、人々の雰囲気が違うように感じられたのだ。この街では人々は竜に怯えることなく生活している。そこが違うのかもしれないとエルは思う。
もちろん他の地域に暮らす人々が不安と不幸ばかり背負って生きているというわけではない。それぞれの街にそれぞれの幸せはある。しかし竜に備えることに慣れてしまった人々でも、決して竜に怯えなくなったわけではない。エルの目に映った竜種のいない安全な街は、感じたことのない空気が漂う場所だった。そしてふとソフィアに対して疑問がわく。
「ソフィアはさ、なんで狩竜人になろうと思ったの?」
「なによいまさら。そんなの南に行きたいからに決まってるじゃない。学者でも行けるんだろうけど私じゃ絶対なれないしね。だったら狩竜人でしょ、格好良いし」
質問に明瞭な答えが返ってくるが、エルの疑問はまだ解消しなかった。自分が狩竜人になろうと思ったのも、もちろん南の大地を見てみたいという夢があったからだ。しかしそれと同時に必要なことだと思っていたからだ。特に大きな正義感があったつもりはない。しかし自分が強いと思っていたエルは、その力で誰かを守れるのならそうありたいとも思っていた。
しかしソフィアはこの平穏な地で育った。こんなに賑やかなのに穏やかな顔で暮らせる土地に住んでいて、自分だったら狩竜人になろうと思っただろうか。そうエルは考えてしまう。
「あとはおじいちゃんの影響もあるかな。おじいちゃんが言うにはイリグークの西でも絶対安全なんてことはないんだって。最近はずっと平和に見えるけど、いつ均衡が崩れてもおかしくないのがイリシア全体に言えるとかなんとか……難しい話で全部は理解できてないんだけどね。でも誰かが竜を抑えてくれてるからここも安全だってことは分かったの。ハイウェスラルで狩竜人が頑張ってくれてるから人が住めるんだったら、じゃあ自分も狩竜人にってのはあったかな」
エルはその言葉で納得した。そしてソフィアの祖父という人物にさらに興味を持つ。タシネートから同じ言葉を聞いたことがあったからだ。チャビレットもそうだった。学者とは皆そういう考えを持っているものなのかもと思った。
「あっ、でもこれ私の家族に絶対言わないでね。最初は狩竜人になるの反対されちゃってたから、おじいちゃんの影響で私が狩竜人目指したって思われるとお母さんがうるさくなりそうなのよ」
そのあとはソフィアの家族の話になった。これから会う家族の話だと思うとエルは緊張してくる。改めて思う、自分はなぜ彼女の家に行こうとしているのか。なんと挨拶すればいいのか。狩竜人の仲間ですと言えばいいのは分かっている。タシネートのこともあって用事がないわけではない。理力学者のリータフに体を診てもらうという名目があるにはある。しかしどうにも緊張してしまう。平気な顔で一緒に帰ろうとするソフィアを見て、自分が自意識過剰なだけかと少し落ち込んだりもした。
翌日、普通の人なら2日かかる距離でも2人の脚なら1日かからずにパスラルへと到着する。エルの緊張は高まる一方だった。しかしソフィアは逆に嬉しいようで、走りはいつもよりも軽快だ。確かに馬より速い。
「ただいま!」
「あら、早かったわねえ。お帰りなさいソフィア」
まず入る前から家の大きさに驚かされる。そして入る際にも扉を開ける人が家族ではなく女中だったことにエルは自分の場違いな感じを受ける。出迎えてくれたソフィアの祖母は、優しい笑みで可愛い孫娘を抱きしめる。
「そちらがエル君ね。いつもソフィアがお世話になってるそうで。外は寒かったでしょう。さあ、遠慮なく上がってちょうだい」
「は、初めまして。エルと申します。あのっ、こちらこそいつもお世話になってます」
フェネラルを発つ前にガイツに相談しながら頑張って挨拶の文句をいくつも考えていたのだが、残念ながらほとんどが頭から抜け落ちていた。しかし狩竜以外は普通かそれ以下の17歳。よくやったと褒められるべきだろう。
「あれ、お父さんとお母さんは?」
「2人ともまだ王都よ。きっとソフィアの手紙からしてまだ帰ってくるのは先だと思ってるわね。私たちもこんなに早いとは思ってなかったもの」
両親ともに仕事が忙しく家を空けることも多いのは知っているので、ソフィアはそれを気にすることもなかった。両親の不在は特に気にすることもなく、大好きな祖父の元へと急いだ。
「おじいちゃん!」
「お帰りソフィア」
飛びつくソフィアをぎゅっと抱きしめるリータフは、普段の鋭い学者の顔つきではなく普通の優しい祖父の顔へと変わる。
「さあソフィア、こちらの方を紹介してくれるかい」
「うん、仲間のエルよ。レズレン出身なの。フェネラルで会ってからずうっと一緒に狩竜に出てるの。それでタシネートって学者だった人に色々されちゃったっぽくて、おじいちゃんに診てもらいたいの」
紹介を受けて相変わらずぎこちない挨拶するエルだが、笑顔で歓迎してくれたことに少しだけほっとする。言葉通りまさしく山の出の者。そんな自分が一目で金持ちと分かる家に入るのは不安だったが、想像した以上に優しそうなソフィアの祖父母に救われた。
「話はソフィアから手紙で聞いているよ。これでも私は元は理力の研究をしていた者でね。君の師匠、タシネートのこともよく知っている」
「えっ、そうなのおじいちゃん?」
2人は驚く。リータフは驚かれたことに驚いた。王立研究所に所属できる学者の数は限られている。そこにタシネートもリータフも所属していたとなれば面識があることくらい想像ができそうだが、ソフィアもエルもそこまで考えていなかった。王立研究所の規模を知らないエルは仕方ないにしても、孫のソフィアは言わなくても分かっているだろうとリータフは思っていた。
「なんだ、分かっててエル君を連れてきたのかと思ったが……まあいいだろう、今日はもう遅いから話は明日にしよう。2人ともまずはゆっくり体を休めなさい。エル君も遠慮せずにのんびりくつろいでくれたまえ」
「は、はい。ありがとうございます」
余程の金持ちでないと持てない専用の風呂に入れられ豪華な食事にもてなされ、エルは目を白黒させるはめになる。ただソフィアは手紙でしつこいくらいに家族に告げていた。エルの生い立ちのこと。そしてとても大切な仲間であること。だからエルが気を遣わないようにしてほしいということ。
自分の家族が育ちを知って酷い扱いをするとは思ってなかったが、エルが気後れしていることには気づいていた。普通の家族を知らないエルに、自分の家を見せたかった。そうすれば普通の家族がどういうものか分かってくれるのではと思っていた。ソフィアはなにも考えずに行動していたわけではない。普通の家とはちょっと言えないくらいには金持ちだが。
広すぎる客室に通されたエルは落ち着かない。そしてベッドに腰かけてみると、今度はふかふか過ぎてやはり落ち着かない。広いベッドの隅っこに丸まってなんとかエルは眠りについた。
「じゃあ早速だが体を診させてもらおうか。なあに、チャビレット君が心配ないと言ったんだから私が見てもそこは変わりはないよ。ただ一応私のが専門家なのでね。せっかくだから体の隅々まで確かめさせてもらおう。正直なところ私も君には興味があるのでね」
「はい、お願いします」
本がずらりと並び、なにに使うのか見当もつかない器具が色々と置いてある研究室。前の晩にリータフからどんなことをするのか聞いていたエルは、準備のため服を脱ごうとしてためらった。ソフィアが部屋の隅に座っている、本人的には邪魔にならないつもりで。その表情はエル以上に真剣そのものだ。
「ソフィア、色々調べるから」
「うん、お願いしますおじいちゃん」
「いやそうじゃなくてね、これからエル君を文字通り素っ裸にして調べるのだよ。見ても見られてもいいというなら始めてしまうが……そういう関係かね?」
ソフィアは慌てて部屋を飛びだす。
エルは身につけていた物を全て取り去る。元々平均程度はあった背もかなり伸びて、普通の男性よりも拳1つ分以上高くなった。食事量と日々の鍛錬で体を覆う筋肉も厚みを増している。以前も無駄がない体つきだったが、無駄がなさすぎるとも言えた。鍛えられてはいたがまだ少年のものだった肉体は、大人のものへと変化してきている。しかしエルの肉体を見てリータフは違和感を覚える。なにか普通とは違う。綺麗に鍛えられたはずの肉体美がなぜか不自然な体つきに思えた。
リータフはエルの体に金属の薄い板を繋げたものをあちこちに巻いていく。それは目に見えない理力を確かめるためにリータフが考案したものだった。
「これで理力量が測れるんですか?」
「測るというよりも他人と比べるというだけだがね。理力を絶対的な数値に起こすのは今のところ無理なんだ。ただこの金属に理力を流してどれくらい形が変わるかで他人と比較できるんだよ。何千人という人に付き合ってもらって記録を取ってあるから平均値からどう離れているかで、ある程度正確だとは自負しているがね」
金属は種類によって理力の流れ方がまるで違うことを利用して作られた器具だ。いくつかの金属を合わせて作られているそれは、値段が高くて一般的に出回るものではなかった。
リータフの指示に従いエルはゆっくりと理力を流し始める。薄く見える金属板は実はもっと薄い紙のような金属を何枚も重ねて作られてものだった。エルの理力に反応してそれらは剥がれるように丸まっていく。理力は渦を巻くように流れると言われている。それを金属板の形状がはっきりと形で示してくれることにエルは驚いた。
リータフはそれをつぶさに観察して結果を書き残す。理力の強さは金属板が丸くなる枚数と描く円筒の大きさに違いが出る。1度だけではなく長い時間をかけて何度も同じことを繰り返した。優しい祖父の顔ではなくすっかり学者の顔になったリータフは、結果を見ながらぶつぶつと独り言をつぶやく。
「なるほどこれは……タシネートの奴め」
自分は健康だと信じていたエルだが、真剣な目つきのリータフを見て少し不安になった。
「あの、僕はなにかまずいんでしょうか?」
「ああすまない。体に問題はないし、むしろ素晴らしい結果だ。ソフィアと同等に動けると聞いていたけど納得がいった。あの子は体質のおかげもあって狩竜人に向いているが、それ以上の結果と言えるかもしれない」
「しかしだ、信じられないことに君はタシネートの実験の影響をどうやら受けているようだ。どうやったのかは分からないが……影響と言うと言葉が悪いかな。恩恵と言ったほうがいいかもしれない」
「恩恵ですか?」
「うむ。君は長剣を両手で扱うそうだね。どちらの手でどう握るというのは決まっているかね。右利きの人なら右手が上にくると思うのだが」
「いえ。元々どちらが利き腕とかも覚えてないんですが、師匠に絶対にそのままにしろと言われて両手を万遍なく使うようにしてます」
リータフは満足気な表情でうなずく。
「それだ。普通の人は手でも足でも理力の流れやすいところ、力の入る場所というのは左右で差が出てしまうものなんだ。理力は渦を巻くように体内を巡る。左右で流れやすさが偏っていると、どうしても理力の流れが滞ってしまうんだ。誰でも偏ることで仕方ないことのはずなんだが……君は違う。両手を器用に使う者でも絶対に得意な方というのはある。しかし君に完全な両利きのおかげで内燃理力の効率が非常に良い。これは普段から両手を使っていれば解決するという問題ではない。恐らくタシネートがなんらかの形で左右の歪みを矯正したんだと思う。あくまで想像でしかないがね」
エルの肉体を見たときに感じた違和感をリータフは理解した。内臓からして左右ばらばらに並んでいるのだ。どんなに均等に鍛えたつもりでも左右対称などという肉体は有り得ない。しかし目の前の狩竜人は完全に左右が整っている。それで綺麗でありながら不自然なものに映ったのだ。作られた物が左右対称なら美しく見える。しかしそれが人の肉体だと、不気味にすら思えるのは当然だった。
「あの、師匠が僕の理力を引き出したとかはないんですか? 以前チャビレット先生から、竜でも人でも10ある理力のうち実際に使えているのはわずかだって聞いて。それが人食い竜は10近くまで使えるようになってしまうから、それと同じで僕も強引に理力を引き出されて理力が強いんじゃないかと思ってるんですが」
それは狂ったドルブンを見たときに感じた不安だった。
「はっはっ、もしそんな方法があれば是非私が知りたいのだがね。残念ながら人食い竜と違って、人の理力を完全に引き出すことは不可能と言われておるのだよ。いや、学者が不可能と口にしてはならんな。今のところ、と付け加えておこうか」
エルの心配は収まらない。ずっと誰かにドルブンのことを聞いてほしかった。今目の前にいる学者はソフィアの祖父でもある。これ以上信頼の置ける相手はいない。自分の馬鹿げた想像を一笑に付してくれることを願って、エルはリータフに考えを告げることを決断した。
「あの……人が理力を引き出す方法があるんじゃないかって、僕はすごく馬鹿みたいなことを考えついたんです。僕が考えたことなんて間違ってるに決まってるんですが、聞いてもらえますか?」
エルの顔が暗いものになる。長年理力の研究をしてきた自分でも分からない方法を、教育を受けていない素人が考えつくとはリータフは到底思わない。しかし真剣そうな表情のエルを馬鹿にするわけでもなかった。タシネートを看取った少年がもしかしたら本当に手がかりを持っていることも考えられる。
「もちろんだとも。どんな意見でも耳を傾けてこそ学者だ。遠慮なく話してみたまえ」
「はい、ありがとうございます。その……本当に馬鹿げた発想なんですが、人を食って竜に理力が引き出されるのであれば、人が……人が人を食っても理力が引き出されるんじゃないかって」
リータフは驚きのあまり鳥肌が立った。そしてこの解答を予想していなかった自分の愚かさを恥じた。理力学者のあいだでは気づいても禁句とされている食人による人の強化。ずっと隠匿されてきたことだが、誰が思いついてもおかしくないくらいに簡単な発想なのだ。
タシネートが教えたとは考えづらい。もちろんタシネートはこのことを知っていたはずだが、それが無意味でなんの益もないことだと分かっていたはずだ。それくらいリータフはタシネートのことを信用していた。教育は受けていないかもしれないが、少年の目は充分な聡明さを物語っている。ごまかすことはできないとリータフは悟る。
「それは……君1人で思いつい」
「待ったあああ。なになにっ、なによそれ!」
ソフィアはエルの診断が気になって気になってしょうがなかった。あとで結果を聞けばいいだけなのだが、それを待てなかった。寒い中ずっと研究室の外で壁に耳を当てていたのだ。人が人を食べる、などという物騒な会話が聞こえてきてソフィアは思わず中に飛び込んだ。
まだ素っ裸だったエルの悲鳴が上がる。




