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ドラゴン・イェーガー ~狩竜人賛歌~  作者: 井藤 きく
7章 少年と少女は競う
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7-4

 

「おいふざけてんのか。なんであんなのが入ってんだ!」


 硬さだけは金属の中でも抜きん出ている剛灰鉱の大斧。それをを背負った大男が怒鳴り散らしていた。ソフィアとエルの2人の名前が挙がったことが気に入らなかったのだ。


 確かに2人は名前が挙がった他の狩竜人に比べると段位も実績も足りない。しかし協会側はラグレスやユニスといった信頼の置ける狩竜人からその実力の報告を受けているので、最善で当然の人選をしたつもりだった。


 レズレン協会支部長まで出てきて説得に当たるがドルブンは納得しない。協会としても譲るわけにはいかないので、話を聞く気のないドルブンに対してでも必死に理解を求めるしかなかった。


「はっ、これだから指示だけ出す奴らってのは駄目なんだよ。安全なところから命張ってる俺らを無視して勝手に判断かよ。まあいい、こんな弱そうなのが食われようが俺は知らねえからな。人食いになって村がどうなろうが知ったこっちゃねえぞ」


 ドルブンは好き勝手にわめき散らしたら、取り巻きの狩竜人に顎だけで着いてこいと命令する。この男は他の狩竜人から白い目で見られようが気にもしなかった。早く狩竜に向かうべき状況で身勝手な振る舞いをするドルブンには誰もが腹を立てている。ただそれだけの暴言を口にしても許される実力を持っているのも確かだった。


 ラグレスから苦笑いであんなの気にするなと言われた2人だが、元々そんなことを気にする余裕はなかった。以前フェネラルで受けた緊急の依頼は人食いリグトンの依頼と、結果として狩ることになったがレイダークの足止め依頼の2つだけ。しかし今回は失敗すれば村1つが壊滅するような大きな狩竜だ。その責任の重さを噛み締めて2人の顔は少し固くなっている。その強さに目を奪われがちになるが、1年目の狩竜人なのだ。


「なんだ、らしくないな。緊張してるのか? まあお前らは慎重なくらいでちょうどいい」


 ガイツもまだ若手と言える年齢だが、どこよりも厳しいハイウェスラルでの経験がある。緊張した面持ちの2人を見て、ガイツは大丈夫だという言葉の代わりに笑ってみせた。2人は頼もしい仲間に恵まれていることに感謝した。


 戦団ドルブン以外の狩竜人たちは足並みを揃えて村の東に向かう。厄介なのは普段群れないレイダークが少なくとも8頭はいることだった。歴戦の狩竜人が揃っているので1頭ずつ相手にするなら皆自信があるが、大型竜を複数同時に相手取るというのは困難極まりない。どうにかして分散させないと犠牲者が出てしまう可能性が高かった。


「俺がいま! と叫んだら目をつぶって1秒数えて下さい。光球の扱いについては絶対の自信があります」


 道中の話し合いで作戦の中心になったのはガイツだ。光球理力の使い手というのはレズレンでも珍しい。それもガイツのように連発ができ、動きながらでも高い精度を誇るとなると相当貴重な存在だった。熟練の狩竜人たちは感心して若者の言葉に耳を傾ける。


「よし、じゃあ皆ここはガイツの指示に確実に従ってくれ。光球を信じて麻痺矢の使いどころは慎重に見極めろ」


 戦団ドルブンを除く30名の音頭を取るのは50歳を越えた33段の狩竜人。鋼の扉の団長ダンビスのように地域で1番の実力者が先頭に立つのが好ましいが、レズレンで1番段位が上の者は協調性に欠けるドルブンになる。勝手に先を行く10名は話し合いの外だが今は捨て置くしかなかった。


「お前らは知らねえだろうから教えとこう。ドルブンの取り巻きのボウガン連中な、あいつらは本当ならレズレンにいられるような腕じゃねえんだ。付加理力だけはまともだからボウガンの腕はそこそこだが、はっきり言って他はからっきし。危なっかしく思うかもしれんが下手に助けようとはするなよ。自分の命をまず大事にしろ」


 ラグレスが白緋の女神に忠告する。ドルブンはソフィアとエルの2人を不要な存在だとわめいていたが、自分の取り巻きを腕に見合わない戦いの場に駆りだすことには頓着しない。理屈がどうという話ではなく判断基準はドルブン自身の感情でしかない。そんな男と肩を並べて戦えるのかと3人は不安になるが、今は迷っている暇はなかった。


 村の東は作物の育ちにくい乾いた荒野が広がっている。東の切り立った山々が近づいてきたところで、かすかに地面が揺れているのを狩竜人たちは感じ取った。まだ竜の姿を視認することはできないが遠くに砂煙が上がっているのが誰の目にも映る。


「黒いな……本当にレイダークが群れてやがる」


 誰かが吐き捨てるようにつぶやいた。かなりの速度で進んでいるらしい黒い塊が徐々に近づいてくる。本来深い緑色の鱗を持つレイダークが黒く見えるということは、生まれてから年月を重ねており強い個体であることを示していた。



 


 大型竜を相手にするときに重要なのはボウガンの使いどころ。麻痺毒の耐性がつく前に動きを止めて狩れればそれが1番安全だからだ。しかし8頭ものレイダークを相手にそう上手くことが運べるかといえば難しい。一斉に麻痺矢を放って動きを止めることは難しいし、動きを止めた竜に攻撃を仕掛けたところで他の竜に襲われては意味がない。


「いいかっ。まずは分散させることだけ考えろ。攻撃に移るのはそれからだ!」


 初老の狩竜人の指示に皆がうなずく。ドルブンたち10名は少し離れた場所でレイダークの接近を眺めていた。いくら強くとも8頭の大型竜相手に1人で向かっては無駄死にするだけ。それはドルブンも分かっていた。


「いま!」


 ガイツの手から放たれた光球が、まだ距離のあるレイダークの群れの眼前に正確に飛んでいく。話を聞きそうにないドルブンに見せるつもりの1発でもあった。光球は竜だけでなく当然人の目もくらませてしまう。人格がどうであろうと死なすわけにはいかないので、実際に見て判断しろというガイツの挨拶代わりだった。


「ぐははっ、あいつ光球使いかよ。じゃあ残りの2人はへたれ確定だな」


 光球なんて便利な技があれば誰だってレイダークくらい狩れる。頼れる狩竜人が仲間にいてソフィアとエルは実力以上に昇段したのだ。そうでもないかぎり1年目の狩竜人の名前がこの緊急事態に呼ばれるわけがない。ドルブンはそう思い込んだ。この戦いが終わったらあの気の強そうな女をどうしてやろうか。そんなことを考えて下種な笑いが浮かび上がった。


 光球の効果は絶大だった。放った本人すら驚くほどに狩竜人たちにとって良い状況に転がった。普通は目がつぶれたら警戒して足を止めて暴れたり炎を吐くはずのレイダークが、なぜか闇雲に走り回ってくれる。おかげでレイダークの群れが半分以上ばらけてくれた。


「よしっいいぞっ。左右に散って端から順にいけ!」


 そうなった理由は分からないが好機には違いなかった。狩竜人たちは散らばってそれぞれのレイダークを引きつける動きに出る。


 ドルブンは圧巻だった。南に進路を変えたレイダークに一斉に9つのボウガンから麻痺矢が放たれると、そこからはドルブン1人の仕事だった。


 大きな体で俊敏に動き深く斧を叩き込む。どんな狩竜人でも硬い肉や骨に武器が止まってしまったらそれ以上深く切りこむのは難しい。一旦引き抜いてから、再度速さをつけて武器を振らねば竜の体は切り裂けない。しかしドルブンは違った。武器が肉にとらわれてもお構いなしに強引に振り切る。高い理力をが通った炎竜の体ですら、斧が止まった状態からでも切り裂いていく。それはエルの黒藍鉱の剣でもできない芸当だった。


 大型竜が麻痺矢で動きを止めるのは僅か数秒。しかしその間にドルブンは1人でレイダークの脚を1本切り落としてみせた。動けなくなっても戦意を失わず、炎を吐き出すレイダーク。ドルブンは大斧を構え直して再びそこに襲いかかる。今度は尻尾の根元を狙い鋭い一振りで半ばまで切り落とすと、次の一振りで完全に切り落とす。


 大量の返り血を浴びながら不適に笑う大男はまず1頭とつぶやきながら、今度はレイダークの頭を半分にかち割った。大きな竜の頭がぐしゃりとひしゃげる。気が昂ぶった大男は、人とは思えないほどの力に満ちていた。


 大男は興奮状態になると狩竜を楽しむように舌なめずりをした。ドルブンは次のレイダークに狙いを定める。ボウガンを抱えた他の9人はおまけでしかない。ボウガンの援護を待たずに1人斧を振り回して巨体に突っ込んでいく。





 他の狩竜人たちもレイダークを1頭ずつ誘導するように動き回る。炎を吐いて広い範囲で攻撃してくるレイダークが、数頭固まったまま動かれては危険すぎる。狩竜人たちは目の前で挑発しながら竜同士が距離を取るように巧みに引きつける。ドルブンが相手にしているレイダークを除き残り7頭。そのうち4頭はそれぞれ他の竜から完全に離れた場所への誘導に成功する。


 1番北側に誘い出されたレイダークをソフィアが狙う。エルはまた別のレイダークを相手にしている。ほとんどの時間を一緒に過ごしてきた2人は、互いが隣にいないことに若干の不安を覚える。しかし大型竜が複数相手なら強力な攻撃手段を持つ2人は散って戦ったほうが効率的だという判断だった。ガイツの言葉を思い出しながらしっかりと自分の役割を果たすべく武器を振るう。


 ソフィアは丁寧な攻撃を繰り返す。他の竜と引き離したからには焦ることはない。自分と肩を並べて戦う狩竜人たちは経験豊富な者ばかり。麻痺矢が放たれるまでじっくりと構えて、自分に注意が向くようにレイダークの目の前を素早く細かく動き回る。レイダークの鱗と皮は硬い。高い付加理力を麻痺矢に込めないと貫通せずに肉に達しないこともある。麻痺で動きを止める機会は1度でも無駄にできない。ボウガンを装備した狩竜人たちはソフィアに注意が向くまで集中して機を見計らった。


「放てっ」


 狙い済ました麻痺矢がレイダークを襲う。血は流れないが深く刺さった矢の毒がレイダークの動きを止める。ソフィアは一気に飛び出してレイダークの尻尾にハルバードを振り下ろす。そして返しの切り上げで完全に尻尾を切り飛ばした。


「おおおっ!」


 可憐な少女が瞬く間に大量の血を奪ってみせたことで他の狩竜人から歓声が上がった。大型竜はまず尻尾を狙うのが定跡だ。正面に立つより安全ではあるし、尻尾を落とせれば血に通う理力を一気に大量に奪えるからだ。しかしレイダークの尻尾は太いだけあって完全に切り落とすのは難しい。それをいとも簡単にやってのけたことに周りの狩竜人は驚き勇気づけられた。


 尻尾は失ったが闘争心は衰えないレイダークを再び麻痺矢が襲う。1回目よりは短い硬直時間だが、ソフィアに負けていられないと狩竜人たちは持てる力を全てレイダークにぶつける。体中から血が流れるレイダークは動きを鈍らせた。3度目の麻痺毒を使うまでもなく、炎竜はゆっくりと巨体を地に横たえた。





 エルは我慢していた。自分が最初に出ていってはその力が発揮できない。ガイツの言葉に従って他の狩竜人に充分注意が向くまで後方に待機する。そして麻痺矢が放たれて動きが止まったところで飛びだす。尻尾は他の狩竜人に任せて黒藍の長剣は前方から切りかかった。


 レイダークにかぎらず竜の首は硬い。首を深く切れば多くの血が流れるが、その硬さを保ったいるうちに狙うのは愚策になる場合が多い。しかしエルの理力に応えて鋭さを増した黒藍の剣は一刀で首の半分まで切り裂いた。まったく弱っていない強い理力の通った首にそこまで深い攻撃を与えたことに周りの者は一瞬戸惑いすら感じる。しかし大量の血が噴き出すのを見て、狩竜人たちは好機を逃さぬように次の行動に移った。


 黄牙竜シュブイールの麻痺毒は竜に唯一有効な毒だがその扱いは難しい。外気にさらしたまま放置するとその効力はすぐに弱まってしまう。しかし熟練の狩竜人たちはかなりの早業で、密閉された容器に入った毒を矢に塗布してボウガンに装填する。そして長剣を持った若い狩竜人を援護すべく2度目の拘束をレイダークに与えた。黒藍の長剣が再び首に襲いかかる。まだ修復途中の箇所を刃がえぐる。エルは大量の返り血を浴びながらも、炎竜の首を完全に胴から切り離した。





 全てが上手く運ぶとはかぎらない。残り2頭の離れたレイダークも戦団ドルブンと腕の良いレズレンの狩竜人たちによって問題なく狩りが行われているが、あとの3頭が固まったままだった。12名の狩竜人が必死に逃げながらも分散を図ろうとするが、どうにも離れてくれない。そこにはガイツとラグレスの姿もあった。


「いま!」


 ガイツの光球がなければ逃げることすら難しかっただろう。人の10倍以上ある3つの巨体に追われる恐怖に耐えながら、麻痺矢の使用は我慢して狩竜人たちは逃げる。しかし目がくらんでも走るのを止めないレイダークたちが暴れに暴れながら突き進んでくる。このままの方向に進まれてしまうとそこには村があった。


「くそったれがっ」


 ラグレスがは独特の形状をした槍で鱗と皮を切り裂く。ラグレスの持つ槍は刃の部分が幅広で湾曲した珍しい形をしている。その曲がった刃を使って竜の肉をさじですくい取るように攻撃するのだ。少しでも肉をすくい取れれば切り裂くよりも修復に時間がかかる。上手く使うには技術も筋力も必要だが、より多くの血を奪える武器だった。


 目が塞がっている状態とはいえ暴れる大型竜に近づくのは危険を伴う。竜の攻撃はどんなに人が理力を高め防具で体を固めていても耐えられるものではない。かすっただけでも死ぬときは死ぬ。そしてレイダークは炎も恐ろしい。高温のそれに巻かれればやはり人など生きてはいられない。それでも自分と大事な妻の故郷であり、そして生まれてくる子の故郷になるレズレンにレイダークを招き入れるわけにはいかなかった。ラグレスは一瞬の隙を狙って竜の血を少しでも奪おうと奮戦する。


「うわちちっ」


 ラグレスが危うく炎に包まれそうになる。3頭の竜をそれぞれに気にしながらの攻撃というのはやはり無理があった。なんとかして1頭ずつ対処したいが、群れないはずのレイダークが仲良く足を揃えてしまっている。


「なんでこいつら止まらねえんだ!」


 誰かが思わず文句を口にする。確かにおかしな状況だった。光球で幾度となく目をやられても走り回ることは想定外だ。狩竜人も必死だが、炎竜もまたなにかに怯えて必死に逃げているかのようだった。たまたま通り道に、人という餌があったので襲ってきた。そんな感じさえするほど、不自然な行動だった。


「このままじゃまずいっ。これ以上村には近づかせられん。ボウガン用意だ!」


 他の場所で戦っていた狩竜人たちも応援に駆けつけようと走っているが随分距離が離れてしまった。そうなるように狩竜人たちが誘導したので当然だったが、応援を待っている余裕はなかった。


 狩竜人たちは賭けに出た。1頭に狙いが定められて麻痺矢が一斉に放たれる。このまま3頭同時に相手にするのは危険すぎるので、1頭は足止めしてしまい応援にくる狩竜人を信じて任せることにする。残りの2頭を引きつけながら再び逃げに転じる。


「どうすんだおい。2頭でも厳しいもんは厳しいぞ!」


 2頭はつがいなのか、まったく離れようとはしてくれない。1頭ならば4、5人で対処できる腕前を皆が持っているが、2頭なら単純に倍の数でとはいかなかった。片方に目を向けているうちにもう片方に食われては意味がない。大型竜が一緒に行動されると脅威は2倍ではなく何倍にも膨れ上がる。


 レズレンの村が12名の狩竜人の視界に入ってくる。避難勧告が出ているもののすぐに全ての住人が安全な場所まで避難できるわけではなかった。竜は弱い者から狙う。もし狩竜人以外の人の匂いをレイダークが嗅ぎつければ、そちらに向かってしまう可能性が高かった。ガイツは連続して光球を放ち視界を奪うが、2頭は力のかぎり暴れるだけで手を出すことが難しい。


 しかしこれまでなにをしても止まってくれなかった2頭が、急に進みを緩めて狩竜人たちとは別の方向を見る。2頭の視線の先には小さな人の子。なぜこんなところにいるのか。避難の最中に人混みに呑まれて親とはぐれてしまったのか。理由は分からなかったが考えている暇はなかった。


 誰であれ人の命は大事だがそれだけではない。竜が人を食うということはこれまで以上の脅威になって余計に人の命が軽くなる。


「うおおお!」


 最初に子どもの存在に気づいたのはラグレスだった。ここまで散々逃げ回っていたが、今度は自分に目を向けろと決死の思いで2頭の前に飛びだす。ラグレスは子どもの前に立ちはだかって勇敢にも正面から踊りかかった。1人くらいなら丸呑みできそうな大口を開けてレイダークの凶悪な牙がラグレスに襲いかかる。


「ラグレスさん!」


 無謀な行動にガイツは思わず叫んだがラグレスとて有名な戦団に属する狩竜人。簡単にやられるような者がレズレンやハイウェスラルでは戦えない。しっかりと竜の牙を避けてすれ違いざまに槍を突きだして眼をえぐる。ラグレスが必死に作ったその隙に他の狩竜人が子どもを抱えて走りだす。


「逃げろ、とにかく逃げろっ」


 子どもを脇に抱えた狩竜人はレイダークに背を向けて全力で駆ける。近くにいる大型竜から目を離すというのは狩竜人でも恐怖を覚える行動だ。しかし他の狩竜人を信じて背中は任せるしかなかった。レイダークの視線はまだ子どもに向いている。ラグレスは再び注意を引くべく飛びかかった。


「こっち向けやこの野郎!」


 大声で挑発するラグレスに2頭のレイダークが同時に目を向ける。注意を引くことには成功したが当然ラグレスの命は危うくなる。それでも近く父親になる男は勇敢だった。2つの巨体が迫りくるのを冷静に見ながら素早くかわす。


「いま!」


 ガイツの光球がはじける。ラグレスに集中していた2頭の視界が光球1発で同時に塞がる。


「いいぞガイツ!」


 子どもを抱えた狩竜人を除いた11人は覚悟を決める。どのみち村に近づいてしまった以上、ここから先に行かせるわけにはいかなかった。危険な乱戦になるが意を決してそれぞれが武器を構えた。


 狩竜人の感じる恐怖は死の恐怖だけではない。死ぬことよりも食われることへの恐怖が強い。この状況で2頭のうちどちらかでも人食いになってしまったら、どんな結果になるかは明らかだった。食われる恐怖と戦いながら狩竜人たちはレイダークの前に立つ。


 戦いの最中では誰もが時の過ぎ行くのを実際の時間以上に長く感じる。2頭同時というのは体力よりも理力よりも心が削られる戦いだった。それでも誰も食われず慎重に細かく攻撃を繰り返す狩竜人たち。そして粘りに粘った結果が実を結んだ。


「うりゃああ!」


 白緋のハルバードを持った少女が気合の雄叫びとともに駆けつける。他の狩竜人たちも走って応援に来ているが、少女の走りに着いてこれるのは少し後ろを走っている黒藍の長剣を持った少年だけだった。


 一瞬にして戦況は変わる。体の柔らかい少女は普通なら骨がどうにかなりそうなほど間接をよじって渾身の一撃をレイダークに与える。大きく切り裂かれた炎竜の脇腹から血が噴き出す。黒い刃が同じ箇所を切り裂く。尻尾が根元から刈り取られてレイダークはたたらを踏んだ。


 一斉にボウガンの矢が残りの1頭に襲いかかる。あとは狩竜人たちが攻勢に出るだけだった。ソフィアとエルとラグレスの3人だけが前に出て、残りの狩竜人は次々と惜しみなく麻痺矢を放つ。ほとんどが25段以上の者で構成された臨時の戦団が、炎竜を一方的に虐殺する。


 最後の1頭を仕留めたのは入り口が見えるほど村に近い場所だった。完全に動かなくなった竜を見て、狩竜人たちは無事に村を守りきったことに安堵する。


 しかし安堵したのも束の間だった。全てのレイダークを排除したにも関わらず、なぜか大地を揺らす地響きが止まっていないことに狩竜人たちは気がついた。


「え、なに……まだいるの?」


 狩竜の最中に大型竜から目を離すことは禁物だ。それゆえに戦団ドルブンの10人を除く30人の狩竜人たちは東から迫っている脅威に気づけなかった。


 レイダークの群れは東に向かって突き進んでいた。足を止めずに走り回ってくれたおかげで、ある程度分散して戦うことができた。レイダーク8頭も相手にして犠牲者なしだったのは奇跡ともいえた。しかしやはりおかしかったのだ。


 狩竜人たちは戦いの最中で違和感を覚えていた。狩竜人たちに向かってくるのは、まるで逃げるのに邪魔だからそうしているような行動だった。普段なら人など餌としか見ないレイダークが、じっくり構えることなく焦っているかのように感じていた。そして残念ながらそれは正しかった。


 




 ドルブンは3頭のレイダークを狩ったあと、残りは手を出すまでもないと村の東からゆっくりと村へ向かっている。そしてこの集団が地響きに最初に気づいた。


「なんだありゃ……おいおいでかくねえかあれ?」


 それは4足で立つ竜にしては足が長く、頭の位置がかなり高い。人の背では到底届かないところに4本の角が生えた顔がある。


「竜……なのか。おい、誰か知らねえのか?」


 鈍く光る金属のような質感のものが竜の体を包んでいる。それは体毛にも見えるが実際は鱗が細く変化したものだ。くすんだ銀色をした糸状のそれが分厚く体全体を覆っている


「見たことねえぞあんなの」


 レイダークの巨体よりもさらに大きい体躯を持つ竜は、レズレンに現れることのないはずの竜種だった。


「まさかあれ……銀糸竜じゃねえか?」


「ルヴィリスイール! ふざけんなっ、なんであんなのがここにいるんだ」


 ドルブンの取り巻きたちはその竜の正体に取り乱した。銀糸竜ルヴィリスイール。それは南の大地にしかいないはずの大型竜だった。ここのところレズレン周辺で竜種の活動が鳴りを潜めていたのも、レイダークが群れとなって逃げていたのも、その元凶はただ1頭の竜にあったのだ。


「てめえらなにしてんだっ。さっさとボウガン準備だ!」


 ドルブンは戦団の仲間に命令するが誰もすぐには動かなかった。ルヴィリスイールの持つ糸状の鱗は、矢などの鋭いだけで軽い攻撃を全て防いでしまう最悪の竜種だ。


「し、しかしドルブンさん……あんなの無理ですって。とにかく逃げましょう」


 自分たちの放った矢など分厚い銀糸の鱗を貫通しそうにない。そう感じた取り巻きは戦おうとするドルブンに異を唱える。しかしドルブンはそんなことは許さなかった。仲間とも思っていない狩竜人を平手で殴る。


「うるせえっ、とっとと準備しやがれ! 俺の命令が聞けねえってのかっ」


 及び腰になった取り巻きは正しい。無理だと思うなら逃げるのも狩竜人の仕事だ。しかしドルブン1人に頼りきって生活していた狩竜人たちは言うことを聞くしかなかった。


 ドルブン自身もルヴィリスイールに出会ったのは初めてで、絶対の自信があるわけではない。しかし馬鹿にしていた若い狩竜人2人が大活躍していたのがドルブンの目にも入っており機嫌が悪かった。


 特に少女のほうは欲望の餌食にするつもりだったのだ。戦いのあとの女はどんな美酒にも勝るこの上ない快楽。しかしせっかく見つけた自分好みの女が相当強いとなると、強引な手に出るにも面倒臭い。ただただ自分勝手に傲慢極まりない大男は腹を立てていた。


 そうとしか動けないのか強者の余裕なのか、ルヴィリスイールはゆっくりと歩みを進める。


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