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ドラゴン・イェーガー ~狩竜人賛歌~  作者: 井藤 きく
7章 少年と少女は競う
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7-1

 

 夕暮れ時、まだ協会には多くの狩竜人が残っている時間のはずだった。レズレンの狩竜人はほとんどがレイダークを相手にできる精鋭揃い。それなのに元々協会にいた者たちには依頼されず鐘が打ち鳴らされた。


「ようお前さんたち。なかなか頑張ってるみたいだな」


 年の割りに軽い感じのラグレスと、その妻で美人狩竜人として有名なユニス。2人とも若い3人の狩竜人に偉ぶることなく親しく接してくれる。


「俺たちレズレンでの緊急招集は初めてなんですが、結構のんびりした雰囲気ですね」


 緊急事態発生の鐘が鳴ったにも関わらず、落ち着いた雰囲気が協会内に漂っている。


「もう職員から知らせがあってな、大半の狩竜人は今回は自分は必要ねえって分かってんだ。さっきのはほら、あそこに頭1つ抜けてでかい男がいるだろ。あいつを呼び出すための鐘みたいなもんだ」


 ラグレスが示した方向には背の高い中年の男がいた。男としては珍しい長さの黒髪が後ろで編まれている。背負った斧は長さも大きさも桁外れなのだが、その並外れた体躯を考えれば見合っているとも言えた。


 その男を囲むように大小のボウガンだけを背負った9人の狩竜人。剣や槍などがなければリグトン1頭ですら狩るのは難しいのに、間違いなく大男以外はボウガン以外の武器はまったく持っていない。役割分担している戦団にしてもおかしな集団だった。


「ソフィアはあの男に近づいては駄目よ。あなたみたいなのが目に止まったら言われることは分かりきってるからね」


 ユニスはそういってソフィアに注意をうながす。ラグレスもそれに賛同するように渋い顔でうなずいた。


「あの、近づいちゃ駄目ってなんでですか?」


「女好きなの。それもとんでもなく傲慢な奴。あなたみたいな可愛い子が近づいたら嫌な思いしかしないわ」


「ああ、なるほど。じゃあ近づかないようにします」


 自分の容姿に自信があるのでソフィアはあっさり納得する。過去には一方的に好意を持たれて嫌な思いをしたこともあるので、素直にユニスの言葉に従う。


「大きい人ですね。あの人を呼び出すために鐘が鳴ったってことは、すごい狩竜人なんですか? 」


 自分よりも頭1つ以上大きな狩竜人にエルは目を奪われた。狩竜人は理力を上手く使えればソフィアのように女性でも活躍できるので、体の大きさが強さの証というわけではない。しかし大きな体を持つことは大きな筋肉を持つことであり、その優位性は間違いなかった。


「まあ確かに狩竜人としてはすごいんだがな……あの大男はドルブンって奴でな、取り巻きのボウガン抱えた連中と10人で1つの戦団だ。戦団の名前もまんま戦団ドルブン。1人だけ突出して強くてあとの連中はおまけみたいなもんだ。奴はハイウェスラルですら数が少ない35段の狩竜人だからな」


 以前シロノが教えてくれたので、35段という段位の意味をエルもソフィアも知っていた。30段に到達すれば一流と言われており狩竜の腕だけで段位があがるのは35段までと言われている。それ以上の段位は実力がどうこうよりも功績を表す名誉段位の意味合いが強くなってくる。なので35段というのはこれ以上ない強さを持っていてもおかしくない段位だ。


 協会は最高で50段まで設けているが、そこに到達した者は過去に1人。その1人は500年程前に現在の狩竜人の戦い方の基礎を作り、協会の原型をも作った英雄と呼ばれる男だけだ。それは狩竜の実力が別格で授けられた段位ではなく、英雄の死後にその功績を称えて最高段位という特別枠を作って与えられたものだ。


「ただ強いのは認めるが人としては絶対にお近づきにはなりたくないね。俺が目の前にいても平気でユニスに粉かけてくるような男なんだよ」


 ラグレスの顔はさらに渋いものになる。


「うわあ、さすがですねユニスさん。結婚してても言い寄られちゃうんだ」


 ユニスは苦笑いで答える。


「本当に嫌なのよ、あんなのに寄ってこられると。他の男なら旦那から乗り換えようかと考えるけどね。ガイツ君もエル君も良い男だし」


 そんなことを言ってユニスはガイツとエルを困らせる。ラグレスは勘弁してくれと懇願しているが顔は笑っていた。この夫婦の間ではよくある冗談なのだと分かって3人とも笑う。


「それであの鐘はなんの知らせだったんですか。緊急招集には違いなんですよね?」


「ああ、人食いのレイダークだ。残念ながら狩竜人が1人食われたらしい。ただ1頭だけだそうだから俺らの出番はないと思うぞ。ドルブン1人で片がつく話だ。多分もうちょっと待てば解散の指示が出るだろ」


 ラグレスは戦団の10人なら、ではなくドルブン1人で片がつくと言った。安定してきたとはいえ普通のレイダーク相手に3人でかかる白緋の女神からすると信じられない話だった。


 ラグレスの予想通り、すぐに協会職員が事情を説明して狩竜人たちにひとまずの解散を告げる。ドルブンは面倒臭そうにゆっくりと協会の出口に向かってくる。歩き出すとその体躯の大きさがよく分かった。長身のガイツよりも頭半分は背が高く体の厚みは倍ほども違う。ガイツは背が高い分細く見られるが、決して狩竜人として貧弱な体つきではない。ドルブンは顔つきも体つきも人から恐れられるような風貌だった。


 これから人食いレイダークの狩竜に向かうというのにドルブンはまるで緊張感がない。なにかを探すように協会内をゆっくりと歩いてくる。それを見てユニスは嫌な予感がする。そしてドルブンは協会の出口から離れていたはずのソフィアを見定めた。


「くははっ、お前に間違いねえな。噂以上の上玉じゃねえか。おいそこの女、ちょっとこっちに来い」


 ユニスの予感は当たってしまった。


 1ヶ月の間にレイダークの狩竜3頭。レズレンでは他の戦団でもよくある程度の実績で、別段珍しいことではない。しかし白緋の女神は3人という少なさと団員の構成が若すぎたために充分に目立っていた。


 普段は滅多に協会に顔を出さないドルブンの耳にも、白緋の女神に美しい少女が所属していることが届いていた。緊急の鐘の音が鳴ったので狩竜に出ていなければ必ずいるだろうと踏んだドルブンは噂の若い女狩竜人を探していたのだ。


 ソフィアは自分がドルブンに声をかけられていることに気づかなかい。それも当然だった。これから緊急の狩竜依頼に向かうというのに、女に声をかけようなどと考える狩竜人は普通いない。しかしドルブンは平気でそういうことをする男だった。


「おい、なに無視してんだ。そこの白緋のハルバードの女だっ」


 白緋のと言われてようやく自分のことだと気づく。あまりに酷い物言いにソフィアは怒るよりも呆然としてしまった。ドルブンは進行方向を変えて出口に向かわずソフィアのほうへと寄ってくる。


 手間隙かけて容姿を気にする若い女性の中に混ざってもソフィアは目立てるほどに美しい。その容姿で狩竜人だというのは相当に珍しかった。ドルブンはソフィアに近づき、その美しい顔を確認すると下卑た顔つきで不敵に笑う。そして前触れなくソフィアの顔に手を伸ばした。


「ちょっと!」


 ユニスが慌てて止めようとするが、ソフィアは見知らぬ男に顔を触られそうになって黙っている性格ではない。勝手に体が反応してドルブンの右手を勢いよく叩き落とす。


 ドルブンは一瞬なにが起こったのか分からずに呆然とするが、すぐに顔を赤くして怒りの表情を浮かべる。ラグレスもユニスも、周りで見ていた狩竜人もこれはまずいと感じた。


「てめっ……」


 先ほどとは違い暴力的な勢いでドルブンの手がソフィアに伸びる。そして今度はソフィアが手を出す前にもっと力強い腕がドルブンの手をつかんだ。戸惑いと怒りの表情が混ざったエルだった。


「あの、止めてもらえますか」


 力強くつかんだはいいがエルの口調は大人しい。ソフィアに伸びた手に嫌悪感を感じてとっさに行動したが、そのあとのことまで考えていなかった。強引にエルの腕を振り払ったドルブンはさらに顔を赤くさせて、悪意を持ってエルに向かって拳を振り上げる。今度はガイツがその腕にしがみつく。


「あんた狩竜に向かうところだろう? こんなとこでなにをするつもりだ」


 強気なガイツの口調に周囲はさらに慌てる。ガイツは涼しい顔をしているものの、実際は腕1本をかなり必死になって止めていた。少しでも力を込められたら軽く吹っ飛ばされそうなほどにドルブンの腕力は強い。そしてよく耐えていたガイツだが、ドルブンの太い腕にあっけなく投げ飛ばされる。建物に穴があきそうなほどの勢いでガイツが壁に叩きつけられた。


 エルはそれを見て今度ははっきりと怒りの表情を浮かべる。エルが竜以外の相手に敵意を持ったのは、父親だった男に手をかけて以来だったかもしれない。


「やめろ馬鹿っ、なにをするんだ!」


 ソフィアは怒り心頭といった感じで、今にもドルブンに殴りかかりそうだったが、珍しく荒い口調のエルに驚いて止まった。


 ドルブンは若い狩竜人が自分に馬鹿と言い放ったことで、美しい少女よりも投げ飛ばした青年よりもそちらに目が向く。拳だと簡単に死にそうだと思い平手でエルを殴りつける。しかしエルは大きく振られた平手などあっさりと見切ってかわした。竜以外から自分に向けられた敵意を含んだ暴力というのは、やはり幼い頃に父だった男に殴られて以来だった。


 大男は顔を真っ赤にさせ、エルの胸倉をつかんで引き倒そうと両手を伸ばす。しかしその両手をつかみ返してエルは踏ん張った。狩竜人同士の喧嘩は絶対にあってはならない。なぜなら竜をも殺す力を人に向けて振るえば簡単に命を奪うからだ。エルは怒りと混乱のままに抵抗するが、殴ったりしてはまずいと感じる。


 しかしドルブンはお構いなしだった。両手をつかまれたら今度は脚を出そうとする。エルはそれに気づいて両腕に力を込めてドルブンを押し返した。今度は周りが呆然とする。ドルブンよりも頭1つ小さいまだ少年といえる狩竜人が力比べで勝ったように見えたからだ。


 ドルブンの敵意はもはや殺意に変わっていた。ラグレスが慌てて仲裁に入ろうとするが、正直止められる自信はなかった。そこでようやく協会職員が大声で2人を制止した。


「ドルブンさん止めて下さい。ここで揉め事なんか起こしたら今度こそ規則違反で懲罰ですよ!」


 しかし職員の声を無視して暴れようとするドルブンを、今度は戦団の仲間が止めに入る。


「ドルブンさん、今から緊急の狩竜なんだ。どうか抑えて下さい……お願いしますから」


 ドルブンの仲間は及び腰になりながらも一斉に大男にしがみつく。ソフィアとエルは仲間なのに随分と下手に出るんだなと不思議に思った。協会職員が何人も駆けつけてきて、さすがにドルブンもまずいと思ったのか少し大人しくなる。


「おい女! お前が今晩俺んとこに来りゃあ許してやらあっ。そうしねえとその弱そうな仲間がどうなっても知らねえぞっ」


 ソフィアに向かってドルブンは怒鳴りつける。そして乱暴に扉を開け放って9人の仲間を引き連れて狩竜に向かった。


 ソフィアもエルも、転がっていたガイツも呆れて口が開いたままだ。あまりに唐突に始まった揉め事に当事者だというのに頭がついてこなかった。


「な……なんだありゃあ」


 ガイツがぽつりとつぶやいた。ソフィアもエルも同じ気持ちだった。ラグレスとユニスは、とにかく一旦は揉め事が終わったことほっと溜め息をつく。しかしこの先に起こりそうなことが容易に想像できて2人とも気分は重かった。


「ガイツさんっ、大丈夫?」


 正気に戻ったソフィアとエルがガイツに駆け寄る。


「ああ、別に怪我はしてないが……しかし……なんなんだあいつはっ」


 ガイツは徐々に怒りが込み上げてくる。投げ飛ばされたのもエルと取っ組み合ったのも一瞬のできごとで、ここまで怒る暇もなかった。


「やっちまったな。まあしょうがねえ、お前らに否がねえのは誰が見ても明らかだからな。ただ面倒臭いことになるってのは覚悟しといてくれ」


「ラグレスさん、なんなんですかあいつは?」


 エルも怒りが収まらず口調は荒っぽいままだった。ラグレスの顔は珍しく暗い。


「ああいう奴だとしか言えねえ。まあしかし今回は酷かったな、いくらなんでもちょっと予想してなかったぜ」

 

「ソフィアが気に入られすぎたわね……私も甘く考えてたわ。考えたら最近はレズレンに私以外の女狩竜人がいなかったのよね。だから問題にならなかっただけかもしれない」


 女好きといっても程度は様々だが、ドルブンの場合は目をつけた女が自分のものにならないと我慢ができない質の悪いものだった。強い狩竜人ならば女は自然と寄ってくる。それに増長しきったドルブンは、女全てが自分のものだと言わんばかりに態度も大きくなっていた。


 強い狩竜人だからといって普通はドルブンのようにはならない。むしろ強さを持つほど人に対しても余裕が持てるので、強い狩竜人ほど人格者ということが多い。しかし何事も例外はあった。実力が飛び抜けているだけに厄介な大男は協会でも悪い意味で扱いに困っている狩竜人だった。


 どう考えても悪いのはただ1人なのだが、関係のないはずの協会職員が3人に頭を下げて謝る。元協会付きとして協会側の大変さが分かっているガイツは、職員には責任がないからと引き下がらせた。


 3人は気分が悪いままに協会を出る。食事の途中だったことを思い出すが、3人ともそれどころではないほどに腹が立っていた。


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