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ドラゴン・イェーガー ~狩竜人賛歌~  作者: 井藤 きく
1章 少年と少女は出会う
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1-5

 

 竜種の聴力は人と同等かそれ以下と言われているが、視力と嗅覚は人と比べ物にならないほど優れている。ネスアルドも例外ではなく、すぐさま自分に向かってくる2つの影に気づいた。気づかれずにそっと近づいて、などと元々考えていない2人はお構いなしに森を駆けネスアルドとの距離を詰める。しかし内心2人ともまずい、という思いを抱えていた。組んだはいいが相手のことが全然わからない、と。


 狩竜対象が明確な場合、狩竜人は必ず事前に打ち合わせをする。経験値や一緒に組んでいる期間などで打ち合わせの内容に差はあるが、それは絶対に怠ってはならない。出会って間もない2人が特に相談もしないままに竜に突っ込むなど、もし他の狩竜人が知ったら馬鹿か阿呆かと罵られてもおかしくない愚行である。お互いが知る相手の情報として、ソフィアは特異体質でボウガンが使えない。エルはボウガンが多分使える。見ての通り武器はハルバードと長剣、脚力は2人ともかなりすごい、以上である。


「ちょっと引いててっ、私がやるからっ」


 ソフィアは横に並んで走るエルに叫ぶ。ここまでの気の弱そうな言動からして簡単に引き下がるだろうと思った彼女だったが、意外にもエルは軽くうなずくと渋々といった感じで2、3歩分だけソフィアの後ろについた。なんだか顔つきが全然違う。下がったエルの顔をちらりと見て彼女はそう感じた。さっきまでのおどおどした印象はまるでなく竜を見据える眼光は鋭い。なんだそんな顔もするのね、と少しだけ見直す。


 エルは走りながら器用に腰のボウガンに麻痺矢を装填して左手に持つ。ネスアルドは近づいてくる2人を凝視している。距離にしてあと50歩というところでエルはボウガンを構え、ソフィアはハルバードを両手に持ち半身の姿勢をとって止まる。ネスアルドは何かを吐いたり飛ばしたりはしないので、まだ2人と竜の間にはお互い一呼吸分の距離があることになる。


 2人が止まった瞬間、それを見計らっていたようにネスアルドが動き始める。ネスアルドの体はするすると木々の間をすり抜けるように動く。エルがボウガンの狙いを瞬時に定め引き金を引こうとした瞬間、ソフィアは真正面からネスアルドに飛びかかった。


「えっ待っ……」


 エルは肝を冷やした。彼女は自信があるようだというのは分かっていた。道中の脚力といい特異体質というのも本当だろうし、身のこなしも軽そうだとは感じていた。しかしまさか人の4倍はあるネスアルドに真正面から飛びかかるとは思っていなかったのだ。危ない、と感じたエルはとっさにボウガンを投げ捨て急いで飛び出す。しかし彼の心配は杞憂に終わった。


 ネスアルドは頭をヘビのように高く上げ大口を開け、向かってきたソフィアを丸飲みする勢いで襲いかかる。それをソフィアは軽く避けるとネスアルドの細長い体の真ん中あたりにハルバードを突き刺して、そのまま強引に振り下ろした。細長いといっても全体が長いのでそう見えるだけで、胴回りは大人2人でようやく抱えきれるほどに太い。ソフィアはたった一撃でその太い胴の半ばまで切り裂く。しかしネスアルドにとっては、というより竜種相手では、そこまで深く切り込んでも致命傷にはならない。ネスアルドは切り裂かれた瞬間に反撃に出る。今度は頭をソフィアとは逆に向けて、振り払うように尻尾でなぎ払う。まともに当たれば押しつぶされる。よくてもかなりの勢いで弾き飛ばされるような一撃。しかしソフィアは素早く距離を取り回避する。そしてネスアルドから視線は外さないままにエルに怒鳴る。


「ばかあっ、危ないじゃないのっ」


「ごごご、ごめんなさい」


「ったく何考えてるのよもうっ」


 実はソフィアは一旦距離など取らなくても仕留めることができた。反撃を最小限の動きでかわして、そのまま半ばまで切り裂いた部分にもう一撃入れてネスアルドの胴体を完全に断ち切ってしまうつもりだった。それをしなかったのはエルのせいだ。ソフィアに続いて飛び出したエルが、ネスアルドの攻撃範囲にいたのが目に入り慌てて距離を取ったのだ。いい顔できるじゃない、とさっきちょっとだけ見直されたエルの評価は、数瞬のネスアルドとの攻防の間に地に堕ちた。


 エルが飛び出してソフィアに近づいたのはソフィアを助けるためだった。彼女が危なくなる前に力ずくで投げ飛ばしてでも何でもして、とにかく大怪我だけは回避させなければという思いで取った行動だ。しかしそんな気遣いは彼女の邪魔になるだけ。エルはようやく理解した。彼女の身のこなしはエルがこれまでに見た何人かの低段位狩竜人とは一線を画す、とんでもない反射神経と理力を兼ね備えた異常と思えるほどの動きだった。その異常さは、多分きっと自分と同じくらい。そうエルは感じた。


 そしてネスアルドは再び襲いかかる。すでにソフィアが切り裂いた腹の傷の修復を終えて。


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