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ドラゴン・イェーガー ~狩竜人賛歌~  作者: 井藤 きく
6章 少年と少女は話す
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6-1

 

 9月の初め。まだまだきつい日差しが照りつける中を、大きな荷物を背負った3人の狩竜人は東に向かう。目的の村まではあと少しだった。


「そういえばガイツさんが南を目指すようになったきっかけとかあるんですか? 狩竜人ならハイウェスラルには憧れても、それより南って皆あんまり興味ないですよね」


「そうだな、両親が竜の被害で死んだってのがまずあったな。孤児院には物心つく前に来る子どもが多いが、俺はもう7歳だったから親のこともよく覚えてて小さい頃は竜というだけで憎んだもんだ。他にも色々本や人の話に影響も受けて、竜種根絶のために南を目指すために狩竜人になったってとこだ。正直言うと未知の大陸への憧れってのもあるが」


 危険を冒してまで国と協会が南方遠征団を送り出す主な目的は、新たな竜種への対抗手段を見つけだすこと。具体的には竜種に有効な毒を見つけることだった。


 竜種が南から侵攻を始めて600年。いまだ人の知る竜に効く毒は黄牙竜シュブイールが持つ毒だけだ。それも毒といってもどれだけ打ち込んでも死には至らない、ただ数秒ほど動きを止めるだけの麻痺毒。もしも竜ですら死に追い込む毒が見つかれば、北イリシアの地は人の手に完全に取り戻されると期待されていた。


 元々は人が足を踏み入れない南イリシア大陸だけに生息していた竜種。毒が見つかるとすれば南の大地に違いないと思われるが南方遠征団が発足してすでに200余年、手がかりすら得られていない。それでも人々は諦めていない。ただひたすらに600年前の竜のいない平和なイリシアの復活を目指していた。


「やっぱちゃんとした理由ですね。私たちみたいに本読んで憧れてっってのとは違うなあ」


「そうでもないさ。俺も読んだことあるぞ、南の大地の冒険。子ども向けの本だから誇張や間違いも多いらしいが、あれを読んで憧れる気持ちもわからんでもない」


 エルとソフィアの夢の元となった『南の大地の冒険』は書かれてから200年近くが経つ。著者は第3回目の南方遠征団に加わっていた竜学者。北イリシアでは見られない壮大な風景や強い竜との戦いの描写が多く、子どもでも読めるように配慮された文章で書かれている。


「あっエル! あそこに高い台みたいなのが見えるよ」


「うん、レズレンまでもうすぐだね。あの見張り台に交代で人が立って、レイダークが来たら知らせるんだ」


「へえ、炎竜の村って言うだけあるわね」


 3人は大街道の東の終着点からさらに北東に細い道を進みレズレンの村に向かっている。ここまで来るとすれ違う人は狩竜関係者がほとんどだった。レズレンに用のあるのはそういう人ばかりということだ。


 レズレンから東は南北に連なる大山脈となっており、その山々の向こうに人の住む街や村はなく竜の楽園となっている。その大山脈が竜をさえぎってくれているから、人はなんとかこの辺りでも住めるのだ。それでも山を越えてやってくる竜がいて、それをレズレンの村に在籍する狩竜人が食い止めている。レズレンを失うと東から徐々に竜種に侵されていくことになるため、イリシアの人々にとって重要な拠点だ。


 村はフェネラルと同じように竜除けの効果のあるサルティスの木で囲まれているが、その木の数はフェネラルよりもずっと密度が高く植えられている。元々サルティスはイリシアの北部にしか生息していない常緑樹であり、フェネラルよりも寒いレズレンでは育ちやすい環境にある。


「ほえええ、思ったより人が多いわね。結構ごちゃごちゃしてる」


「本当だな。村というが街の規模と変わらないじゃないか」


 ガイツとソフィアは物珍しそうに村の中を見渡す。フェネラル近辺では街の外にも村々に人が散って生活しているが、レズレンの近くには他の集落は少ない。それは1箇所に固まっていないとあっという間に竜にやられてしまう過酷な環境のせいだった。どこか殺伐とした重たい空気が流れている、比較的竜の少ない街で生まれ育ったソフィアはそう思った。


「先に宿を探すか、それとも協会に行きます?」


「先に協会に顔を出そう、もう昼過ぎだし、夕方になれば混むのはどこの協会も一緒だろう」


 エルがレズレンにいたのは12歳になる少し前まで。自分が思っていたよりも村のことは忘れていないようで、なにがどこにあるかもはっきり覚えていた。


 レズレンの狩竜人協会の建物はフェネラルよりも小さめで、しかしフェネラルよりもかなり新しい石造り。ガイツは村の家々も比較的新しいことに気づいていた。ガイツはこのレズレンが8年前に多数のレイダークが押し寄せたことで壊滅的な被害を受けたことを知っている。さすがに8年前の爪痕は残っていないが、それでも垣間見える部分もあるのだと感じていた。


 協会で戦団が移動してきた旨を伝えて、シロノから渡された狩竜歴などが書かれた書類を渡す。基本的に戦団が街や村を移動するのは自由だが、どこの協会担当地域にいるかの所在登録と宿などの拠点は知らせる義務がある。

 

「そうだ。団長ってガイツさんがやったほうがいいんじゃ?」


「なに言ってんだ、お前らが作った戦団だろう。誰が入っても中心となる狩竜人は変わらんものだ」


「そうよ、エルが団長でいいのよ。まあ確かに団長とは誰も呼ばないけど」


 協会職員に団長は誰かと聞かれて、エルは久しぶりに自分が団長であることを思い出した。ソフィアも久しぶりに思い出し、ガイツは聞いてもいなかったことに気づいた。3人の戦団では誰が団長でもあまり関係なかった。


「さて、宿のお勧めはあるか? といってもエルもこの村は子どもの頃以来か」


「そうなんです。僕も村に来たのは6年ぶりくらいで、宿の評判は分からないですね。フェネラルと違ってあちこちから狩竜人がたくさん来ますから宿の数も多いんです」


「ほんとに狩竜人っぽい人が多いわよね。フェネラルとはちょっと雰囲気が違うわ」


 狩竜人の他にもソフィアの目につく人たちがいた。やけに派手な格好の女性が目立つのだ。ソフィアも娼婦の存在くらいは知っている。最初に見かけたときはそういう仕事をしている人かと思ったが、似たような女性があまりに多いことに気づいた。


 今も3人の横をすれ違った綺麗な女性が、良い匂いのする香を漂わせてエルのほうをじっと見つめている。昼日中から客引きでもするのかなと、少しソフィアはもやもやした気分になる。フェネラルでもそういった人はいたがレズレンとは数が違った。そしてその女性は3人が通り過ぎたあともエルから視線を外さなかった。


「エルミスト? ねえあなたエルミストでしょ!」


 その女性は3人に向かって走ってくる。そしてエルの顔を覗きこむと、人違いじゃないと確信してぎゅっと抱きついた。


「なっ……」


 エルは驚いて絶句する。ソフィアはもっと驚いている。


「ああ、間違いないエルだわ。生きてたのね……こんなに立派になっちゃって」


「え……もしかしてネイファさん?」


 ネイファと呼ばれた女性はうなずいて、エルの顔を両手で愛しそうに撫でる。エルよりもずっと背が低いネイファだが、その両手は小さな子どもをあやすように優しい。


「ふふっ、良かったわ分かってくれて。あたしはおばさんになっちゃったもんね。でも娼館の皆も本当に心配して探したりしたのよ、あなた急にいなくなっちゃうんだから」


「ごめんなさい……娼館の皆にはあんなにお世話になったのに。えっとネイファさんは今も?」


 娼館という言葉とエルが世話になったという言葉が頭の中で結びつかず、ソフィアは2人の会話を聞いて混乱する。故郷に戻れば知り合いくらいはいるだろうと思っていたガイツも、まさか娼婦の知り合いがいるとは想像しておらず驚いていた。


「ううん、3年くらい前に良い人に出会えてね。身請けしてもらえたの。他にも良い人見つけてここを出ていった娘なんかもいるけど、でもまだラマイン姉さんとかポリアとかは元気に働いてるわ。それよりあなたよ。その格好、狩竜人なんでしょ? 生きてたってだけでも嬉しいけど、あなたこんなたくましくて良い男になっちゃって」


 ネイファは確かめるようにエルの体に触れる。正気に戻ったソフィアが、抱きついたまま話す2人を引き離そうとエルの袖を掴む。


「ちょ、ちょっとエル……」


 言葉が続かずにソフィアはぐいぐいと引っ張るだけ。ソフィアの本気で不機嫌そうな顔に気づいて、エルはネイファをそっと押して体から離した。


「ごめんなさいね、お仲間の前で。あら、すごい可愛い子ね。エルの恋人?」

 

「い、いや全然違うからっ。狩竜人仲間のソフィアとガイツさん。実は今日レズレンに来たところなんだ。ここで経験を積もうと思って」


 全力で否定するエルをソフィアはなんとか無反応でやりすごす。ここで反応したら負けた気分になりそうだと思ったのだ。

 

「そうだったの。あれ、でもあなたまだ狩竜人に成り立てくらいの年じゃない?」


 元娼婦のネイファは狩竜人のことに詳しい。この街で娼婦が取る客はほとんど狩竜人なので当然だった。逆に多くの娼婦がいるのは多くの狩竜人がいるからに他ならない。


「はい、今年認可をもらったばかりの1年目です」


 1年目の狩竜人がわざわざこの村にやってくることはまずない。ハイウェスラルと違って在籍するのに段位制限はないが、15段未満の狩竜人が来ても回ってくる依頼は少ないからだ。ネイファはもちろんそういうことも知っている。


「1年目って……大丈夫なの?」


 エルは恥ずかしそうに大丈夫だと言ってうなずく。


「こいつとソフィアは1年目ですでに15段なんです。ネイファさんとおっしゃいましたね。実は俺たち宿を探してるんですが、どこか良い宿があったら教えてもらえませんか?」


 ほかっておくと道端で延々と話しそうだと思って、ガイツが如際なく話を進める。元娼婦なら宿も詳しそうだという期待もあった。


「あらっ、じゃあ是非うちに来て。あたしと主人で宿屋やってるのよ。小さいけど協会からも近いしエルとそのお仲間だもの、安くさせてもらうわよ」


 狩竜人は大概長く滞在するので、信用できる人が営む宿を取るに越したことはない。初めて来た場所でも仲間の知り合いの宿なら安心だとガイツは快諾する。

 

 ネイファはエルミストと最初に呼んだ。ソフィアはそのことが気になっていた。お互い全てを話しているわけではない。ソフィアだってまだエルに話してないことはある。でもそれは話したくないことではなくて、聞いてほしいけど話す機会がなかったことだけ。本当の名前くらいは本人から聞きたかったとソフィアは思った。


 レズレン行きをガイツが提案したときにエルが少しだけ暗い顔をしたことはソフィアも覚えている。しかし今は旧知の女性の元気な姿を見て喜んでいた。その喜ぶ姿を見てやっぱりここに来て良かったと思う反面、もう少し自分には色々話してほしいかもと、今度はソフィアが暗い顔をした。


 ネイファとその夫がやっている小さいが朝飯付きだという宿に拠点を構えて、3人は炎竜の村での狩竜生活を始める。


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