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ドラゴン・イェーガー ~狩竜人賛歌~  作者: 井藤 きく
1章 少年と少女は出会う
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1-4 

「早くても今日の夕方になると思ってたが随分早く来てくれたな、助かるよ」


 陽気そうな村の男性が案内役を買って出てくれたので、2人はすぐにネスアルドの目撃された場所に案内してもらうことにした。協会でシロノから、歩いて半日くらいかかる距離だから今からなら暗くなる前には着けるわね、と言われていたが暗くなるどころかまだ陽は高い。正午少し前にフェネラルの街を飛び出て、2人がフェズの村に着いたのは太陽が真南を少し過ぎた辺り。日没までは充分に時間がある。歩いて半日の距離を一体どんな短時間で走りきったのか、その非常識ぶりが窺えた。


「それにしても可愛い狩竜人さんが来てくれたもんだ」


「あの、ちゃんと協会で依頼を受けているので安心してください」


 協会認可を受けた女性狩竜人の割合は全体の8分の1程度。女だと心配なのかなとソフィアは思った。


「ああすまん、疑ったわけじゃないんだ。協会が寄越してくれた狩竜人なんだから信頼してるさ。狩竜人ってのは気の良い連中は多いがむさ苦しい野郎ばっかりだと思ってたもんでね、うちの娘と同い年くらいの綺麗なお嬢ちゃんが来て驚いたってだけで。余計なこと言っちまったな、気を悪くしないでくれ」


 男性はそう言って朗らかに笑った。協会が狩竜を一手に請け負い狩竜人に依頼する、というのは数百年に渡る信頼の積み重ねがあって成り立っている。男だろうが女だろうが協会から狩竜人が来たからにはもう安心、と思ってもらえるほどにイリシアの大陸に住む人々から信頼を寄せられているのだ。


 村人たちは竜が出たということで何人かが周囲を警戒するように見張りに立っていた。普段なら畑仕事に精を出すか羊の世話を焼いている時間だろうが、竜が出たというだけでそれもままならなくなる。直接的な被害が出ていなくても仕事の手を止められて間接的に村人の生活に打撃を与えてしまうのが竜種だ。イリシア大陸に住む人々は竜種の出没に慣れてしまっている。だが慣れてはいても竜種に立ち向かえる人の数は多くないし、被害がなくなるわけでもない。ただ恐怖することに慣れてしまっただけで恐怖を拭いきれたわけでもない。


「蛇竜が出やがったのは昨日の昼頃。村から距離があるとこだが、今の時期羊の餌場にしてる原っぱの近くなんだ。このままじゃあいつらを柵に閉じ込めとかにゃならんし、羊が育たなきゃ俺らも干上がっちまうからな」


 羊たちは普段外に出してもらえる時間に閉じ込められて、仕方なく狭い柵の中にわずかに残った草を食んでいる。


「あっ子羊ちゃんだ。美味しそう」


 そう言って笑顔で柵の中の子羊に近づくソフィア。思わずエルは驚きの表情で彼女を振り返る。子羊にちゃんをつけるのはいい。なんであれ小さい生き物というのはそれなりに愛らしいものだ。近寄ってみたくなる気持ちもわかる。子羊を美味しそうと言うのも分かる。羊は大人よりも子羊のが匂いが良く柔らかくて美味だとされる。ただそれは肉になってから言うことではないだろうか。子羊をちゃん付けで呼んでおいて後に続く言葉が美味しそう。間違ってはない、間違ってはないのだが何かが違う。食欲は人の数倍ある大食漢のエルだが、それでもソフィアの美味しそうという言葉には首を傾げた。


「うははっ、肉になる前の羊見て美味そうと思ったこたねえがな。嬢ちゃん腹減ってんのか?ちょっとしたもんでよけりゃすぐに食うもの用意できるが」


 自分でも思わず美味しそうなどと口走った彼女はそういえば、と急いで宿を飛び出したので朝から何も口にしてないことに気づく。確かに腹は減っているが、しかし今は狩竜優先だと考えた。ネスアルドは頻繁に移動することはないと言われている。目撃された場所が村から離れているのなら、すぐに家畜や人に直接被害が及ぶ可能性は低い。ただ放っておけばいずれ家畜と人の匂いを嗅ぎつけて近づいてくる。明日明後日は大丈夫だろう。5日後6日後も大丈夫かもしれない。しかしその間、近くに竜が出たというだけ日々の仕事は滞り村の生活に影響が出てしまう。


「大丈夫です、早速ネスアルド探しにいきたいので案内お願いしますね」


「そうか、じゃあ案内しよう」


 ソフィアもエルもひよっこではあるが狩竜人の心構えというのは十二分に持っていた。




「あそこの川のとこだな、蛇竜が出たのは」


 2人が案内されたのは村から丘を1つ越えた森の近くの川だった。川といっても人が両腕を伸ばしたくらいの幅しかない小川だ。川のほとりの土の柔らかい部分に大きなものを引きずったような跡があり、確かに蛇竜がいたのだと分かる。


「見たのは俺ともう1人の男でな。遠くからだったから大きさまではわからんが、這いずった跡を見ると胴回りは大人3人分くらいの太さか」


 蛇竜はその名の通りヘビに似た姿形の竜である。4本の足があるがいずれも短く、這いずるように動くので普段の移動は人と比べても速くはない。ただし獲物を見つければ、細長い体全体を鞭のようにうねらせて飛びかかる。その一瞬の動きは素早く、普段鍛錬を積んでいる狩竜人ならまだしも普通の人では到底避けきれない。体長は人の4倍から大きなもので5倍以上。大人でも簡単に一飲み出来るほどに大きく開く口と、体当たりだけで人の体など簡単に潰されかねない太い胴を持つ。


 見た目も動きの特徴もヘビっぽくはある。ただヘビやトカゲに似ていても竜は竜。竜種と他の生き物では大きな隔たりがある。それは大きさという点でもそうだが、それ以上に竜が人々から恐れられ苦しめられる理由があるのだ。


「まだ陽が沈むまでにゃ時間はあるが、どうしても今日中にってわけでもないしな。今日は狩竜人さんも気負わず探してくれや。村長の家に部屋用意してあるし、あんまり豪華な飯は無理だが羊肉ならたっぷり出せるぞ……って、2人ともどうかしたのか?」


 2人の若い狩竜人は蛇竜の這いずった跡を見つけてからは、話を聞きながらも周囲を見渡していた。その2人が急に同じ方向をじっと見つめたかと思うと、おもむろにそれぞれ背中の武器を手に取る。


 ソフィアはハルバードを覆っていた革袋を取り外し放り投げる。男性は見事なハルバードを見て思わずおお、と感嘆のため息を漏らす。普段武器といったらボウガンしか手にしない素人から見ても、ソフィアのハルバードは美しく存在感のあるものだった。さらにそれを美しい少女が手にすることによって、画家の描いた一枚絵のような雰囲気を醸しだしている。


 エルはボウガンを背中から外すとすぐに手に取れるように腰に引っ掛けなおし、長剣を抜き鞘を地面に置く。その長剣を見て男性は思わずおい、と驚きの声を上げそうなる。一応置いてはあるが普段使われない村にある剣よりも粗末なんじゃないだろうか、ボウガンに至っては間違いなく村の装備のが物が良い。そんな思いが男性の頭をよぎる。


「いた」


「いました」


 男性は2人の言葉に驚き視線の先を目を凝らして見つめてみる。が、その方角には静かな森があるだけで何かが動いた様子も生き物の気配も感じられなかった。2人の顔と視線の先を交互に見やるが、何度見ても森はいつも以上に静かだとしか思えなかった。


「えっと蛇竜……なのか?」


 男性の目は悪くない。むしろ良いほうだ。2人の視力が異常なだけで。


「はい、おじさんはここにいてくださいね。ちょっと行ってきますんで」


 何とも軽い感じでそう言うと、ソフィアは大地を蹴って走り出す。エルも彼女とほぼ同時に動き出した。


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