表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴン・イェーガー ~狩竜人賛歌~  作者: 井藤 きく
4章 少年と少女は進む
34/94

4-7

 

「エル、どうしよう」


「どうしようって……どうしたらいいんだろ」


 先日起きた緊急事態。六角竜アングイールの群れが街の北方で暴れた影響が思わぬ形で出た。緊急事態発生で足止めされた商団たちが、3つも同時にフェネラルに到着していたのだ。商売するほうからすれば客の奪い合いで良いことはないが、客からすれば普段より物が安く手に入れられる良い機会。街の大通りはこれまでにない賑わいを見せている。


 多くの人が買い物を楽しむ中。エルとソフィアは荷物を抱えて、とぼとぼと歩いている。


「あああぁ、なんで商団がこんなに来てんのよっ。なんで私たちがお金ないときに限って、もうっ」


 ソフィアは落ち込んでいたかと思うと、今度は急に怒り出す。金がなくて買い物ができないことを嘆いているわけではない。


「1ヶ月分の前払いできないなら出てけって、ちょっと酷いよね」


「ちょっとじゃないわよ、あんなの商売人の風上にもおけないわ。どうせ商団の人に部屋貸せって言われて、それで高額で貸すつもりなんでしょ。信じらんない」


 エルとソフィアは、正確にはソフィアだけだが、以前と同じ過ちを繰り返していた。大商団の予定外の来訪のせいで、目先の金にくらんだ宿の主人に追い出されたのだ。常宿してくれる狩竜人のほうが長期的に考えて金を落としてくれそうだが、残念ながら2人の泊まっていた宿の主人は商売には向いてないようだった。昼過ぎに狩竜を終えて帰ってきた2人は、宿なしになって途方にくれていた。


「他の宿なんて、取れるわけないよね。こんなに商団たくさん来てるのに」


「そもそもこの街、狩竜人受け入れの宿が少なすぎよ」


 確かにソフィアの言う通り、フェネラルは地元出身の狩竜人が多く宿が少ない。しかしそんなことを言っても、今さらどうにもならなかった。なんとか宿を確保しようと手当たり次第宿を回ってみるが、当然すべて満室だった。


「駄目だあ、まさか野宿なの。狩竜に出てるわけでもないのに、なんで街で野宿なのよお」


 狩竜に出ていて仕方なくの野宿なら、ソフィアも文句を言うつもりはない。ただ、体を休める拠点もなしに生活するのは耐えられなかった。


「協会に行って相談してみる? 建物内に泊めてもらうとかできないかな」


「恥ずかしいけど、それしかなさそうね。行ってみましょうか」


 人混みにあふれる大通りを協会へ向かう2人は、途中で知った顔を見つけた。人混みの中でも簡単に見つけられる、頭が1つ抜けた長身の男。


「あ、あれガイツさんだ」


「ほんとだ。おーいガイ……」


 ソフィアは声をかけようとしたが途中で止めてしまう。ガイツの姿にとてつもない違和感を覚えたのだ。


 ガイツは女性から好かれそうな容姿をしている。少しつり上がった鋭い目付きは冷淡な印象もあるが、涼しげで知的な印象とも言い換えられる。長身なので細身に見えるが、もちろん狩竜人らしく筋肉に覆われた肉体だ。


 そのガイツの背中には大人でも入れるほどの大きなかご。そこには満載された芋や野菜。右手には肉となった豚1頭。左手にも食料が入っていそうな大きな木箱。首からは紐で吊るされた鶏。


 理力体力に優れた狩竜人でないと持てない量の食料を必死に運んでいる。主婦ですらそこまで外見を気にせずに食料を運ぶことはないだろうという姿。知的にも見える狩竜人がそんなそぐわない格好だったので、ソフィアは声をかけるのをためらったのだ。しかしガイツのほうは自分の姿を気にすることもなく、エルとソフィアを見つけて声をかける。


「よう、2人とも。今日は休みか?」


「いえ、今日は早くに依頼終わって帰ってきたんですが……えっとガイツさんのその格好は」


 ご機嫌そうな笑顔のガイツに、エルは思い切って聞いてみる。


「いやあ、商団がこれだけ来てるだろ。お互いに値切りあっててな、かなり安く買えたんだ。豚も野菜も普段より3割は安かったぜ」


 良い買い物ができたと言わんばかりの満足気な表情は、完全に主婦のそれだった。


「その量は一体……」


「ああ、うちは大人数だからな。今は成長期のガキが多いから食う量増えやがって、これでも何日も持たんだろうな」


「ガイツさん子どもいるんですか? しかも何人も?」


 別に子どもがいてもおかしくない年齢に見えるが、さすがに成長期の子どもがいるようには見えなかった。


「あほか、俺は独身だ。それよりお前らも大荷物だな。宿替えでもするのか?」


「いえ、実は僕たち宿を追い出されちゃって……」


 エルとソフィアは事情を説明する。確かに目先の金のために従来の客を追い出す宿が悪いが、なぜ1ヶ月分の宿代が前払いできないのかとガイツは不思議になる。段位が低くてもレイダークを狩れる腕。金に困るはずはないだろうとガイツは思った。


「ちなみに宿の名前は、なんてとこだ?」


「エイダルの宿屋ってとこです」


「ああ、南区域にあるあそこか。フェネラル2大悪評判の宿の1つだな」


「そ、そうなんですか?」


 ガイツはフェネラルで育っており、街にも詳しかった。2大悪評判の宿のもう1つは、ソフィアが前に追い出された宿だ。ソフィアが以前追い出された宿といい今回といい、2人の宿選びは絶望的なまでに間違っていた。


「なるほど、事情は分かった。どうせ商団がこんなに来てちゃあ他に宿は取れんだろ。俺の家に来るか?」


「いいんですか?」


「ああ。協会からは遠いし古いとこだが、客を泊める部屋はある。ただし金は取るがな」


 2人は助かったとばかりにガイツの言葉に甘える。エルが豚を、ソフィアが木箱をガイツから持てと渡されて、3人ともに均等に大荷物を抱えてガイツの家に向かった。


 街の西の外れ、大きな平屋の建物がエルとソフィアの目に入ってくる。


「あそこだ」


「え、あれって……竜災孤児院?」


 エルとソフィアは建物の盾と矢の紋章に気づいた。


「そうだ。宿屋ってわけじゃないが、決まった金額を取って客を泊めることもあるから遠慮はいらん」


 国の資金で建てられていることを示すその紋章は、各地に建てられた竜災孤児院には必ず描かれている。どれだけ協会と狩竜人が頑張っても、イリシアで竜による犠牲者がなくなることはない。保護者が竜の犠牲となった子どもを預かる施設として、国の資金と篤志家の寄付で竜災孤児院は運営されている。


「ガイツ兄ちゃんだあ、お帰りなさい」


 外で遊んでいた小さな子どもたちがガイツを出迎える。子どもたちは知らない顔のエルとソフィアに、誰だといった目を向ける。


「おう、ただいま。この2人今晩泊まる客だから、お前ら全員で客用の部屋の準備しろ。もう皆できるだろ?」


 子どもたちは仕事を与えられたのが嬉しいのか、ガイツの言葉を聞いてすぐに笑顔で建物に走っていく。


「えっとガイツさんが、ここの孤児院の責任者とか?」


「いや、狩竜人の片手間にそれはできんさ。手伝い程度はするが責任者は他にいる。俺はここで育ったから、そのまま居ついてるだけだ」


 15歳までに孤児院は出なければならないので、ここで育ったガイツも今は金を払って泊めてもらっている立場。つまり客としてきた2人と同じだとガイツは言う。


 子どもたちが建物内に入っていくと、代わりに中からエルやソフィアと同年代の女性が出てきた。


「お帰り兄さん、お客さんだってね。そちらの2人?」


 小柄で柔らかい雰囲気の女性はガイツを兄と呼んだが、顔も印象もまるで似ていなかった。エルとソフィアが挨拶をすると、彼女はヴィスタと名乗った。兄といっても血の繋がりはなく、同じ施設で育っただけだとヴィスタから聞いて2人は納得した。


「ソフィアはヴィスタの飯の支度を手伝え。エルは豚を切り分ける手伝いと、あと薪割りもだな。男手があるってのは良いことだ」


 孤児院に寄付などをしてくれる賓客ではない限りここではそういう習慣だとガイツは言って、エルとソフィアにも遠慮なく仕事を与える。危うく宿なし生活になるところだった2人は、それくらいならと進んで手伝いを始めた。


「エル、結構さばきなれてるな」


「イノシシとかヤマドリとか、食える獣や鳥はいつもさばいてたんで」


「……山奥にでも住んでたのか?」


「はい、そうなんです。狩竜人の認可受ける前は、東の山奥に住んでたので」


 人擦れしていなさそうなエルを見て確かに山育ちっぽいかと思うガイツだが、ふと出身地のことを思い出す。


「あれ、だけどお前……レズレンの村出身と言ってなかったか? だからレイダークも狩ったことがあるって。レズレン辺りは平地だろう。山と言ったらそっから東しかないんじゃないか?」


「ええ、小さい頃はレズレンで育って。それからレズレンの東の山辺りで暮らしてたんです」


 当然のことのように話すエルに、ガイツは言葉の意味を一瞬理解しかねる。豚をさばきながらエルの生い立ちを聞くと、そんな馬鹿なとガイツは驚き呆れた。もし一緒にレイダークを狩っていなかったら信じてなかっただろう。しかしこの一見頼りなさそうな若い狩竜人の実力を知っているので逆にガイツは納得する。


 普段女性といったらシロノくらいしか話さないソフィアは、久しぶりに同年代のヴィスタという女性と知り合えてはしゃいでいた。


「びっくりしちゃった、ソフィアが狩竜人だなんて。武器持ってるからまさかと思ったけど。こんな綺麗な狩竜人っているのね」


「えへっ、でもヴィスタのが絶対もてるわよ。私なんてほら、最近腹筋割れてきちゃって。小さくて可愛いって感じのヴィスタみたいなのが絶対受けがいいもん」


「えーそうかな。ソフィアみたいに背が高いほうが格好良いのに。さっきのエル君ってソフィアの恋人なの?」


「いやいやいや、違うから、ないからそれは。あいつは狩竜人の仲間。まあ大切な仲間だけど、そういうのはないから」


 ソフィアとヴィスタは一瞬で仲良くなって、きゃあきゃあと話しながら料理をしている。男には聞かれたくないし、男からしても聞きたくない会話をしながら。


 夕刻。子どもたちと一緒になってソフィアは騒がしく遊んでいる。怖くない人だと分かると容赦なく絡みついてくる子どもたちにエルは戸惑っている。最近は2人で食事を取るのが当たり前になっていた。騒がしい食卓はソフィアにとって家族を思い出す懐かしいものであり、エルにとっては新鮮で心から温まるものになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ