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ドラゴン・イェーガー ~狩竜人賛歌~  作者: 井藤 きく
4章 少年と少女は進む
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4-6

 

 翌日。丸1日休むことにしていたエルとソフィアは、のんびりと寝過ごした。疲労もあってか10時の鐘の音でようやく体を起こす。そして昼過ぎの空いた時間を狙って協会に行くまで、いつものようにどうしたら南行きの夢まで辿り着けるかと話していた。


「えっと、半年で6段上がったんだから15段まではあと9ヶ月の計算かあ」


「いやソフィア……色々間違ってる。最初は0段じゃなくて1段、僕たちは今6段で半年で5段上がった計算だから。あと段位は上になればなるほど昇段しにくくなるって、シロノさんも言ってたじゃない。そんな単純計算はできないよ」


「細かいわねえ、大体合ってるからいいのよ。それにレイダーク狩ったんだから、昇段するでしょ」


「昇段っていまいち仕組みがわからないけど、さすがに6段のままってことはない気がするね」


「焦るなってガイツさんには言われたけど、やっぱり早く15段の目標は達成したいわね」


「ガイツさん昇段の最年少記録って言ってたし、もっと話を聞かせてもらえないかな。協会付きの狩竜人って普段協会にいるのかな?」


「そうね、色々聞きたいわね。でもあの人、ほんと便利よね。なんだかんだ色々教えてくれるし。ってエル、なんかふらついてない。大丈夫?」


「そろそろ腹が減りすぎて、つらい」


 話の途中にエルの空腹は限界に達し、協会に行く前に食事に出かける。前の晩遅くに街に帰り着いたせいで、2人ともろくな食事は取っていなかった。レイダークの報酬がきっと高額だろうと踏んで、昼間から豪勢な食事を選ぶ。普段の3倍以上の金がかかった食事で、当然手持ちはかなりあやしくなる。しかし2人とも今から協会行って報酬もらえるのだからと、全く気にしない。


 静かな昼下がりの協会。しかしこの日は職員も狩竜人も皆が2人に声をかけるので、人が少ないわりに話し声が飛び交う。そして窓口に顔を出すと、そこにいた職員を押しのけてシロノがやってきた。


 シロノはそれなりに古株の職員で立場も偉いのだと、最近になって2人は気づく。いつも綺麗なシロノのことを20代前半だとソフィアは思っていたが、案外もっと上なのかもと心の中だけでつぶやいた。


「2人ともやったわね、やっちゃったわね! ああ、こんな日がこんなに早く来るなんて……」


 自分が引き合わせた2人の活躍に、シロノは感極まっていた。いかに協会全体が送り出した3人のことを心配したか、いかにレイダーク狩竜の報告に沸いたか、シロノは身振り手振りを交えてその感動を2人に伝える。


「シロノさんのおかげです。シロノさんに会ってなかったら、私もエルも多分全然前に進んでなかったと思いますから」


 エルも同意するようにうなずく。そんなことないわよ、とシロノは口では謙遜しつつ内心は、2人を最初に組ませた自分の慧眼を自分で褒め称えていた。


「さて、私も仕事しなきゃね。といっても今日は伝達事項だけなの。レイダークの狩竜だと報酬も凄い額になるから、昨日の今日で払えないのよね」


「えっ、そうなんですか。それっていつ頃になります?」


「そうね、5日以上かかるってことはないから安心して」


 まずいという表情をした2人をシロノは見逃さなかった。この2人が稼ぎのわりに金が手元に残っていないことを、最近シロノは気づき始めていた。協会職員の仕事の範疇ではないと思いつつ、シロノはおせっかいを焼く。


「あなたたち結構稼いでるけど、あんまり無駄遣いしないようにね。冬になればどんな狩竜人でも稼ぎは少なくなるから、そこに向けての貯えとかも考えておいて」


 素直にうなずく2人。年齢のわりに突出した実力を持つだけに、同年代と比べて手にする額も大きい。レイダークの報酬で金銭感覚が狂わないかとシロノは心配する。しかし元々2人の金銭感覚は狂っているので、その心配は的外れだった。


「報酬っていくらくらいですか? 僕ら全然想像つかなくて」


「そうね。まだ買取額が決まってないけど、緊急依頼は割高になるし最低でも180,000エニィはあると思うわ」


「じゅうはち……」


 エルは絶句する。山奥での暮らしが長かったため、まだ子どものような金銭感覚のエルにとっては想像もできない額だった。ソフィアも驚きの声を上げるが、元々家が金持ちなために金額の大きさに対する驚きではない。自分たちのこれまでの狩竜とは桁が違うことに驚いていただけだった。


「今まで2人が手にした額と比べるとかなり大きい額だから、計画立てて使うようにしてね。じゃあ次は昇段のことね」


「はい、実はすっごい気になってたんです! 10段まで一気に上がっちゃったりとか、ありますか?」


「ふふっ、それは内緒よ。というよりこれは私もまだ分からないの。6段の狩竜人がレイダークを狩るってことは想定されてないから、協会の偉い人たちと会議して決めるのよ。多分こっちも5日以内には決まると思うわ。楽しみにしてていいわよ」


 シロノはどれくらい上がるかは明言はしないが、楽しみにというところを強調して言ったので2人の期待も高まる。


「あ、ガイツさんっていつも協会にいるんですか? 色々聞いてみたいことがあって」


「今はいないけど、大体3日に1回くらいは丸1日協会にいるわね。今日は休んでいいって言ったんだけど、あの子真面目だから。定期調査の仕事に行っちゃったのよ」


 ガイツですらあの子呼ばわりで、ソフィアはますますシロノの年齢が分からなくなった。2人は昇段の期待に胸を膨らませ、財布の中はしぼんだままに協会を出た。


「エルはどうする、このあと。」


「ゴディオンさんのところに。剣を見てもらいに行かないと」


「ああそっか、ちょっと欠けちゃったんだっけ」


「うん、レイダーク相手はさすがに鉄剣じゃ厳しかったみたい。でも前の剣じゃ最初から刃も通ってなかったと思う。やっぱり良い剣だよ」


「ガイツさんも鉄製だって言ったら驚いてたもんね。じゃあ私は服でも見に行こっかな。団のお金は? 報酬がまだ先ってのは痛いわね」


 レイダークの報酬を見込んで食事で浪費したので、明日は確実に依頼を受けないとまずいくらいに財布は軽かった。


「えっと、今日は宿代払わないといけないから、それ考えると残り……200エニィかな」

 

「なんでこんなにお金ないんだろう……ほとんど毎日働いてるのに」


 金がないのは稼いだ分だけ使っているという単純な理由でしかない。


「200エニィじゃどうしようもないね。これ、ソフィアが使っていいよ。買い物行くんでしょ」


「え、いいの?」


「僕はまだ自分の手持ちが多少あるから」


「ありがとっ、レイダークの報酬が入るまでちょっと我慢ね」


 2人は別れてそれぞれ目的の場所へ向かう。ただこの日は、大きな商団がフェネラルにやってきていた。色とりどりの衣服や装飾品、良い匂いを漂わせる食べ物が2人を誘惑する。




「おう、エルか。やりやがったじゃねえかお前。噂になってるぞ」


 ゴディオンは笑顔でエルを迎える。クライオンから白緋の女神の評判は聞いていたが、まさか1年目の狩竜人がレイダークを倒すとは誰にも予想できない。自分の打った武器を振るって活躍してくれれば、それは鍛冶師にとっても名誉だ。ゴディオンも若い狩竜人の活躍を喜んでいた。


「はい、ゴディオンさんの剣のおかげです。で、すいません。早速剣に無理させてしまって」


「どれ、見せてみろ。っとこりゃ見事に欠けてやがんな。まあ当然か。むしろ鉄剣でよくレイダークなんざ切れたもんだ」


 ゴディオンは剣を受け取り軽く研ぐと、これは預かりだなと言う。


「えっ、預かりって。時間かかっちゃいますか? 武器はそれしかなくて、明日からは狩竜に出たいんですが」


「なんだ、レイダーク狩ったんだから5日でも10日でも休みゃあいいだろ。じゃあほら、こいつ持ってけ」


 ゴディオンはエルに持っていたのと似た形の長剣を渡す。エルは財布の中身を考えて焦った。


「あの、ごめんなさい。もう1本剣を買う余裕がないんです」


「わははっ、別に売りつけたりしねえよ。預かる代わりに貸すだけ、代金も余分に取ったりしねえから安心しろ。その代わり、うちの鉄剣でレイダーク切ったって宣伝してくれ」


 腕は良いが金にはがめついと評判のゴディオンだが、珍しく気前の良いことを言う。宣伝になるほど、エルとソフィアのやったことは価値のあることだった。


 剣の修理代金も後払いでいいと言ってくれたので、エルは少しだけ財布に余裕があった。しかしいくらなんでも宿代すらぎりぎりの状態で、余分な買い物をするほど馬鹿ではない。エルは自分でそう思っていた。商団が出した露店で、大通りが埋め尽くされた光景を見るまでは。


 少しだけと思って露店に並ぶ串焼き肉とハチミツパンを買ってしまったエル。昼に大量に食べたのにその食欲は底知れなかった。これ以上は駄目だと自制するをエルだったが、普段は気にもしない装飾品を並べる露店が目に入る。女性用の綺麗な品が並べられたその露店に、色気より食い気のエルが用などないはずだった。しかしその品の中の、白く光る首飾りがエルは気になった。


「おう、いらっしゃいにいさん。恋人への贈り物かい?」


 気さくに話しかけてくる店主に、エルは必死にそうではないと否定する。店主は狩竜人らしいと見抜いて、見た目より金はありそうだと売り込みを始める。こんな店で立ち止まったことすらないエルは、つい話を聞き入ってしまう。


「あの、これって」


 エルは気になっていた首飾りを指差す。


「お目が高いね、にいさん。そいつは白緋鉱をあしらった首飾りだ。綺麗だろう。人気の細工師が作ったもんで、多分すぐに売れちまうだろうな。日が暮れる前には残ってないかもしれん。どうだいにいさん。気に入ったんなら1つ、安くしとくよ」


 すぐに売れてしまうなどという台詞は、商売人の常套句でしかない。しかしエルは本気で信じた。店主が提示した金額はぎりぎりだったが、剣の修理代を待ってもらったことで払えない額ではなかった。エルは生きてきた中でも最高の勇気を振り絞って、財布の紐を緩めた。




 ソフィアは、彼女にしては珍しく暗い顔をしながら大通りを歩いている。


 ガイツが治してくれたおかげもあって、怪我などなかったかのようにエルは元気だ。それでも、レイダークの一撃がエルを弾き飛ばした光景を思い出すたび、彼女の体に寒気が走る。自分の判断の誤りが、エルの命を一気に追いつめたことは心に深く残ったままだった。


 謝ってもどうせエルのことだ、気にしないでと言われるのは分かっている。自分が気にしている姿を見せれば逆にエルに気を遣わせる気がして、朝から普段通りに振舞うように心がけていた。


 レイダークの報酬が入らなかったので、普段通り彼女の懐は寂しい。消耗品である、身に着ける下着と石鹸を買ったらそれで空になる。しかし彼女は商団が開いた女性用の衣服を扱う店は素通りして、いつもは用のない男性用の品を多く扱う露店に足を向けた。


 これは詫びではない。詫びのつもりだと余計な気を遣わす。前に身だしなみは私が気を遣うといったから、その通りにするだけ。あいつはそういうの下手だから。私がしないと。ただそれだけだから。


 そんな自分に対するいい訳を、いくつも何度も心の中で繰り返しながらエルへの贈り物を見繕う。自分の物なら女性にしては珍しく即決即購入するソフィアだが、他人の物と思うと迷いに迷った。結局日が暮れそうになるまで迷って、防具の下にも身に着けられる夏用の藍で染められた服を買う。買い物が大好きなはずのソフィアが、服1枚買うまでに疲れきっていた。


 買い物が長引いたせいで、宿に帰り着いたのは日が暮れてから。2人が同時に宿に着いて、同時に遅かったねと声をかけて少し笑う。相手の顔を見た途端に急に恥ずかしくなったエルとソフィア。選びに選んだ贈り物は、2つともそれぞれの鞄の底に隠すように仕舞いこまれる。


 少し前ならきっと気軽に渡せていたはずの贈り物。しかし今は少しだけ特別な意味がこもってしまったせいで、渡すのにはまだ時間がかかりそうだった。


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