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鉱山周辺には木々が少ない。遠くまで目が届くのが幸いして、鉱山で働く人々は早い段階で炎竜レイダークの接近を知ることができた。山道を避難する大勢の人たち。その最後尾にいたのは年老いた狩竜人だった。
「ガイツ、ガイツか!」
「ジッカートさんっ、あなたが率いてくれてたんですね」
老狩竜人は協会付きの狩竜人の顔を見つけて、少し胸を撫で下ろす。なんとか大勢を率いて逃げてきたが、誰かの助けがなければ絶望的な状況だった。
ジッカートと呼ばれた白髪の老狩竜人の顔を見て、ガイツのほうも少しだけ安堵する。ジッカートはかなりの高齢で前線には出なくなっているが、以前はフェネラルでも有数の狩竜人として名を馳せた人物。老いたとはいえ、避難民の誘導を任せるには充分信頼の足る狩竜人だ。
「たまたまな、仕事じゃなしに知り合いに会いに昨日から鉱山に来とったんじゃ。いや、無駄話しとる場合じゃない。レイダークがすでにこっちに向かってきとるはずじゃ。まず悪い知らせとして、逃げるときにありったけ麻痺矢を射っとる。奴に麻痺矢はもう効かん。良い知らせとしてまだ犠牲者は出ておらん。老いぼれの矢が刺さるくらいじゃ、人食いにはなっておらんはずじゃ」
「分かりました、ジッカートさんはこのまま避難民の護衛をお願いします」
「うむ任せろ。しかしお前さんと若いの2人だけか。ダンビスたちは来ないのか?」
「街の北方でも大規模な避難が必要な緊急依頼が発生してます。そっちに人手が取られていて……」
そのとき、大きな足音が近づいてくるのを誰もが感じ取った。
「くそっ近いな……今のわしじゃ邪魔にしかならん。わしも今できる限りのことはする。ガイツも後ろの2人も絶対に無理するでないぞっ」
3人はうなずき、避難民とは逆の方向に走り出す。山道は鉱石を運ぶためにそこそこ広いのが災いした。レイダークの大きな体でも充分通れる道幅だったので、ジッカート率いる避難民たちをまっすぐ追いかけてきてしまっていた。麻痺矢を射ったということは、ボウガンが届く距離まで一旦は迫られたということ。経験豊富な狩竜人がその場にいなかったら、被害は計り知れないものになっていたところだった。
「この先に少し広い場所があるはずだ、そこで迎え撃つぞ。このままだと避難する人に追いつかれる。とにかく時間稼ぎだ」
「はいっ」
同時に返事をした2人が、それぞれ背中の武器を手に取り余分な物を放り捨てる。せっかく借りてきたボウガンだったが、それも麻痺矢が効かないとなれば意味を成さない。ガイツがボウガンを置いたのをみて、エルもそれに倣った。
鉱山の石捨て場らしき広い場所に出ると、炎竜レイダークの姿が見えてきた。盛り上がった背中や、人など簡単に踏み潰す太い4本の脚が、体長以上に体を大きく見せている。元々濃い草色の鱗は、変色してほぼ黒一色に見える。黒い鱗はレイダークが長く生きている証拠と言われており、強力な個体であることを示していた。
ガイツが右手に理力を集中させて、先ほど2人に見せたものの数倍大きな光球を作り出す。レイダークの視線が3人を捉える。ガイツが右の手のひらをまっすぐ巨体に向ける。かなり距離があったが、見事に制御された光球がレイダークの目の前に飛んでいく。
「いま!」
レイダークが迫っているのに完全に目を閉じるというのは、必要だと分かっていても恐ろしい。だがエルもソフィアも一切ためらわずに目を閉じて、言われたとおり心の中で1秒数えて目を開ける。レイダークは急に視界を奪われて混乱し、足を止めてその場で暴れ出した。
「うへえ、でっかいわね」
レイダークを初めて目にしたソフィアは、その巨体の威圧感に驚いた。ただ彼女は怯えたりはしていない。初めて見た竜がどんな動きをするのか確認するために、暴れるさまをじっと見つめる。混乱したレイダークは尻尾を振り回しつつ、口から扇状の炎を吐き出す。
「ソフィア、あいつの炎は近づいただけでも熱い。充分に距離を取って」
「わかった」
「もう少し近づいてきたら光球をもう1発射つ。そしてらあいつの背後に回りこむぞ」
エルは左にソフィアは右に散って、レイダークから3人が均等に距離を取る。視界を徐々に取り戻したのか、動きを止めたレイダークが3人の姿をそれぞれ確認するように首を振る。そして新たな獲物として認識すると、まっすぐガイツに向かって突っ込んでくる。
「よし、俺に来るならありがたい」
すでに次の光球を右手で作り出している。視線が自分に向いていれば、それだけ楽に相手の視界を奪える。
「いま!」
再び辺りが光に包まれる。3人は目を閉じたまま走り出している。レイダークは今度は止まらずに突っ込んでくるが、そこにはすでにガイツはいない。3人はレイダークが来た方向へと素早く回り込む。
「いいぞっ。このまま少しずつ引きつけながら3番鉱山へ向かう。そっちに行けば人はいないはずだ」
まったく臆することなく指示通りに動く2人を見て、ガイツは感心した。目を閉じる勇気といい動きの俊敏さといい、ただ時間を稼ぐことなら充分可能だと感じた。3人はレイダークの姿を確認しながら山道を走る。怒り狂って向かってくるレイダークが追いつく前に、ガイツが光球で足止めをする。それを繰り返して、どんどん人里から離れるように誘導いていく。
ただ逃げるだけの3人だが、ガイツはそれ以外の方法を思いつかなかった。なんとか人里から遠ざけて、増援が来るのを待つしかないと考えている。2人の若い狩竜人は想像以上に動けるし、息も切らさずついてくる。それでも攻撃に移ってやられてしまっては、元も子もない。ガイツは自分の非力さを呪いながらも、今できることをするしかなかった。
3人をなんとか食ってやろうと追いかけてくるレイダークが、分かれ道で急に立ち止まる。レイダークが3人を無視して、別の方向へと首を向ける。ガイツは不思議に思い、エルとソフィアは青ざめた。
「人の声だわっ」
ソフィアが叫び、エルがレイダークの注意を引くべく飛び出した。
「ばか、やめろっ」
ここまで完全に指示通りに動いてくれていただけに、急に無謀としか思えない行動を取られてガイツは驚いた。ソフィアが人の声だと叫んだが、まだガイツには人の気配など全く感じ取れていなかった。
レイダークは突っ込んでくるエルを振り払うように、巨大な尻尾で地面を撫でる。ガイツは光球を作り出しているが間に合わない。単純に突っ込むエルの姿にガイツは悲鳴を上げたくなる。しかしエルにとっては無謀な行動ではなかった。
エルはわざと尻尾をぎりぎりで避けて、素早くその先端を切りつける。巨体を持つレイダークにとってはかすり傷程度の一撃だが、それでも間違いなく血は流れた。すぐにエルは距離を取る。しかし残念ながら思惑通りにはいかなかった。気を引くために突っ込んだが、レイダークは他の獲物に興味を向けたまま。簡単に狩れそうな獲物がいれば、まずそちらに向かうのが竜だ。まるで3人をけん制するかの様に炎を吐き出して、分かれ道を別の方向へと走り出す。
「ガイツさん、あっちから人の声がっ」
そんなものは全く聞こえなかったガイツだが、レイダークが向きを変えたことは他の獲物を見つけた証拠だった。狙いを定めて光球を放つ。幾度となく放たれる光に苛立っているレイダークだが、防ぐ術はなく目をつぶされる。しかし視界を奪われたにも関わらず、レイダークは止まることはなかった。狂ったように暴れながら、新たな獲物の臭いのする方角へ走り続ける。
「くそっ、人の声がしたってのは本当か?」
「はいっ、間違いないです。あいつそっちに向かってる」
「分かった。奴相手に一撃くれてやったのは見事だが、絶対無茶だけはしてくれるなよ」
今度は追いかけられる側から、追いかける側になり3人は走る。レイダークが向かったのは閉山された3番鉱山ではなく今も稼動している4番鉱山の方角。そしてそこには2人の若い男女の姿があった。
避難もせずになにをしているんだとガイツは怒鳴りたくなるが、そんな暇はない。向かってくるレイダークに悲鳴を上げて腰を抜かす女。男はそれを見捨ててその場から逃げ出す。
「目を閉じろ!」
ガイツは叫んで光球を弾けさせる。ただレイダークは若い女のすぐ近くまで迫っている。視界を奪えても、暴れて炎でも吐かれたらその時点で女の命はなかった。助けるためにはこちらから攻撃するしか手はなかったが、ガイツはためらった。人食いをとめるために攻勢に出て、こっちが食われては意味がない。
「助けますっ、援護を!」
エルが加速して女の救出に向かう。今度はソフィアがレイダークに突っ込む。ガイツは右手に片手剣を持ち直した分、2人に出遅れる。
まだ視界が戻らず暴れているレイダークに、ソフィアはためらうことなく近づく。白緋鉱のハルバード一閃、尻尾の先端を切り飛ばす。今度はかすり傷程度では済まない攻撃を喰らったレイダークは、その方向に向かって闇雲に炎を吐き出す。炎を吐く前に充分距離を取っていたソフィアだが、その熱さに驚く。炎に巻かれなくても息苦しさを感じるほどに、レイダークのそれは強烈だった。
ソフィアの攻撃の隙に、エルは女を乱暴に抱えて走りだす。男は光球に目を潰され、のたうち回っている。2人の男女を抱えて逃げるのは難しい、攻撃に出るしかないと判断してガイツは腹を括った。エルとソフィアの動きを見て、もしかしたらという思いもあった。硬い鱗をものともせず一撃で切って落とすなど、20段以上の狩竜人でも難しいことをガイツは知っていた。
「そこの男、さっさと立てっ」
ガイツが怒鳴るが、男はまだ目が開けられず立てないでいる。女は泣きながらエルにすがりついている。どうにも邪魔な存在だが、人食いにしないためには見捨てるわけにもいかない。レイダークは視界が戻ってきたのか、今度は転がっている男に目を向ける。
「ガイツさん、攻撃に出ます。守りながらは逃げ切れないっ」
エルが女を振りほどいて叫ぶ。分かっているとばかりにガイツはうなずく。右手の片手剣はしまい、光球を作り出す。
「いいかっ、俺が囮だ。攻撃はお前ら2人に任せる。浅くていい、一撃離脱のみ。殺そうとしなくていいから無茶だけはするな」
無茶をするなと言っておきながら、無茶な要求をしているとガイツは思う。男女がいなければ陽が沈むまででも時間を稼げたはずだったが、今更考えても仕方のないことだった。レイダークが男に向かって走り出す。同時にガイツは光球を放って、エルとソフィアは地面を蹴った。
3人の狩竜人が攻勢に出る。




