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夜明け前のフェネラルの街に、鐘の音が響き渡る。それは近くに危険な竜種が現れたことを告げる鐘であり、狩竜人招集の合図でもある。普段鳴らない時間のそれは、誰もが耳にしたくない響きだった。エルもソフィアも同じ宿に泊まっている狩竜人も、皆一斉に起きて準備を始める。街の人々も心得ており、協会に向かう狩竜人に食べ物や飲み物を無償で手渡す人もいる。
俗に協会付きと呼ばれる狩竜人たちがいる。協会付きは一定の金額を協会から受け取って生計を立てる代わりに、深夜の協会待機や昼間の待機組でも対応しきれない事態に手を貸す役目を持つ。様々な場面に対処する必要があるので、20段位以上の狩竜人がその役につくことが多い。その協会付きでも対処できない場合、街の鐘は時間に関係なく連続して鳴らされるのだ。そして夜が明ける前に鳴らされる鐘の音というのは、かなり深刻な事態が発生していることが多い。狩竜人たちは街の北にある狩竜人協会へと急ぐ。
「狩竜人の皆さん、北の広い範囲で緊急事態が発生しました。本日は全ての依頼受注を協会の指示に従っていただきます。緊急事態の発生に伴い、他の依頼に回る狩竜人の数も手薄になります。普段より危険な依頼をお願いすることもありますが、どうかまずは自分の命優先で狩竜にあたるようにして下さい」
男性職員が大声で集まった狩竜人たちに繰り返し事情を説明する。一斉に集まった狩竜人は、建物の中ではなく普段は狩った竜が置かれる広場に集められた。エルもソフィアも当然駆けつけている。戦団鋼の扉の団長ダンビスや副団長ウィクラス、他の熟練狩竜人などが協会職員と相談をしている。そこにはシロノや元運び屋のヴェンコイなどの顔もある。
「状況をお知らせします。六角竜アングイール8頭前後の群れ2つが、同時に現れました。すでに昨日の夕方に村の1つが襲われ、壊滅状態になっているようです。村の生き残りの人たちの避難はすでに行われていますが、群れの1つはすべて人食い竜となった可能性が高いと思われます。近隣の村にもすでに避難を呼びかけていますが、夜が明けてアングイールの移動が始まる前までに安全圏までの避難は難しい状況です。人食いになっていないもう1つの群れも、壊滅した村の近くで目撃されています。北の広い範囲が危険地域となっています。アングイール以外の竜の出現も当然考えられますので、多くの狩竜人の手が必要になります。指示を待ってそのまま待機をお願いします」
広場には大勢の狩竜人が集まっているが、誰も騒いだりはしない。話すにしても小声で、職員の情報と指示を聞き逃さないようにしている。普段はなにかと馬鹿騒ぎする狩竜人たちも、職員にお願いされるまでもなく緊張した面持ちで待機していた。
「エルもこういう事態は初めて?」
「狩竜人になってからは、初めて」
「そっか、炎竜の村出身だもんね。私は平和な街しか住んだことないから、夜明け前の鐘も初めて。嫌な音ね」
「うん、嫌な音だ」
相談はまとまったらしく、職員と主要な狩竜人たちはそれぞれに散っていく。この日に限っては一切の節約なく明かりが灯されている。その光に照らされた石段の上に、紙を持った職員が昇った。
「それではこれから読み上げる戦団と狩竜人の方々は、緊急依頼に向かってもらいます。戦団によっては分かれての狩竜をお願いするところもありますので注意して下さい。まずは戦団鋼の扉の総員。続いては……」
次々と読み上げられる戦団名と中段位以上のの狩竜人の名前。20段以上の狩竜人を抱える戦団から優先的に名前が挙がり、次いで実力段位ともにある狩竜人の名前が挙がる。戦団単位で名前が挙がるところには、人食いのアングイール相手だと段位も実力も足りない狩竜人もいる。ただ、普段から連携を取っていれば役に立つことも多い。
「以上が緊急依頼に向かってもらう戦団と狩竜人です。鋼の扉のダンビス団長に詳細は伝えてあります。以降この狩竜はダンビス団長の指示に従って下さい」
挙がった名前の中に白緋の女神はなかった。
「では続いて、北方の事態に次いで緊急性の高い狩竜依頼についての割り振りを読み上げます。こちらは通常の依頼ですが、緊急依頼が発生した都合で普段より危険が伴う依頼をお願いする場合があります。絶対に無理をしないようにお願いします。それではまず戦団……」
協会側も狩竜人の命が危険に晒されないように最大限の配慮をするが、それでもこの日のようにどうしてもという事態は起こる。人の強さなど、竜の恐ろしさの前には曖昧なものでしかない。分かっていても協会は依頼をし、それを狩竜人は受ける。次々と呼ばれる通常依頼を受ける狩竜人たちの名前。そしてそこにも、戦団白緋の女神の名前はなかった。
「今のところ、夜が明け次第出発してほしい通常依頼は以上です。残った狩竜人の方々も、本日は協会に残って下さい。緊急依頼のせいで非常に人員が手薄になっています。まだ夜中ですので今後も依頼は発生します。できるだけ体を休めながら待機するようお願いします」
緊急依頼に向かった狩竜人たちは、すでに大街道を北に越えて狩竜に向かっている。通常依頼を受けた狩竜人たちも、夜明けを待って出発を開始する。カチカチと狩竜人の担いだ武器が打ち鳴らされる音も、徐々に減っていく。エルとソフィアは悔しさとともに協会の建物に入っていった。
「やっぱり、ちょっとつらいかな」
「うん、思ったよりつらい」
もっと早くに自分たちに足りないものに気づけていたら、この場面で名前を呼ばれる存在になれていたはず。住む場所を追われ逃げている人々がいる現状で、ただ待機させられていることに憤りすら覚える。それは誰でもない自分に向けられた感情だった。
協会内には待機となった狩竜人たちがのんびりとした空気で過ごしている。くつろいでというのは少し違うが、肩の力を抜いて体を休めているのは間違いなかった。経験のある狩竜人たちは、今の自分にできることは依頼に備えることだと理解している。普段寝ている時間に起きたので、床に敷物をして横になる者もいる。それが正しく必要な姿だ。そして2人には正しいと分かっていても、まだできないことだった。感情が昂ぶって、気を抜くということができないままでいた。
夜が明けた早朝の協会は、いつもと違って慌しさはない。ちらほらと発生する依頼を受けて、協会を出ていく狩竜人が時折いるだけだ。だんだんと陽も高くなって夏らしい日差しになる。エルとソフィアはまだ名前を呼ばれていない。ただじっと待つことしかできなかった。
「よお、お前さんら。残されたか」
イスに座って押し黙ったままの2人にヴェンコイが声をかける。現役の運び屋を引退したあとも若い運び屋の指導や犬の育成に関わっているヴェンコイは、今回のような緊急事態の際には運び屋のまとめ役もしていた。大きな竜を持ち上げ運ぶ運び屋は、腕力にも脚力にも優れている。火急の際には避難する住民などを誘導するなどできることも多い。
「はい、残っちゃいました」
いつもの明るさのかけらもない、絞り出したような笑顔でソフィアが答える。ヴェンコイは2人の気持ちを察した。そして周りにいる、他の残った狩竜人たちの顔を見回して少し笑った。
「はっはっ、なんとなくお前さんらが考えてることは分かるがな。しかしちょっと思い違いかもしれんな、それは」
エルもソフィアもなにが思い違いなのか分からなかった。
「ヴェンコイさん、思い違いって……」
「どうせ2人とも今の状況で役に立ててないことを悔しがってる、そんなとこだろ?」
2人はうなずく。腕には自信がある。しかしその腕を認めてもらう努力は怠っていた。それが今の待機という状況になってしまったと思っていた。
「確かに2人ともまだ街にきて間もない。他の狩竜人と組んで仕事する機会もほとんどなかっただろう。だが1年目にしては充分なほど段位も上がっとる。ちゃんとな、見てる人も多い。その点は協会職員を舐めちゃいかんぞ。シロノなんざは優秀な職員じゃ。わしは依頼の割り振りに関しちゃ分からんが、ちゃんと適材適所なんじゃよ」
「でも適材適所で今ここにいるってことは、やっぱりまだ私たちは……」
そのとき、ソフィアの言葉をさえぎるように協会内に緊急事態を知らせる鈴が鳴った。若い2人の狩竜人のの表情は険しくなる。ヴェンコイはいつか鈴が鳴ることを予想していたかのように、1つ大きな溜め息をつく。
「やっぱりか。アングイールが急に大きく移動して人里を襲う場合、他の竜種にも影響することが多いんじゃ。もしくは逆にアングイールが他の竜種に押し出されて、移動を開始することがな」
「そんな、今は強い人たちが出払っちゃてるのに」
「なにを言うか。確かに北方の危険の対処が最優先だが、協会もちゃんと考えて人員を差配しとる。こういう事態にもできる限りの備えはしとるんだよ」
普段は職員しか立ち入らない協会の3階から、背の高い狩竜人が降りてくる。その狩竜人にシロノが駆け寄り、険しい表情で話し始めた。
「あの人は、協会付きの狩竜人ですか?」
「そうじゃ、あいつは若いがやり手だぞ。しかしどんなに強くとも1人では、鈴が鳴るような緊急依頼は厳しいもんじゃ。多分だがな、周りの面子を見る限りお前さんたちだな呼ばれるのは」
2人はヴェンコイの言葉に不思議そうな顔をする。
「今日みたいな緊急事態に余分な戦力は残しておけん。それでも今みたいに鈴が鳴ることはある。アングイールの群れ2つってことで可能性は高かったんじゃよ。だから協会も誰かは残さにゃならんかった」
シロノがいつにない厳しい顔つきで、戦団白緋の女神の名前を呼ぶ。
「ほら、出番じゃぞ。行ってこい」




