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白爪竜リグトンは竜種では最も弱いとされている。それでも戦う術のない人々からすれば、恐ろしい竜には違いない。そして理力が増した人食い竜になれば、その被害はあっという間に広がる。人の味を覚えてかどうかは分からないが、次々と人を襲うようになるのだ。最弱の竜種が一気に危険度を増し、対処も急を要する。
「くそっ、モライスってすぐそこじゃねえか。おい、俺らが行くぞっ」
ダンビスは協会職員に向かって叫び、武器を手に取る。職員は緊急依頼が発生した日の待機組に、ダンビスがいることに安心した。彼は幾度もフェネラルやその近隣の住民を、竜から守ってきた英雄だ。職員は狩竜のほうは一任していいと判断し、すぐに近隣の村の住人の避難に手を貸せる人の手配をする。モライスの村は大街道を西に向かいすぐのところ。フェネラルから近く、サルティスの木の匂いが濃いため竜の被害など滅多にない村だ。安全だという意識がある村では、どうしても対処が遅れがちになる。一刻も早く駆けつける必要があった。
「お前ら、人食いとやった経験は?」
ダンビスの問いにエルとソフィアはそれぞれ否定の言葉を口にする。2人とも狩竜人になる前から様々な竜種を狩ってきたが、人食い竜を相手にしたことはなかった。低段位の2人に回ってくる依頼ではないし、出ればすぐに高段位の狩竜人が対処する人食い竜は、依頼外でも滅多にない。
「じゃあ今日は俺の指示に従え。人食いは桁が違う、同じリグトンだと思うな。駄目だと思ったらすぐに引け。住民の盾になるなり避難に手を貸すなりできることをしろ。分かったな」
ダンビスの言葉に、ソフィアとエルは素直にうなずく。2人の実力を直に見ていない以上、ダンビスも慎重にならざるをえない。ただ狩竜人である以上はできることがあるはずだと踏んで、迷うことなく連れていくことを選択する。4人の狩竜人は急いで大街道を西へと向かった。
「クライオン、剣はなるべく使うな。お前のボウガンの腕なら人食い相手でも充分いける。そっちに徹しろ」
無言でクライオンはうなずく。彼もまた、人食いの相手は初めてだった。クライオンは決して弱い狩竜人ではない。むしろ2年目としてはかなり腕が立つ。エルに似た長剣を好んで使うが、実はそれよりもボウガンを得意とする狩竜人だ。背負っているボウガンも立派なもので、元々エルが持っていた古く小振りなボウガンの倍以上の大きさはある。ダンビスは他にも若い3人にいくつか指示を出しながら西に向かう。そしてモライスの集落が4人の視界に入ってくる。
「くそったれがっ」
ダンビスは思わず叫び、他の3人は青ざめた。村の手前には商団の荷物と思われるものが放置されている。そして散乱した衣服、黒ずんだ血のあと、食べ残しと思われる骨や頭。リグトンの群れ全ての竜が、人にありついてしまっただろうと予想できる惨状だった。
1人2人の犠牲ならば、多数で群れるリグトンの全てが、人にありつくことはできなかったかもしれない。しかし、血と散らばった骨の量を見るとその期待はできそうになかった。竜の死体ならいくらでも見てきた3人の若い狩竜人だが、人の死体には慣れていなかった。群れを探すべく村に踏み込んだ4人は、その居場所を良くない形で知った。女性の悲鳴が上がったのだ。
「あなた逃げてええっ」
4人はすぐに村の中から聞こえた悲鳴のほうへと走り出す。叫んだ女性は男の子の手を引き、5頭のリグトンに追われている。リグトンの爪が今にも母子に届きそうだ。そして女性の視線の先にはうずくまった男性。よく見ると男性はうずくまっているのではなく、その腕の中に小さな女の子を抱えて必死にかばおうとしている姿だった。すでにリグトンは男性を餌としか思っておらず、静かに囲み始める。4人と母子の距離は僅か数秒。そして父娘との距離はその何倍もあった。走れば1分にも満たない距離が絶望的に思える状況だった。
「クライオン!」
ダンビスが叫ぶと同時にクライオンがボウガンでリグトンを打ち抜く。その矢は女性と男の子を狙って飛びかかる寸前のリグトンを見事捕らえた。ダンビスは母子の前に立ちはだかり、まず麻痺矢が刺さったリグトンの首を片手剣ではねる。続けざまにもう1頭を切りつける。クライオンは次射を素早く装填して、他の母子を狙ったリグトンを射つ。
手前の母子ならば確実に助けられる。しかしもっと距離のある父娘は間に合わないかもしれない。ダンビスの豊富な経験が考える前にそう判断していた。かといって父娘の命を諦める性格ではなかった。目の前の5頭を一瞬で狩ってしまえばという、僅かな希望はあった。しかし2頭目のリグトンを切って捨てたダンビスの目に、リグトンの鋭い爪が父親を襲うところが飛び込んでくる。駄目か、という思いがダンビスの頭をよぎる。しかしその瞬間、エルとソフィアが猛然と群れに突っ込む姿が彼の目に映った。
母子はダンビスに任せていいと瞬時に判断して、2人は走り出していた。群れに突っ込み、ソフィアが長いハルバードを片手で目一杯伸ばす。その一撃は父親にその鋭い爪をかけようとしていたリグトンを押すように突き刺した。ハルバードが届いた瞬間、全力で駆けていたソフィアも倒れこむように転がる。ソフィアに押されてよろめいたリグトンの首を狙って、エルが長剣を横一線に振るう。いつもならリグトンの細い首など簡単に飛ばす一刀は骨で止まってなぎ倒しただけであったが、ソフィアが立ち上がる時間は作った。エルの手に、リグトン相手とは思えない硬さの手応えが残る。
「ソフィア、その人たちを逃してっ」
その言葉に反応して、ソフィアは父親の肩に手をかけて掴み起こす。2人の狩竜人と父娘を囲む8頭のリグトン。普通のリグトンならまだしも、この8頭を一瞬にして殲滅するのは難しいとエルは判断した。だとすれば、まずは父娘を逃すのが先だった。
「立ってっ、走るのよ」
娘を必死に守らんとして、体を精一杯に固めていた父親。足をもつらせながら立ち上がって、娘を抱えて走り出す。ハルバードを振りまわしリグトンの囲いを突破すると、ソフィアは父親の背を守るようにリグトンの群れから距離を取った。エルと一緒にリグトンをと彼女は思ったが、エルはそれを目で制した。エルが囲みを突破すると、また父娘を狙ってくる可能性があった。いかに2人とも腕に自信があっても、誰かを守りながらでは武器を振り回しにくい。2人は一瞬目を合わせただけで言葉はなかったが、エルがわざと囲まれたままになっていたことを理解した。
食事を邪魔されたリグトンの群れは、エルに怒りの視線を向ける。群れに突っ込んで父娘を助けたので、すでに八方を囲まれている。一刀で切り落とせなかったことで、改めて人食いと化した竜の強さをエルは実感していた。長剣を振り回して囲いを突破するという選択肢もあったが取らなかった。父娘を確実に助けるためでもあったが、自分なら大丈夫という自信もあった。
エルが長剣に流す理力を高めると、それに反応するように4頭のリグトンが一斉に襲いかかる。そのうちの1頭だけを狙って今度は一刀で首を飛ばす。飛びかかってきた残り3頭は無視して、今度は囲っていたうちの1頭を狙って首を落とす。囲いを突破されたリグトンはさすがに警戒したのか、少しだけエルから距離を取る。
「ソフィアとクライオンは親子の側から離れるな。お前らはそっちに行ったのだけ対処しろっ」
ダンビスの指示が飛ぶ。さすがにフェネラルの街で英雄視されるだけあって、ダンビスは母子を狙っていた5頭もの人食いリグトンをあっという間に葬ってみせた。自身は攻撃しながら、自分が間に合わないと思った父娘を2人が助けたところもしっかり目にしていた。
「ぬははっ、やるなあ坊主。さあ、あの親子は大丈夫だ。存分にいこうぜ」
リグトンの群れと向かい合うエルの元にダンビスが走ってくる。守りながら戦うというのは誰にとっても難しい。弱い者から狙ってくる竜相手ならそれは尚更だ。しかし守るべき親子がリグトンから離れてしまえば、今度は狩竜人から攻勢に出る番だった。しかしエルは一旦自分から距離を取った残りの6頭を不思議に思った。目の前の獲物には容赦なく襲いかかるはずの竜が動かない。なぜなのかと思っていると、村の建物の影から更にリグトンが10頭以上ぞろぞろと現れる。
「なにが10頭以上だ、こりゃ20はいるじゃねえか。まあ以上ってのに違いはねえが」
リグトンがエルに襲いかかってこなかったのは、確実に獲物を狩るために仲間を待っていたのだ。ダンビスが協会職員の曖昧な情報に愚痴を言う。ただその顔に不安はない。エルの顔にも不安はない。鋭い眼差しがリグトンの1頭1頭を捕らえている。そして大きく息を吐き出して、エルとダンビスがほぼ同時に地面を蹴る。
ダンビスは剣を右手で持ち、左手には大きめのバックラーをはめている。これが並の狩竜人なら人食い竜の硬い肉を片手で切り裂くのは難しいだろう。しかしダンビスは片手でも充分に重たい一撃を繰り出して、次々とリグトンの首を飛ばす。攻撃中に他のリグトンから飛びかかられても、左手のバックラーで弾き飛ばすように防いでみせ、一歩も引かずにその場に踏みとどまる。
エルも長剣が悲鳴を上げるほどに理力を高めて、一刀でリグトンの首をはねていく。時折、刃が骨に当たって止まるが、千切り飛ばすように強引に剣を振り抜く。強引なだけに動きは鈍る。エルの体に、避けきれなかった白爪が無数に傷をつけていく。それでもダンビスが凄まじい強さなので、自分が多少傷ついても問題ないと判断して攻撃の手は緩めない。
残り5頭になったところで、一回り大きな群れ長と思われるリグトンが反転して逃げ出す構えを見せる。
「坊主いけっ、残りはまかせろ」
ダンビスの言葉に即応してエルが走り出す。背中を向ける群れ長の後ろから、人とは思えない速さで飛びかかる。首を切り落とすべく、長剣を鋭く横に振るった。そして真っ二つになって飛んだ。折れた剣が。
「なあああっ」
あ、またなのね。遠くから見ていたソフィアはそう思った。




