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「じゃあ早速依頼の紹介をするわ。2人に頼みたいのはフェズの村の近くで目撃されたネスアルドの狩竜、蛇竜ネスアルドね」
「ネスアルドですかっ」
思わぬ竜種の名前が出てきて大声を出すソフィア。蛇竜ネスアルドの狩竜は10段前後の狩竜人がいて初めて受けられる依頼、そう彼女は思っていたのだ。予想通りの驚いた反応を見せてくれるソフィアにシロノは嬉しくなる。
「ええ、ネスアルドよ。新人さん2人に依頼することはあまりない竜種だけど、あなたたちなら問題ないと私は判断したわ。もしかしてソフィアちゃん自信なかった? 止めといたほうがいいかしら……」
「自信たっぷりです、大丈夫です、まったく問題なしです、任せといてくださいっ」
迷ったような表情のシロノを見て、依頼を取り下げられてはならないと鼻息荒く必死に自信満々なことを強調する。ただシロノは、いつも素直で予想通りの反応をしてくれるソフィアを見たくてからかっただけで取り下げるつもりなど最初からなかった。
2人ともネスアルドの依頼は初めてだからしっかり聞いておいてね、と依頼報酬や狩竜に臨む際の細々とした注意事項などがシロノから伝えられる。ここまでまったく存在感なしのエルはその間も相変わらず空気だった。話はしっかり聞いているようだが会話をするのはソフィアとシロノの2人だけ。時折はいと相槌を打つか、わかりましたと了承の意を示すのみ。シロノはこれまでに何度もエルと依頼のやり取りをしているのでいつも通りのエルだとしか思わない。しかし顔は知ってたものの初対面と言っていいソフィアは、エルの会話能力の低さに呆れてさらに不安になる。
「説明は以上ね。2人ともフェネラルに来たばかりでフェズの村と言っても知らないだろうから、依頼表に簡単な地図描いておくわね。まあちょっと遠いけど、大街道沿いを西に行くだけの村だし迷うような場所じゃないから大丈夫よ」
ちょっと方向感覚に自信がなく地図を頼りに歩くことも不得手だとそれなりに自覚しているので、頼りなさそうなエルにはせめて土地勘くらいはあってほしかった、というのがソフィアの本音だ。ただ組むと決めた相手に文句を言うような性格でもなかった。
「エルは武器や荷物なんか準備はいる?」
「あっ、だ、大丈夫です」
「よし、ならすぐに出発するわよ。私走るの速いからしっかり着いてきて。じゃあシロノさん行ってきますっ」
「行ってらっしゃい、無事と成功を信じてるわ」
ソフィアがフェネラルに来て2ヵ月。その間に1人でこなした依頼に狩竜依頼はなかった。街の近辺の竜種が出やすい区域での雑用や、竜がいるかどうかの確認作業などばかりだったのだ。久しぶりにきちんとした狩竜依頼ということで興奮気味になった彼女は、勇んで協会の扉を開け放ち飛び出した。その後から慌ててエルが追いかける。シロノは依頼窓口に座ったまま、他の狩竜人の時もいつもそうするように笑顔で2人を見送っている。
しかし内心はソフィアとエルが組んでくれたことを小躍りしそうなほどに喜んでいた。狩竜人同士が組む組まないは自由であり、緊急事態以外に協会側が強制する規則も権限もない。ただソフィアとエルに出会って以来、1回でいいから組ませてみたいという想いに駆られずっと機会を窺っていたのだ。これを機に期待の2人が良い方向に転がってくれたらいいなと願いつつ、シロノは仕事に戻る。
フェネラルの狩竜人協会は街の北端にあり、協会を出たらすぐに北イリシア大陸を東西に横断する『大街道』にぶつかる。絶対ではないが他の道を行くよりは安全が保障された大街道は、イリシアに住む人々にとって文字通り生命線だ。協会を出て大街道に突き当たったソフィアは右に曲がって勢いよく走り始めた。
「あっあの、ソフィア……さん、待って」
「なに、速すぎる? これでも加減して走ってるんだけど」
「いや、じゃなくてその……」
「なによ、言いたいことがあるならはっきり言って」
気の大らかな彼女だが、さすがに何度も口ごもり言葉を探りながら話すエルにはちょっと辟易する。口調もついとげのあるものになってしまう。4ヶ月前に夢も希望もたっぷり抱えて狩竜人生活を始動したはずなのに、充実した毎日どころか悪いほう悪いほうへと進む日々。協会の狩竜人認可を受けたときには陽気で前しか向いていなかった彼女の心も、自分でも気づかぬうちにどこか荒んでいた。
「あ、あの逆です」
「逆って何よ?」
「その方向が……目的の村は西で、こっちは東の方向で」
エルの言葉に反応したソフィアは、かなりの速さで走っていたにも関わらず恐ろしいまでの急停止と反転をする。何気にすごい身のこなしだとエルは思った。
「は、早く言いなさいよっ。ごめんっ」
ソフィアは赤面して、八つ当たりでしかない言葉と素直な謝罪を口にする。彼女の方向感覚の無さはちょっとどころではなかった。