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ファンタジーかもしれない‐短編寄せ集め‐

こんなオンラインゲームなんていらない

作者: れんじょう

 siw.coow online game ―――――シ・コウ オンラインゲーム

 それが俺たちが今いる世界の名だ。


 

 世界はゲームでできている。

 そんな馬鹿なことがあってたまるかと思ってみても、現実に目の前の空中に操作画面が現れるのだから仕方がない。

 初めてこの画面を見たときは、俺はとうとう受験疲れがでたんだな、くらいにしか思わなかった。

 死に物狂いで勉強していた一年を希望校合格という最終地点にたどり着いた三月は、一年間の狂おしい時間を取り戻すかのように凪いでいた。

 もちろん浮かれて羽目を外す奴は沢山いたが、俺はどうしても北理泉(きたりせん)市工業専科高等学校に合格しなければならない事情があったから安全圏だと担任に言われていたにもかかわらず必死に勉強に勤しんでいたそのせいで、合格という結果に緊張が途切れて何もする気も起きなくなっていたのだ。

 

 北理泉市立工業専科高等学校(通称:シコウ)は交通のかなり不便な位置に存在するため、全寮制だ。

 それどころか入学する際の書類には、三年間の高校生活の時間すべて外出禁止になるという要項付きだった。公立高校にしては信じられない暴挙だが、授業料が安価な公立だという点と、寮費も立地上かかる交通費を考えると同等どころかかなり安い設定になり、それになにより卒業後の好待遇が入学希望者を年々増加させていた。

 基本、工業高校を目指してくるのは少数の工業高校特別推薦枠をもつ大学を目指すための足掛かりにくるやつか、そのものずばり、卒業後の就職に少しでも有利になろうとするやつだ。だがシコウでは進学する奴が皆無どころか、100%の就職率を誇る。入学する全員が就職希望で、そして卒業するすべてのものが就職する。その上、その就職先は一流企業、もしくは一般人は知らないまでも工業にかかわる人間であれば知る人ぞ知るといわれる会社がほとんどだ。だからこそ、初めからその企業に就職したい奴がシコウを目指してくるという、公立高校には不似合いな循環になっている。

 一般の考え方でいくと、高卒よりは大卒のほうが基本給はいいし、昇給率も査定率もなにもかもいいと考えるだろう。だが、シコウ卒業者はそれにあたらない。不思議なことに三年の高校生活を終えて就職すると大卒と同じだけの給料を支給されるようになるのだ。企業によっては大学院卒と同じ扱いになるとも聞く。なぜだかはわからない。卒業生が口をそろえて嘘をいっているのではないかと思わなくもなかったが、だが事実として知り合いの兄がシコウ卒業後誰もが名前を知っている企業に就職、その生活水準を聴くにつれ、その話は与太話などではなく事実なのだと認識する。シコウを卒業するとものすごい特典がついてくるのだと実感するのだ。年々増え続ける入学志願者の数は、その実績を物語る。高校を卒業したらすぐ就職を希望している俺に取れば、これ以上の好条件は見つかることはない。だからこそ、合格圏内だといわれつつも安心などせず必死で勉強したのだ。

 

 卒業式までの怠惰な日々は、その実、俺にとって有意義にほかならなかった。

 プシューと音が聞こえてきそうなくらい怠けに怠けきった後は、卒業式を起点にまた勉学に励むこととなる。なぜならシコウ側から寮に入寮するまでの間に課題を渡されていたからだ。

 期日は入寮前日に当たる3月31日。

 提出方法はパソコンからの送信で、これで入学者がどの程度パソコンに慣れているのかも判断するらしい。もちろん、入学者の成績とある程度の素行を中学からの内申だけではなくシコウ側独自の基準で判断する材料ともなるそうだ。

 もちろん俺は頑張った。

 なにせシコウに入学するのは将来優良の会社に就職をして大卒並の給料を稼ぐようになることだ。学校側に少しでも、優良企業に推薦するに相応しい人物だという印象を与えたい。 


 四月一日の入寮日。

 入学指導要項の通りであれば、この入寮をもって世間と三年間切り離されることとなる。

 親とは寮の目の前でお別れだ。とはいっても、SNS等で連絡は取れるらしいから全く切り離されるわけではない。SNSでも音声は遅れても画像は一切送れない、そして校内や寮内での撮影の禁止事項があるため、ファイルも遅れない。秘密のベールなんてどこかのこっぱずかしい小説にでてきそうな言葉がきれいに当てはまった学校生活になる。

 ちなみにだが、入学式も保護者は参加できない。もちろん卒業式すら保護者は参加できず、次に会えるのは退寮日という徹底ぶり。苦笑しかでないが、それでもシコウに入学できたことが喜ばしいのか、親は寮の前で笑い泣きして手を振っていた。


 新入学生は五クラス四十人の二百人。

 それだけの人数が一度に入寮するのは至難ということで、あらかじめ入寮の時間を一人一人設けられていた。

 荷物は一切ない。なぜならシコウ側が生活のすべての準備をしているからだ。公立高校の寮というのはここまで親切なのかと思いたくなったが、シコウ以外ではないそうだ。

 校舎は敷地の奥側にあって、正門入ってすぐは寮という珍しい造りだ。

 寮を入ってすぐの受付に名前を名乗ると、先生らしき人が涼に入る前に検査があるからといくつもの部屋を素通りして保健室に連れていかれた。

 寮生活の前にきっと健康状態を調べるのだろうと思っていたのだが、思惑ははずれ、保健室にはない不思議なベッドが数台、部屋の真ん中を占領していた。いや、保健室にベッドは普通なんだが、そのベッドはいかにも機械的で、どちらかといえば歯科医院にありそうなベッドとやたらコードがつながっているヘルメット、そしてその横には今から脳波でもとるのか?と疑いたくなるような機械が数台あった。

「制服のジャケットを脱いだら、このベッドに座ってリラックスして」

 そう言いながら先生は機械を無表情に操作して、俺の頭にヘルメットをつけた。そして注射器を取り出すと、液体の入った小瓶を取り出して注射器に入れ込んでいく。いったい何のためにと訝しみながらも、これも入寮に必要なのだろうと自分を納得させて毒々しい液体を体内に取り入れた。

 ―――――俺が覚えているのはこれまでだ。



 あれからどのくらいたったのか、痛む頭に俺は顔をしかめながら目が覚めた。

 それでも見慣れない部屋にぐるりとあたりを見回すと、白く冷たく無機質で歪な空間が広がっている。机の上には真新しい教科書、文具一式、そしてクローゼットを開ければこちらも真新しい服に制服がかけてある。下着も靴も何もかも真新しく、ここが寮内の自分の部屋なのだと認識をした。

 そういえば今は何時なんだろうかと時計を探すと、ぽんっと機械音が聞こえ、目の前にデジタルの数字が表示された。その横にはご丁寧に日付まで。

 ―――――なんだこれ。

 その数値を確認するやいなや、表示された数字はなくなって、目の前にはさっき見たとおりの温かみのない部屋になる。

 頭痛がひどくなった気がした。

 とりあえず部屋の中を散策しようと立ち上がろうとしたら、またぽんっと機械音が聞こえてきて、目の間に何かが表示された。

『新入生は17:00に食堂に集合せよ』

 ―――――なんだこれ?

 先ほど見た数字は16:50だったから、その数字を信じるならあと数分で17時になる。だいたい寮内の案内もしてもらっていない状態で食堂集合はないだろう。

 いや、そうじゃない。そこじゃないだろう。

 起き抜けのせいか頭痛のせいか、頭の中が整理されずに混乱する。

 そうこうしている間にも、目の前の表示は赤くなり、点滅をはじめる。

 人間、不思議なもので、緊急性に富んだ表示は俺を慌てさせ、ベッドの下にある真っ新な靴を履いて目の前に表示される寮内図面の食堂の位置まで急がせた。


 食堂といっても一学年二百人を収納するだけのスペースのある強大な部屋には、学年ごとのカラーが入ったテーブルに整然と並んで座っている在校生と、そわそわと手持ち無沙汰に座っている新入生がいた。

 目の前の表示は俺の座る場所を示す。

 慌ててそこに座ると、ざわりと空気が震えた。

 上座の前のテーブルに座っただけだというのに、在校生たちの視線が痛い。なぜだ。

 上座のテーブルには先生らしき人が四人と生徒が四人座っている。そこに座る生徒は大人と一緒に同じテーブルに座っている時点で学校内の権力者であることがうかがえた。

「よし、全員揃ったな。改めまして、北理泉市工業専科高等学校にようこそ。俺は寮長の玉寄(たまより)だ。寮に関してわからないことがあれば俺に聞くか、面倒ならメニュー画面から検索してくれ。まあ、その際はサーバーに記録が残って就職に不利になるからおすすめはしながな」

 そんな意味不明な言葉を寮長が言えば、次に寮内だというのに学校側からの挨拶が始まる。

「新入生諸君、入学おめでとう。教頭の志井だ。さっそく説明から入らせてもらおう」

 そして俺は自分がいかにとんでもない学校に入学したのかを思い知らされる。

 まず、この学校はオンラインゲームであること。

 成績一つ、授業態度一つで全てのもの(鉛筆一つからかかわる)に査定がかかること。

 ゲームではあるが、風呂も食事もとれること。

 ゲームエンドは卒業するしかなく、他の学校とは違いシコウは特別処置がとられているため卒業するにはそれなりどころかかなり優秀な成績を修めないと卒業できないこと。

 三年間、体はベッドで横になっているが、定期的に体を動かしケアしているから、多少筋肉が落ちてはいるが卒業するにあたっては健康状態が保たれていること。


 ――――――そんな話、誰が信じられるっての!


 顔にありありと表情が浮かんだのか、教頭は俺を見てにやりと笑う。

 目の前に画面が現れなかったか。寮内の説明をしていないのにここまでどうやってたどり着いたのか。

 そして決定的なものを教えられる。

 右人差指で左手首の内側を摩れ。そうすればメニュー画面が表示される、と。 

 あわてて手を擦っているのは新入生だけで、それを在校生は可哀想なものを見るような目で見ていた。その瞳は早く諦めろと言っている。

 簡単に出てきた画面。

 入試時の順位と入寮前に渡した課題の評価によって決められた初期ステータスが現れる。各学科の点数と入寮の際の検査で受けた身体的特徴、運動能力、通貨、そして属性に相応しい企業名。

 企業名?

 なんで入学したばかりで企業名が必要なんだと意味が分からずにいると、教頭はその部分が重要なのだと、ステータス画面にかかれている企業が君たちのスポンサーとなって学校生活を援助しているというのだ。だから企業名が変わるということはスポンサーが変わり、それまで受けている恩恵が受けれなくなるとも言う。

 逆を言えば成績を上げればよりよいスポンサーが生徒に付くわけで、最終的にはその企業に就職できるとも熱く語る。

 ―――――なるほど、どおりで100%の就職を誇るわけだ。

 成績だけではない、寮や学校での普段の生活もステータスに現れるため、いじめ等をすればマイナス要素にしかなく、これ見よがしなおべっかもマイナスポイントになる。ようはこの学校生活オンラインゲームにおいて集団行動の輪を乱す奴は現実社会においても使えないものとしての学校側、企業側から烙印を押され、成績下位、挙句に退学になるということだ。もちろん退学の際はこのオンラインゲームでの記憶を操作して普通の学校生活を送っていたという新しい記憶を植え込み、退寮させる。

 ぶるりと体が震えたのは、このゲームを乗り切る自信があるからか、それとも恐ろしいと感じたからか。

 いやそれよりもこれはオンラインゲームなのか。

 それとも。




 知らないうちに俺はいったい何に魂を売ったのか。

 ゲームという名の檻に閉じ込められた先は、いったい――――――





ホラーじゃないぞ、オンラインゲーム(?)に強制参加させられた男の子の話なんだぞっ!……なんて言っても誰も信じてくれそうにないな……。

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