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第一章『桜ヶ丘高校れんあい部』


 6月、梅雨明けはまだ遠く、生憎の曇り空を窓から眺めながら歩く俺、坂本春樹さかもとはるきの目的地はいつもの溜まり場。

 物置として使われている隅っこの教室のドアを開けるとそこにはいつもの面子が揃っていた。どうやら俺が最後みたいだ。


「遅いわよ坂本。バツとしてあんた今日の掃除当番ね」


 古くなって使わなくなった机に腰掛けながらそう言った金髪の女の子。名前は西園寺奏さいおんじかなで

 俺が所属するここ、『れんあい部』の部長様だ。

 『れんあい部』と言われてもいったいどんなことをする部活なのかサッパリわからんだろう? 実は部員であるはずの俺でさえ未だに理解できていない。


 ちなみに正式名称は恋愛研究会。れんあい部と名乗っているが、部員数が四人しかおらずここ桜ヶ丘高校における部活動の規定である五人に達していない為、今は愛好会扱いとなっている。当然部費は降りない。


「昨日も話したけど、今日の議題はこのれんあい部の部活昇進についてよ」


「それは確かに昨日聞いたけどよ、具体的にはどうすりゃ部として認めてもらえるんだ?」


 西園寺から二メートルほど離れた場所で椅子に腰掛けていた身長二メートル近くはあろうかという大男、桐島きりしま 大悟だいごが質問を返す。


「部活動昇進の条件は規定の部員五人と一人以上の顧問。そして『学校生徒の成長に対して価値のある活動内容であること』この三つよ。ちなみにこれも昨日話したわ」


 そんな西園寺の返答を聞いた大悟はしきりに首を傾げている。

 きっと昨日に続いて西園寺の言った内容が理解できなかったんだろう。……大悟はバカだから。


「ちなみに三つ目の活動内容については昨日申請を出して通ったわ」


 俺を含め恐らく西園寺以外の部員は活動内容をまったく理解していないが、いったいどんなでっち上げ方をすれば『れんあい部』なんて名前の部活動が認可されるのだろうか……


「申請が通ったんだから顧問の方は多分誰か見繕ってくれるでしょ。問題はあと一人の部員なんだけど……ここ一週間みんなで勧誘活動を続けてきたけどまったく成果なし。今日はどうすれば部員を獲得できるかについて話し合うわよ」


 部活動の勧誘週間が終わってひと月半の時間が経ってしまった今、多分もう部活に入っていない生徒は数えるほどしかいないだろう。


 桜ヶ丘高校は生徒全員部活動または愛好会への参加が義務づけられている(それ故にれんあい部のような風変わりの愛好会が多数存在している)。

 俺がこのれんあい部の部員となっているのも半分はそれが理由だ。


「……あ、その前にちょっと喉乾いたから坂本、あんたなんか飲み物買ってきなさいよ。遅刻のバツよ」


「掃除じゃなかったのかよ。それに時間が指定されてたわけじゃないんだから遅刻もなにもないだろうが」


「もちろん掃除もよ。あたしを十分以上も待たせのよ あんたがバツを受けるのは当然だわ」


 机の上に立ち、俺を見下ろすような形でそう言い放つ西園寺。

 もう少しでパンツ見えそ……じゃなくて、何から何まで態度がでかい上にいちいち腹が立つ。


 ……それでも俺は、西園寺には逆らえない。

 理由は単純。惚れた弱みってやつだ。


 今ならわかる。二カ月前、先輩達に混ざって部活動の勧誘を行っていた女の子は……あの時の西園寺奏は猫被って嫌がったんだ。


 あの時の西園寺に一目惚れして、すでに書き終わっていた漫画研究部への入部届けを破り捨てて、いざれんあい部に入ってみれば待っていたのはバラ色の高校生活などでは決してなく、絶えず繰り返されるのは西園寺に足で使われるパシリライフ。


 でも、そんな扱いをされてもなぜかあいつのことを嫌いになれないんだよな。

 容姿はトップアイドルレベルだし、ツンケンした性格もそれはそれで…………俺ってマゾなんだろうか。


 そんなことを考えながら購買前の自販機で飲み物を買って溜まり場に戻ると、待ちくたびれたのか西園寺はもう一人のれんあい部員である如月沙耶きさらぎさやの長い黒髪を三つ編みにして遊んでいた。


「遅かったじゃない。ちゃんといつもの買ってきたんでしょうね?」


「緑茶華伝だろ? ほらよ」


「ん、ありがと」


 たまにお礼を言われるだけで胸が熱くなってしまう辺り、やっぱり俺は今でも西園寺のことが好きなんだろう。


 肝心の西園寺は俺の好意になんてまったく気づいてないみたいだけども。


「…………話し合いは?」


 さっきまで読書に熱中していた如月(三つ編み)がそれかけた軌道を修正してくれる。


「そうだったわ。坂本、あんたなんか意見ないの?」


 なんで俺に振るかな。まぁ、筋肉馬鹿の大悟も無関心を貫いている如月もアテになりそうにはないけれど。

 そもそも……


「れんあい部ってなにする部活なんだよ。そこハッキリさせとかないと入部なんかしてくれないんじゃないのか?」


「……あんた、まさか部員のくせに今までそんなこともわかってなかったの?」


「いや、大悟も如月もわかってないと思うんだけど」


 二人に視線を向けると、やはり二人ともコクコクと首を縦に振っていた。


「桐島くんはともかく沙耶まで……仕方ないわね。一度しか言わないからちゃんと聞いてなさい! あたし達れんあい部の主な活動は、この学校の生徒達の恋を応援、サポートして恋を成就させることよ!」


 …………完全に初耳だ。

 この二ヶ月してきたことと言えば溜まり場でのだべり(主に西園寺が一人で喋っていた)と成果の出ない部員勧誘だけだ。


 だいたい、他人の恋を応援だって? 産まれてこの方テレビの中以外に彼女なんか出来たことのないこの俺が? ありえない。


「もう校舎中にこのポスターを貼ってあるんだから」


 そう言って西園寺が掲げたA4紙には

『あなたの恋を叶えます!

 桜ヶ丘高校れんあい部

 C棟二階奥の空き教室』という文字と猫だと思われる小学生レベルのイラストとたくさんのハートマークが書かれていた。


「うわぁ…………」


「なによ、なんか文句あんの?」


「いや、別に。てかさ、西園寺って恋愛経験とか抱負なわけ?」


 言ってから後悔した。容姿端麗な西園寺は当然男にモテる。

 これで彼氏がいるなんて言われたら俺けっこうヘコむと思います。


「…………いわよ」

「え? なんて言った?」


「一度もないって言ったのよ! 恥ずかしいこと何度も言わせないでよね」


 一度もって……マジで?


 その事実に驚いてる自分と喜んでる自分とがいて若干パニックだ。


「えと……じゃあ如月は?」


「……ない」


「そ、そっか。大悟も?」


「ん? なんだ?」


「話聞いてなかったのかよ。大悟は付き合ってる人とか、好きな人とかっていないのかって聞いたの」


「ああ。俺は春樹が好きだぞ」


「ぶっ!? お、おまっ……」


「もちろん西園寺も如月も好きだ」


「……そういうことか。ビックリさせんなよ」


 要するにだ、このれんあい部の活動内容は生徒の恋を応援することで、その部員は全員恋愛経験ゼロ。


 …………ダメじゃん。


 まぁそもそもこんな張り紙見てこんなとこに足を運ぼうと思うやつなんているわけが……


 と、その時図ったかのようなタイミングでガラガラと音を立てて空き教室のドアが開け放たれた。


「あの……張り紙にあったれんあい部の部室ってここですか?」


 顔を覗かせたのは栗色の髪におとなしそうな表情のどこか小動物を思わせる小さな少女。


「そうだけど、何か用かしら?」



 西園寺が言葉を返すと、栗色の髪の少女は一つ深呼吸をしてからぺこりと頭を下げ――


「お願いしますっ。私の恋を叶えてください」


 ――そう言い放った。

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