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アルサードの乙女達 CODE:AW SIDE EPISODE Ⅰ  作者: 黒咲鮎花
第三章 幻夢の夜

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闇を照らす月光 ①

「蒼依!」


 松雪さんがそう叫び、私達は二人が視認できる距離まで接近した。崩れ落ちた蒼依さんに寄り添うように居る彼女は、ゴシック調の半袖ブラウスにロングスカートを身に纏っている。


「AMGEの方々ね…… 悪いけど邪魔はしないでほしいわ」


 改めて肉声を聞くと、少し幼さを感じる。身長は私より少し高い。長い髪が不気味に風に揺れている……。


「蒼依さんを返してください。こんな場所に一人で現れるなんて…… 貴方は何者ですか?」


 いつも肌身離さず持っている蒼き十字架を向けて私は言った。このオーラは明らかに常人の物じゃない。闇の使者達(ダークフォース)に近い強力な波動を感じる。もしくは、それ以上の力を持っているかもしれない……。


「何処の誰かは知らないけれど、あいにく私達は明日帰らないといけないの。蒼依を返して頂戴」


 松雪さんがそう言って一歩前に出る。


「私の名前は羽磨那優衣(はまなゆい)…… 蒼依の親友よ」


 彼女はそう言うと、再び口を開く。


「……蒼依は泣きながら宿を飛び出し、ここへ来た。貴女達と一緒にいることが辛いのよ。だから蒼依は私が相応しい場所へ連れて行く。それが親友である――私の務め」


 彼女の肩を借りて立ち上がった蒼依さんは、ゆっくりとこちらに歩いてくる。その様子を彼女はじっと見つめている。


「啓ちゃん…… 私は、女神アルサード様を裏切る事は出来ない…… 私がここまで歩んでこられたのは教会と、みんなのおかげなの……」


 蒼依さんは小さな声でそう言った。その言葉を聞けて安心したが、状況が変わったわけではない。このまま彼女が大人しく引き下がるとも思えなかった。


「昔の名前で呼ばないで…… 私の名前は羽磨那優衣。もう――あの頃の私じゃない」


 彼女はそう言うと、私達を鋭く睨み付けた。その視線に純粋な恐怖を感じた私は、咄嗟に身構える。


「蒼依…… 戻ってきなさい。貴女は散々傷ついてきながら、まだ分からないの? 貴方は完全な女性ではないの。子供を身籠もることも出来なければ、ホルモン剤の投与無しには生きられない。元男性という消えない烙印は生涯ずっと貴女を苦しめる…… 幾ら綺麗になっても、どんなに素敵な服を着こなせても、悲しい気持ちは消えるどころか増していくばかり…… 定期的に襲ってくる死への誘惑と負の感情は、貴女が死ぬまで続いていくの……」


 彼女の言葉…… 蒼依さんと同じ境遇だからこそ、その辛さが身に染みて分かっているのだろう……。


 だけど、同情は出来ない…… 彼女が蒼依さんを連れ去ってしまえば、きっと彼女も人で無くなる……。


「私は…… 教会を裏切ることは出来ない。一緒にいる時間は短くても…… 共に過ごして、一緒に戦ってきたみんなを――忘れることなんて出来ないよ……」


 そう言った蒼依さんは、更に言葉を続ける。


「私のことをみんながどう思っているかは分からない…… 腫れ物扱いされてるだけなのかもしれない…… いつも心細くて、気持ちが押しつぶされそうになる…… だけど……」


 涙を浮かべたその顔で、蒼依さんが必死に声を振り絞る。


「私はどんなに後ろ指を指されても…… その命が尽きるまで、一人の女の子としてみんなと生きていきたいの!」


 そう叫んだ彼女は、涙で濡れた顔を両手で覆う…… 松雪さんが彼女に寄り添おうとしたその瞬間だった。


「きゃぁ!」


 羽磨那から放たれた赤い光弾が、蒼依さんに直撃し彼女は後方に吹き飛ばされた。慌てて皆で側に駆け寄る。


「蒼依! しっかりして! 蒼依!」


 松雪さんが必死にそう問いかけるも、彼女の反応はない。完全に気を失っているようだ。凄まじい衝撃だったためか上着の所々が裂けて血が滲んでいる……。


「安心して。手加減はしてあるわ…… 蒼依は昔からそう。人一倍傷つきやすいのに、すぐに人を信じようとする……」


 羽磨那は不気味に冷めた目で私達を見つめそう言った。


「貴女…… 自分で何をしたか分かってるの…… 蒼依の親友じゃなかったの貴女は!」


 松雪さんが大声で叫ぶ。激しい怒りに満ちたその声。こんな声を聞いたのは初めてだ……。


「ええ、親友よ。道を間違えそうになった時、それを正すのも親友の務めよ。蒼依や私の苦しみは――貴女達お嬢様には分からないわ」


 そういった羽磨那が、宙に吸い寄せられるように眼前に浮かぶ。いつの間にか夜空を覆っていた雲が晴れて、蒼い月の光を背に私達を見下ろす。


「蒼依と北條鮎香を置いて…… 立ち去リナサイ。これが最後の――警告デアル」


 !?


(話し方が…… 声にも変化が…… 何故私まで……これは……)


 羽磨那の声が直接脳裏に響いてくる…… それと同時に凄まじい負のオーラが彼女から放たれている。


 まずい…… 今まで感じたことのない恐怖と重圧感で心と体が押しつぶされそうになる……。


「まさか…… こんなところで()()と遭遇するなんてね…… 北條――生きて帰れるか分からないわ。覚悟して挑むわよ!」


 魔女…… 夢の中で願いが叶う魔法のアクセサリーを授けてくれるという噂を聞いたことがあるけど、現実世界に現れた話なんて聞いたことがない……。


 松雪さんは知っている様子だけど、まさか魔女との交戦経験が……?


「光の女神アルサードよ! 我らに加護を与え給え! 天の光と慈愛の火、祈る声よ響け!」


 もうなりふり構っては居られない。私は詠唱し皆に光の加護をかける。


「結衣花! 蒼依を連れて直ぐに宿まで戻って! 教会にも連絡を!」


「私も戦います! 鮎香ちゃんを置いてはいけないです!」


「魔法を使えない貴女がいても足手まといなだけよ! 蒼依を連れて離脱できるのは貴女だけなの。このままじゃ全滅よ! 加護が切れる前に急いで!」


 松雪さんの指示に、結衣花ちゃんは倒れた蒼依さんを抱き抱える。


「……みんな! 直ぐに助けを呼んでくる!」


 結衣花ちゃんが離脱する先を見計らって羽磨那が光弾を放つそぶりを見せた瞬間、2つの閃光が走った。


「させない!」


 凄まじい速さで黒川姉妹が接近し短剣による斬撃を放つ。確かな衝撃音が発生したものの、羽磨那の展開した常時展開防御結界(フォースフィールド)を破るまでには至っていない。瞬間的な前方防御結界(シールド)で防いだのか?


「喰らいなさい! 真空裂傷波ソニックブームストライク!」


 松雪さんが短剣を振り切ると、強烈な衝撃波が羽磨那を襲う。私もその攻撃に合わせて魔法光弾を次々に放つ。


「光の女神アルサードよ! 我に光を与え給え! 降り注げ裁きの光よ! 無限流星撃インフィニティーレイン!」


 蒼き十字架を月に掲げ、霊力を込めて一気に振り下ろす。夜空から降り注ぐ流星の如き聖なる矢が羽磨那に次々と直撃する。松雪さんとの連携攻撃により激しい土埃で羽磨那の姿が見えなくなった。私達は次の攻撃に備える。


「結衣花は…… 無事に離脱したようね」


 周囲にもう結衣花ちゃんの気配はない。彼女は力も強く、足も速い。加護をかけている状態なら蒼依さんを抱えて素早く離脱することも容易なはず。二人を逃がした松雪さんの素早く冷静な判断は心強く感じる。


「AWなら魔法攻撃が主体の筈よ。私と千鶴の近接戦闘で攪乱するわ。彩奈と鮎香ちゃんはサポートをお願い!」


 千里さんがそう言うと、千鶴さんと共に短剣を構える。AWとは一体…… 松雪さんも、千里さんもやはり魔女について知っている。


 AMGEの職務は退魔業だけじゃない。松雪さん達や黒川姉妹は、おそらく魔女とも普段から交戦しているのだ……。


 やがて消えていく土埃の中から、羽磨那がゆっくりと現れた。


「……面白イわ。流石にお母様が目を付けたダケハアル…… 北條鮎香」


 完全に直撃したはずなのに…… 咄嗟に全方位防御結界(バリア)を貼ったのか、ダメージを負っているようには見えない……。


 それに…… 私に目を付けたって…… 何を言っているの……?


「流石に短剣だと…… 北條の加護を受けているとはいえ威力が乗らなかったわね……」


 松雪さんが短剣を構えるも、彼女の本来の武器は長剣だ。短剣では魔法剣術(マジックソード)の威力も落ちる。それに私達はAMGE専用に織られた法衣を纏っているわけではない。私服では霊力も、防御力も普段の退魔時より低下する。


「サテ…… これでコチラも本気でイドメル…… 北條鮎香。オマエもお母様の元へ連れて行く」


 羽磨那が再び宙に浮くと、黒い粒子のような物が彼女を包む。それと同時に凄まじい負のオーラが更にその濃さを増した。


「来るわよ!」


 松雪さんが叫び、私達は瞬時に散開し距離を取る。黒川姉妹が羽磨那を左右から挟撃し、次々に短剣での斬撃を浴びせる。


「行くわよ北條!」


「はい!」


 私と松雪さんで黒川姉妹の斬撃の合間を縫うように魔法光弾を次々と放つ。羽磨那は巧みに前方防御結界(シールド)で攻撃を防ぎながら距離を離そうとするものの、黒川姉妹の巧みな連携にその距離を離せずにいる。戦いの主導権は私達が握れているはず。このまま一気に畳みかけるしかない!


「千鶴! 一気に決めるわよ!」


「ええ! 次で仕留める!」


 羽磨那は黒川姉妹の猛攻を振り切ることが出来ていない。攻撃の合間に放つ私達の魔法光弾に徐々に怯んできている。防御結界を展開する霊力も長くは持たない筈。垣間見える彼女の表情に余裕は見られない。


 !?


 その時だった…… まるで一瞬時が止まったかのような錯覚を覚える。羽磨那の右手に次元を裂くように浮かび上がる赤黒い大鎌。


「危ない! 千里さん! 千鶴さん!」

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