百億円の札束で人生勝ち組になるつもりが、税務署にだけは勝てなかった俺の末路
深夜二時。サービス残業という名の奉仕活動を終え、ブラック企業の営業職である健二は、泥のような疲労を引きずって帰宅した。築四十年、木造二階建て。すでに他界した両親が遺したこの家だけが、佐藤健二(35)の持つ唯一の財産だった。
コンビニ弁当のゴミが散乱する居間のちゃぶ台に、今日、営業の合間にサボって入った薄暗い骨董屋で買った『ランプ』を置く。
「願いが一つだけ叶う、か……」
店主は胡散臭い老人だった。だが、今の健二にはそんなインチキ商品にすがるしかないほどの閉塞感があった。パワハラ上司の怒声、ノルマ、それに耐えても上がらない給料。
彼は半ばヤケクソで、薄汚れた真鍮のランプをこすった。魔人など出てこないことはわかっている。それでも、口に出さずにはいられなかった。
「金だ。金が欲しい。一生遊んで暮らせる金……そうだな、百億円。百億円出してくれ!」
静寂。やはり何も起きない。健二が鼻で笑い、寝室へ向かおうと立ち上がった瞬間だった。
ズンッ!
重低音が響き、家全体が悲鳴を上げた。地震かと思ったが、揺れているのは居間の床だけだ。振り返った健二は、腰を抜かしてへたり込んだ。
そこには、暴力的なまでの『紙の塊』があった。
一万円札の束。帯封で留められた百万円の札束がレンガのように積み重なり、ちゃぶ台を押し潰して、部屋の中央を占拠する巨大な直方体を形成している。
一億円がおよそ十キログラム。百億円となれば、その重さは約一トンに達する。体積にして一立方メートル強。その高密度の紙の塊が、この部屋の一部分のしかかっているのだ。
ミシミシ、と床板が悲鳴を上げている。築四十年の木造住宅の居間に、突如として軽自動車一台分以上の過大な質量が出現したのだ。
「う、わ……あ……」
魔法のエフェクトも、魔人の高笑いもない。ただ物理的に、そこに『現金』が出現した。その生々しさが、逆に健二の恐怖を煽った。
翌日、健二は会社に退職届を叩きつけた。上司は怒鳴り散らしたが、健二の心は無敵だった。家には百億円がある。この豚のような上司の年収を数千年かけても届かない額が、あのボロ家に鎮座しているのだ。
しかし、冷静になると新たな恐怖が首をもたげた。
この金、どうする?銀行に入れれば、間違いなく出所を聞かれる。「ランプから出しました」で通じるわけがない。ならタンス預金だ。家に置いておけば誰にもバレない。少しずつ使っていけばいい。
健二はそう決め込み、雨戸を締め切り、百億円の塊の隙間で生活を始めた。最初は慎重だった。コンビニの弁当を少し高いものにする、その程度のはずだった。
だが、目の前にあるのは物理的な『無限』だ。一束崩して百万円を使っても、塊は微動だにしない。その圧倒的な質量が、健二の理性を容易く破壊した。気がつけば、歯止めは完全に失われていた。
生活は一変した。
食事はすべて高級デリバリーか、タクシーで遠出しての高級焼肉。暇つぶしに最新のゲーミングPCを現金で購入。趣味だった腕時計も、デパートの外商サロンへ行き、現金一括でロレックスを買った。
銀行口座は一切動かしていない。これなら足はつかないはずだ。そう思っていた。
あの日、インターホンが鳴るまでは。
「○○税務署の者ですが」
ドアチェーンの隙間から見えたのは、スーツ姿の男二人組だった。健二の心臓が早鐘を打つ。なぜだ。銀行には一円も入れていない。誰にも言っていない。なぜバレた?
「……何の用ですか。僕は今は無職で、納税するような所得はありませんけど」
健二は声を震わせながら対応した。年配の調査官が、鋭い眼光で健二を見据え、穏やかだが有無を言わせぬ口調で言った。
「佐藤さん。あなた、最近かなり派手なお金の使い方をされていますね。ここ半年で、高級時計、家電、貴金属……推計で数千万円規模の買い物を現金でされている。一方で、あなたの昨年の所得と、現在の『無職』という状況。どう考えても辻褄が合わないんですよ」
「な、なぜそれを……」
「資料せんをご存知ですか?」
調査官は淡々と説明を始めた。
「税務署では、調査や情報収集の一環として、管内のデパートや企業に出向き、高額な取引の記録を見せてもらうことがあります。そこで得た情報を『資料せん』と呼ぶんです」
調査官は一呼吸置き、健二の反応を伺うように言葉を切った。その沈黙が、健二の胃を冷たく締め上げる。
「先日、あなたが時計を購入されたデパートの外商部にも、そうした調査が入りました。そこで『多額の現金を持ち込んで買い物をした客』の記録として、あなたの名前が挙がったんですよ。外商の記録を手掛かりに、他の店舗の資料せんも洗ったところ、家電量販店などからも同様の情報が集まっていた」
健二は顔面蒼白になった。それは、税務署という組織が持つアナログで地道な、しかし確実な包囲網だった。無職の人間が、何度も数百万の現金をポンと支払う。その異常な事実は、店舗に残された記録を通じて、確実に当局へと吸い上げられていたのだ。
調査官は一歩踏み出した。
「佐藤さん。その資金の出所、説明していただきたい。あなたの職歴や遺産状況から見て、これほどの現金があるのは不自然です。脱税、あるいは……マネーロンダリングの可能性も含めて、屋内を拝見させていただきます」
拒否すれば、裁判所の令状を持って戻ってくるだけだ。健二は観念し、チェーンを外した。
居間に通された調査官二人は、絶句した。そこには、生活空間を圧迫するほどの、巨大な一万円札の塊が鎮座していたからだ。
「……こ、これは……」
若い方の調査官が息を呑む。
「ざっと見て、数十億……いや百億はあるか? 佐藤さん、これは一体どこで手に入れたんですか!?」
健二は震えながら、正直に話した。ランプのこと、願いのこと。当然、調査官たちは信じなかった。彼らの目は、呆れから、次第に険しい「犯罪者を見る目」へと変わっていった。
「ふざけないでください。魔法? そんなものが税務調査の言い訳になると思っているんですか」
年配の調査官が手袋をはめ、札束の一つを手に取った。
「これほどの現金、銀行から引き出した形跡がないとなれば、考えられるのは二つ。大規模な窃盗か、あるいは……」
調査官は透かしを確認し、手触りを確かめ、そしてポケットからルーペを取り出して紙幣の記番号を確認した。
その瞬間、調査官の顔色が変わった。さっと青ざめ、すぐさま相棒に目配せをする。
「おい、所轄の警察に通報しろ。いますぐだ」
「え? 脱税じゃなくて警察ですか?」
「いいから早くしろ! ……佐藤さん、警察が来るまで、ここから一歩も動かないでください。我々が監視させていただきます」
健二は狼狽した。
「な、なんでですか! それは本物のお金ですよ! 偽札なんかじゃありません!」
「ええ、精巧ですね。手触りも、透かしも、ホログラムも完璧です。真券と区別がつかない。財務省印刷局の人間でも騙されるでしょう」
調査官は、手元の札束から数枚をランダムに抜き出し、さらに隣の山からも無作為に札束を手に取り、中ほどの札を引っこ抜いた。それらを並べ、健二に見せつける。
「ですがね、ありえないんですよ」
「何が……」
「この数枚の紙幣。そしておそらく、ここにある全ての札束……記番号が全て同じなんですよ」
健二は目を見開いて紙幣を凝視した。アルファベットと数字の羅列。
『AA777777A』
別の束から抜いた札も
『AA777777A』
その下の札も、隣の山の札も。
「魔法だか何だか知りませんがね、あなたの錬金術は少し手抜きだったようだ。世の中に全く同じ記番号の紙幣は二枚存在してはいけない。これは通貨偽造罪……無期懲役もありえる重罪ですよ」
ランプは「百億円の価値があるもの」を出したわけではなかった。ただ、この世に存在する「一万円札」という物質を、コピー&ペーストして百万回出力しただけだったのだ。
遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
床が抜けるほどの札束は、今やただの「重すぎる証拠品」となり、健二にのしかかろうとしていた。
筆者が、なんとなく魔法のランプ的なものでお金出してもらった場合、税務署にばれるのかな?とか考えたことから調べて書いてみました!
書きながら勉強になりました(笑)!税務署すごい!!




