第三話
ぶーちゃんが十四歳くらいになった時だった。
俺たちはいつものように町の様子を眺めていて、ついに見つけちまったんだ。
「ねえ、しーちゃん。あれ見て、あれ」
中学校の教室の中。ぶーちゃんが指差す先にはなんと……、
ぶーちゃんが、いた。
そうか、と俺は悟った。この世界はぶーちゃんが無事に生まれてきた場合の世界だ。
ぶーちゃんはじっと自分の姿を見つめていた。ピカピカに光ったペンでノートをとって、昼休みには机をくっつけて友達と昼飯を食う。放課後になったらバドミントンやって、それから塾なんかに通ってやがる。ぶーちゃんは、静かに、1200を素因数分解するように自分自身を見つめていた。
「行ってみるかい」
「どこへ?」
「もうちょっと、近くにさ」
天からの咎めは聞こえない。行っていいということなんだろう。俺は勝手にそう解釈し、ぶーちゃんの家へと行ってみた。ちょうど夕食の頃だ。
「すごい。大きい」
ぶーちゃんは箸にゆっくりと手をかざす。
「そりゃ、箸だ。飯を食う時に使うやつ」
「飯ってなに」
「ほらそこの、キャベツとかトンカツとか掴んで口に入れるんだ」
「ふーん。へんなの」
それから俺は説明した。
ソファーというのは、座ると気持ちがいいものだとか。
スマホというのは、小さな画面で面白いことを教えてくれるものだとか。
風呂というのは、身体をきれいにする場所なのだとか。
俺の声を聞きながら、ぶーちゃんはいつしか自分からは質問をしなくなった。
ほんとうは、お前が、歩くはずだった床。
ほんとうは、お前が、弾くはずだったピアノ。
冷蔵庫に貼られた磁石。つぶらな瞳のクマのぬいぐるみ。
ほんとうは、お前が、楽しむはずだった世界。
ずっとずっと、迷いながら喜びながら、過ごすはずだった、時間。
俺の指が震えた。もうだめだと思った。ぶーちゃんの髪は長く、絹糸に似ている。俺は、死神には向いていないと心から諦めたんだ。
「神様よぉ!」
俺は上空に向かって叫ぶ。歯が合わない。
ぶーちゃんの手を握って、目の奥にやるせないぬるみを覚える。
「神様! こいつを生かしてやれねえのか! このままじゃ……ぶーちゃんは、かわいそうじゃんかよぅ……」
一気に言いきった瞬間、目の前の光景が、爆ぜた――。