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善人

〈秋光に入れど我が血の昏く熱き 涙次〉



【ⅰ】


 ところはカンテラ事務所付・「開發センター」。今日も* 山城太助、坐り込みに來てゐる。安保さん「何だいありやあ?」‐牧野「慕はれちやつてるんスよ、俺」・笑。山城は牧野とだうしても義兄弟の契りを交はしたい。その理由は前述したのだけれど、山城は素に還れば一介の小惡党であるから、根が善人の牧野にとつてははた迷惑な存在に過ぎないのだつた。



* 当該シリーズ第81話參照。



【ⅱ】


 説明せずとも、山城が魔界の出身者だと云ふ事は、賢明な讀者諸兄姉にはお分かりかと思ふ。彼には仁義などゝ云ふ物は、本当は備はつてをらず、たゞ彼にとつて強者であるところの牧野に靡いてゐるだけなのだつた。云ひ替へれば、牧野の持つてゐるチャカ(拳銃)がたゞ神々しくて、實力者の証明となつてゐるだけなのである。さう、山城は卑劣漢であつた。



【ⅲ】


 だが、卑劣漢には卑劣漢なりの反省と云ふものがあり、自分はだうして牧野のやうな善人と、親しく肩を並べる事が出來ないのだらう、程度には自己批判は出來たのである。ついでに云ふと、山城は牧野があのカンテラ一燈齋に仕へてゐる身分だと云ふ事を知つてゐた。彼にとつて、カンテラこそ強者中の強者、ひれ伏すべき存在なのである。安保さんの事も、こゝが安保さんのラボ「開發センター」である事も知つてゐた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈稲妻の寧ろからりと光る時何処へ逃げ込むそれも忘れ観る 平手みき〉



【ⅳ】


「安保先生」と山城は安保さんに呼び掛けた。「先生は何でも造れると聞きました。この俺に、善のひとかけらを植ゑつける事も可能ですか?」‐なかなか詩的な表現である。

「善のひとかけら? サイボーグ化してくれつて事かい?」‐「さうです。地の儘でゐるとだうしても惡事を働いてしまふ。それならいつそ、サイボーグにでも何でもなつて、人生やり直し出來たらなあ、と思ふ譯です」‐「きみ【魔】か?」‐「ご想像にお任せします」



【ⅴ】


「フルくん、『魔界壊滅プロジェクト』に連絡してくれ。魔界のはぐれ者をサイボーグ化して善人に變へたら、カネが下りるかだうかの確認だ」‐「は、はい!」‐これは流石に會議を要する案件だつたらしく、返事には數日を要した。返事が來た。「無論、カネは出します」‐佐々圀守キャップがわざわざセンターに赴き、その旨を傳へたのである。「プロジェクト」としては、涙坐の面談と絡めて、安保さんの【魔】善人化の試みが上手く行つたら、魔界の住人を少しでも減らせる、と云ふ目論見があつた譯。たゞ安保さん、これにはロボトミー手術と同じで、倫理上の問題が付き纏う‐ 今回のやうに、被驗者本人が望む場合だけ、サイボーグ化を實現しやう、と心に決めた。



【ⅵ】


 手術はものゝ十分程度で終はる。被驗者の耳の裏に、これは安保さんが「善の種」と呼んでゐるチップを埋め込むだけである。まさしく「ひとかけら」だ。「さあ山城くん。氣分はだうだい?」‐「何だか爽やかな氣分がしますよ。俺本当に善人になつたのかなあ?」だが、彼には、時軸に詫びを入れたり、時軸の母・思緒に挨拶に行つたり、善人の萌芽が認められた。道端で難儀してゐるお年寄りを見ると、つひつひ助けてしまふ。それが、今のところ分かつてゐる山城の善人的要素なのだつた。



【ⅶ】


 さて、魔界にゐる山城の兄弟分、「ロールパン」。何やら夢で彼に説教を垂れられてしまひ、こいつは可笑しいな、と感じた。聞けば、山城は手術を受け善人になつたのだと云ふ。「ロールパン」にも是非に、と薦めるのだが、「ロールパン」惡の道を極めた方が樂しいし、堅苦しくない。それは寧ろ「ロールパン」の意地だつたのかも知れない。彼の方から、山城との絶縁ばなしをしてきた。「勝手にしろよ」と山城。安保さんも、惡の道に留まるのは、各人の自由だ、と云つてゐた。



【ⅷ】


 この変テコな名前を持つ「ロールパン」が、魔界の次期盟主になるとは、現時點では誰にも思つてもみない事だつた。彼にとつては、力が力を制する魔界の教へは絶對だつたのである。まあそれは近未來の話。



【ⅸ】


「ロールパン」とも義絶したし、そろそろ牧野を兄貴と呼ぶ事も許されるだらうと思つた山城。牧野「何か仕事に就いたらだうだい? そしたら兄貴呼ばゝりも許してやるよ」。山城は水回り修理の會社に就職した。(募集要項に「學歴不問。寧ろ邪魔です」と書いてあつた...)

 すると、何やら兄弟分と云ふより、牧野が親しい友人のやうに思へて來た。それが、正常な人と人との交はりなのだ。「兄貴、はやめときます。フルさん、でいゝですか?」‐「おー、成長したな。フルさん大いに結構」‐「ぢやひとつ云ひたかつた事。フルさん、チャカは棄てゝ下さい」‐牧野、ぎやふん、である。「これは俺の護身具として必要なんだよ。何せ危ない目に散々遇つてゐるからねえ」‐「ふうん」



【ⅹ】


 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈民族の中の踊りの記憶かな 涙次〉



 と云ふ譯で、山城は今では牧野の無二の親友である。善人化、思ひ切つて良かつたと云ふ事になる。

 魔界では、「ロールパン」が【魔】的蠢動をし始めた。さて、だうなる、魔界? 山城のやうに善人化を願ふ者が出て來るか、だうか。この際云つて置くが、一味、カンテラは元より、じろさん、テオ、牧野ですら普通の意味での「善人」ではない。



 お仕舞ひ。


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