第5話「繰り返される断罪日」
「何をやっても無駄って言葉の意味、理解してくれたかしら」
シャロットが一歩前に出て、冷笑を浮かべた。
「お嬢、様……」
私は絶望の中で立ち尽くすことしかできなかったのに、まるでシャロットは最後の希望を探し出したかのような凛々しい表情を浮かべた。
「この侍女は、私の命に従って逃亡の手助けをしていただけ」
「お嬢様、おやめください……」
「黙りなさい。使えない侍女はいらないと言ったはずよ」
自分の力を信じ、再び立ち上がる決意を固めたようにも思える凛とした声。
「明日からは、無職になることを嘆くのね」
「シャロット様っ!」
多くの敵に囲まれた彼女の瞳には再び戦う意志が宿っているようにも思えるのに、この先に待っている未来はひとつしかない。
「シャロット様っ! シャロット様っ!」
名前を呼びことしかできない虚しさを解消する術もなく、シャロットは衛兵たちに捕らえられた。
シャロットの瞳は冷たく、彼女は軽蔑の眼差しで私を見下ろしながら去っていく瞬間が記憶から焼きついて離れない。
「カレン様!」
「お可哀想に……」
ゆっくりと扉の向こう側から顔を出したカレンの前に跪き、私は彼女に懇願した。
「ジェフリー様を説得してください! 先程、おっしゃってくれた……」
「残念ながら、私にできることはもう……」
「お願いです、カレン様……」
「顔を上げてください」
主を失った侍女の声は、またしても震え始めた。
明日から無職になる惨めな侍女を哀れに思ったのか、カレンは屈みこんで私の背中を擦ってくれる。
「シャロット様の勇姿を、一緒に見届けましょう」
主人公がモブキャラを気遣うというゲームにはない展開を迎え、前世でプレイした乙女ゲームの知識はなんの役にも立たないのだと思い知る。
(主人公を頼っていたら……)
断罪まで時間がないこともあって、シャロットの無実を訴えかけるのは難しいと思い込んでいた。
仲間を増やしている暇はないと考えた私は乙女ゲームの知識を駆使して、隠し通路を利用する案を思いついた。
でも、扉を抜けたあとに待っていたものはバッドエンド。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「あなたは十分な働きをされましたよ。さあ、立ち上がって?」
シャロットが、自分で道を切り拓くことができるように言葉を添えたつもりだった。
『お嬢様の道は、お嬢様が選びます』という余計な一言は、破滅エンドを迎える一手になってしまったことに絶望する。
「シャロット・レトナーク」
ここからの流れは、一度目の断罪シーンと同じだった。
ダイジェスト映像を見ているときのような、あっけなさ。
「平民出身のカレンを不当な手段で陥れた罪を償ってもらう」
社会をより良くすることを目標に生きているジェフリーは、平和を乱す存在を世界から排除するために精を出す。
(また、死に戻れる保障なんてどこにもないのに……)
悪役令嬢の侍女に転生したばかりのときは、シャロットが断罪されることに必死で抗った。
でも、彼女が断頭台の前までやって来ると、もう自分にできることは何もないと私は知っている。
目の前で彼女の首が吹っ飛んだときのことが、頭から焼きついて離れない。
「悪役令嬢シャロットは、カレンを苦しめ続けた!」
自分は正義のために行動していると言わんばかりのジェフリーは、群衆に向かって叫び声を上げる。
「そうだ! カレン様をお守りしよう!」
「彼女を罰してください、ジェフリー様っ」
ほかの生徒たちも声を上げ、シャロットに対する怒りをぶつけた。
彼らの顔には憎しみが浮かび、身分の高いご子息たちは拳を振り上げていく。
(シャロットが、何をしたの……?)
ゲームの中でシャロットが妨害するのは、あくまで主人公の立場であるカレンだけ。
ほかの生徒たちを傷つけるような行為はゲームの中で見られなかったはずなのに、まるで自分たちもシャロットに酷い仕打ちを受けたような言い回しをしてくる。
「なんで……なんで、みんな、カレンの味方なの……」
カレンが、主人公だから?
カレンが、主人公として抜群の好感度を持っているから?
「話を聞いて……話、を……」
群衆の怒りの声が中央広場に響き渡り、私の聴覚に突き刺さる。
それらの声に怯えているのは私だけで、みんなはみんなに同調していく。
シャロットを味方するのは私だけで、みんなは悪役令嬢が最たる悪だと決めつける。
「断罪せよ!」
「断罪せよ!」
ジェフリーのかけ声に、学園中の生徒たちが続いた。
まるで、集団で催眠にかけられているような違和感に体の震えが止まらない。
「っ」
またしても死刑執行人によって、シャロットの首は斧によって切断された。
見上げた空は、断罪日に相応しくない鮮やかな青で世界を包み込んでいる。
こんなにも美しい空の色を、斬首された少女は見上げることができない。
シャロットは。3月1日の空の色を知らないまま亡くなった。
「約束……守れなかった……」
前世ではシャロットのために何もできなかった侍女に、使えない侍女だと悪態をついてきた。
でも、前世に残してきた言葉は、今の私に巡ってきた。
「守れなかった……守れなかったよ……」
悪役令嬢が、断罪ルートに進むのを回避するための異世界転生だと思っていた。
私がシャロットを救って、ゲームには存在しない3月1日を迎えてみせると意気込んでいた。
でも、私がシャロットのためにできることなんて何もなかった。
私は主の亡骸を前に、涙を溢れさせることしかできなかった。
「異世界転生なんて……したくなかった……」
こんなにも胸が締めつけられるような感覚を、二度も味わうことになった。
目を閉じたら、今までの出来事はすべて夢でしたって期待通りの未来が待っているかもしれない。
「……さい」
現実から逃げ出すために瞳を伏せたはずなのに、神様は私に逃げることを許してはくれなかった。