第3話「モブキャラは、悪役令嬢の手を取ることができますか?」
「私を追い詰めたいのなら、もっと毅然とした態度で……」
「隠し通路を見つけたときは、お嬢様を救う一手になると……そんな自信に溢れていました」
だんだんと視線が、下を向いていく。
足元を確認しながら進むのは悪いことではないけれど、なんとも情けない姿だと鏡のない状況でも感じる。
「でも、どんなに頑張っても、シャロット様を助けられなかったらと思うと……」
「これが、あなたの全力?」
「そうです……主を失う可能性を潰すために思いついた、私の全力……」
「馬鹿ね」
悪役令嬢シャロット・レトナークが断罪される場面を前に、何もできなかったときの自分がトドメになるところだった。
完全に足を止めてしまいそうになったとき。強烈な言葉が背後から飛び交ってきた。
「最善を尽くしたというのなら、頑張った自分を誇りに思いなさい」
ここで私は、ようやく後ろを振り返ることができた。
「全力を出して私を助けられなかったのなら、それはあなたの責任じゃない。私が不運だった。それまでのことでしょう」
心もとない光しか届かない場所では、シャロットの真紅の髪も赤の瞳も輝きを放つわけがない。
それなのに、炎が舞い上がったときのような美しさをシャロットはまとっている。
「そこにあるのが善意であろうと悪意であろうと、自分のやるべきことには自信を持つことね」
燃え盛る炎のような熱い存在感を放つ彼女こそ、私が守りたいと願ってやまない悪役令嬢シャロット・レトナークだと体と心が自覚していく。
「ほら、もうすぐ出口みたいよ」
シャロットと一緒に同じ方向を見つめると、目の前に微かな光が差し込んできた。
眩い光を目にするだけで、心臓が高鳴っていくのを感じる。
大袈裟な言い方かもしれないけど、希望の光だと思った。
「進むの? 引き返すの? それとも、私を突き出すのかしら」
少しずつ、少しずつ、光の量が増えていく。
少しずつ、少しずつ、お慕いする主の表情が確認できるようになっていく。
「出口を抜けた先に待っているのは、希望ですよ。お嬢様」
足取りが軽くなり、全身に力がみなぎってくるのを感じる。
出口に近づくたびに、シャロットを救うという希望が再び芽生え始める。
「私、全力で、シャロット様のことを救ってみせます」
真紅の宝石のように美しく、深い赤色をしている瞳と、私は真っすぐ向き合った。
シャロットの瞳には強さが宿っていて、その視線だけで私を魅了していく。
「ついさっきの約束、もう破られるのかと思ったわ」
初めて、悪役令嬢が優しく微笑んだところを見た気がする。
あまりの驚きに呆然と佇んでいると、すぐにシャロットは口角を下に向けてしまった。
「急ぐわよ」
「お嬢様、お待ちください」
もう出口が見えるところまで来たと分かると、隠し通路を先導する役割が私からシャロットへと変わった。
勇猛果敢に突き進む彼女の姿に、改めて尊敬の気持ちを抱く。
私もシャロットのような強さを持ちたいと気持ちを新たにしたとき、次の展開は訪れた。
「衛兵に遭遇する前に、ここから脱出できないみたいね」
出口を見つけたときの喜びは、一瞬で絶望に変わった。
シャロットが出口の扉に手を伸ばし、その扉に触れようとしたけれど、強い魔法の力が彼女を弾き返した。
出口は見えない力で封じられていて、まるで透明な壁が立ちはだかっているかのようだった。
「どうして……」
悪い予感というものは、当たってしまう。
そんなどこかで聞いたことのある言葉が頭の中を駆け巡り、私は信じられない思いで扉を見つめた。
(ゲームでは、ここから出られたのに……)
ゲームの中では、主人公と攻略キャラが隠し通路を利用して学園を脱出する様が描かれていた。
一方の私たちは、そもそも脱出が不可能という想像もしていなかった展開を迎えた。
「お嬢様のお力で、扉を……」
「下がりなさい」
扉の先で衛兵が待っているという恐怖や不安におびえることなく、シャロットは深く息を吸い込んだ。
指揮棒にも見える魔法の杖を扉の前に差し出し、魔法を発動させる準備を整える。
「|フレイム・エンブレイス《炎の抱擁》」
杖から炎が噴き出し、扉に向かって一直線に飛び出した。
炎は扉に触れると、瞬く間に扉の表面を包み込んで、赤々と燃え上がっていく。
これこそが、悪役令嬢シャロット・レトナークが一番得意としている炎魔法。
「これで、先に……」
熱気が周囲に広がり、空気が揺らめいた。
扉の向こうに待っているものは、やっぱり希望だったと確信しようとしたときのことだった。
「駄目ね」
炎の勢いは扉に触れたように見えたけれど、それは私の勘違いだった。
シャロットは杖を下ろし、炎魔法から道を照らす光魔法へと切り替える。
「扉を開くのが先か、衛兵が私たちを見つけるのが先か……難しいところね」
「っ」
主人公と攻略キャラが手を取り合って、この状況を打開するのがゲームの醍醐味だった。
二人で扉の先へ抜けて、学園に迫っていた危機を二人で解決に導くという感動的な場面を迎える。
(私が、主人公じゃないから……)
私は単なる侍女に過ぎず、魔法の力で未来を切り拓く力は持っていない。
シャロットの断罪時間を遅らせることができても、自分にできたのは、ただそれだけ。
「最善を尽くしたのなら、まずは自分を褒め称えなさい」
隠し通路で一生を終えるつもりのないシャロットは、真っ先に引き返すという選択を選ぶために来た道を振り返った。
「お待ちください! 引き返したら、シャロット様は……」
「言ったでしょ? 何をしても無駄だって」
錆ついて、扉の体もなしていないような半壊状態の扉から光が漏れ出ているのに、私たちは光に手を伸ばすことすら許されない。
「まだまだやれます! もっと頑張ります! だって、私はシャロット様を救うために、ここに……」
「シャロット様……? そこに、いらっしゃるんですか?」
侍女は、主人公にはなれない。
そんな酷な現実を言い聞かせるためのようなタイミングで、真の主人公が姿を見せた。
「ご無事で何よりです」
「カレン……」
光魔法を発動させた魔法の杖を片手に、悪役令嬢シャロット・レトナークを迎えに来た人物。
シャロットの行く道を照らすような希望ある光を持って現れたのは、乙女ゲーム時の主人公。
デフォルト名は、カレン。
「こんなところまで、私を捕らえに来るなんて……どれだけ私のことが憎いのかしら」
「違います! 私はシャロット様のことをお救いするために、ここまで来たんです」
ウェーブがかった金色の髪と、明るい緑色の瞳。
そして髪色と瞳の色を引き立てる白い肌が、主人公としての気品を強調してくる。
(これが、主人公……)
前世の自分と比べれば、侍女のアリナの容姿は大変に優れている。
でも、所詮、侍女はモブキャラクター。
可憐な主人公と、美しい悪役令嬢は、並ぶだけで画になる。
(叶わないな……)
悪役令嬢シャロットは、大体が平民出身のカレンを不当な手段で陥れた罪で断罪される。
その、陥れようとしていた相手が悪役令嬢に手を差し伸べる展開なんてゲームの中には存在しなかった。
これが、現実だということを思い知らされる。