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第1話「死に戻り」

「聞こえないの?」


 このまま瞳を閉じていれば、シャロットが亡くなった事実から逃げられると思っていた。

 でも、私の聴覚は、この声の主に会いにいくことを選択した。


「さっさと消えて」


 ずっと閉じていたかったはずの瞳を、ゆっくりと開く。


「っ」


 そこにいたのは、深い溜め息を吐いた少女。

 彼女の高貴さを表している真紅の髪色と赤の瞳が大好きで、私は彼女の強さに何度も何度も憧れの気持ちを抱いた。


「愚図な侍女は必要ないって言ってるの」


 豪華なカーテンが風に揺れ、窓の向こうから差し込んでくる眩い光に目を細めた。


(シャロットが……生きてる……)


 目の前には、ゆったりと椅子に腰かけるシャロットの姿。

 死への苦しみに侵されることなく、手にしている書物を一ページ一ページゆっくりと捲り上げる。


(夢……現実……?)


 シャロットには何事もなかったかのようなゆとりがあるのに、私だけは心臓の鼓動が速くなる。


「私は、強いの」


 平静を装うとしても、どうしても手が震えそうになってしまう。

 シャロットが亡くなったときの恐怖や絶望が、まだ自分の中に鮮明に残っている。


「誰の力も借りずに生きていけるわ」


 シャロットの凛とした声が響く。

 シャロットは赤の瞳で、侍女に冷たい眼差しを向けてくる。


「……った」

「何? 言いたいことがあるなら、はっきり……」

「良かった……生きてて良かった……」


 抑えきれない感情に突き動かされ、私は愛しの彼女へと抱き着いた。


「良かった……本当に良かった……シャロットお嬢様……シャロットお嬢様っ……」


 彼女の温かい体温を感じると、ますます涙を堪えきれなくなっていく。

 震えた声で彼女の名前を呼ぶのはなんとも情けなかったけど、彼女が生きていることへの喜びを抑えることができなかった。


「っ、離しなさい」


 主人に抱き着いた侍女を叱りつけるような声を投げかけられたけど、私は彼女の腰回りに回した手の力を強める。


「離しません」

「離しなさいと言って……」

「私は、シャロット様を守ると決めました!」


 死んだはずの彼女が生きているのを、脳が、身体が、受け入れ始めていく。


「絶対に死なせません」


 顔を上げて、はっきりとした物言いで彼女に宣誓する。


「どうか、シャロットお嬢様のお傍に置いてください」


 悪役令嬢の断罪初日から始まった異世界転生。

 でも、シャロットが生きている時間まで時が戻ったのなら、まだ未来を変える余地があると信じたい。


「……だったら、守ってみせなさい」


 赤の瞳が、私を見下ろしてくる。

 彼女の強さを象徴する赤が、私の決意を強固なものへと変えてくれる。


「2月28日の断罪を回避して、私が3月1日を迎えられるようにしなさい」

「もちろんです、シャロットお嬢様」


 これは、悪役令嬢シャロット・レトナークの断罪エンドを回避するための物語だと信じたい。

 悪役令嬢シャロット・レトナークがゲームの世界には存在しないハッピーエンドを迎えるために、私は彼女の元に転生してきたと信じたい。


「あなたが、どうするつもりなのか。お手並み拝見ね」

「え」


 シャロットが、部屋に飾られているクマをモチーフにしたぬいぐるみに目を向ける。

 ぬいぐるみは相変わらず黒板のようなものを手にしていて、黒板に表示されている時刻は先へ先へと数字を進めていく。


「2月28日……」

「まるで、今日の断罪を知らなかったような顔つきね」


 シャロットが死ぬことで、時が過去へと戻ったところまでは良かった。

 そこまでは望んでいた展開だったけど、次に待っていたものはまたしても絶望。

 マスコットキャラが示す時刻は《《2月28日の午後4時》》。


「もうすぐで、私を拘束にやってくるわ」


 2月28日は、前世の私の誕生日。

 そして、悪役令嬢シャロット・レトナークにとっては命日となる日。


「さあ、どうやって私に3月1日を迎えさせてくれるのかしら」

「逃げましょう」


 シャロットの手を、そっと取る。

 二度目の人生で出会ったシャロットも、断罪という運命を受け入れる覚悟を決めているように見えた。

 けど、彼女の手が震え、指先が氷のように冷たくなっているのを私は見逃さなかった。


「逃げ切れるわけがないでしょう? これが、私の運命なの」


 侍女が主の手に触れるという無礼を叱りつけるように、シャロットは私の手を振り払おうとした。


「言いましたよね、私はシャロット様をお守りすると」


 でも、私は彼女の手をぎゅっと握った。

 失礼とか無礼とか、そういうことは頭の中に過ったけれど、こんなにも体を冷たくしている彼女のことを放っておくことができなかった。


「っ、無礼にも程が……」

「申し訳ございません。お嬢様を、独りにしておくことができなかったもので」


 シャロットに熱を与えることができなくなることを惜しみながら、私は彼女と距離を取った。

 でも、おかげで私はシャロットの表情を確認できるようになった。


「お嬢様、顔が赤い……」

「うるさい」


 凛とした声とは裏腹に、彼女の顔はほんのりと赤く染まっているように見えた。

 その姿に思わず胸が高鳴り、もう一度、彼女の腕の中へと飛び込みたい欲求をなんとか抑え込む。


「いつもは私を放っておくくせに、どこか可笑しいんじゃないの」


 ゲームの中では、決して拝むことのできなかった悪役令嬢の照れた顔。

 少し恥ずかしそうにしているところに見惚れていると、私の視線に気づいた彼女は思い切り顔を背けてしまった。


「何かを企んでいたら、許さないから」

「シャロットお嬢様」


 もしかすると、昨日までの侍女と今日の侍女()は態度が違うのかもしれない。

 でも、今は侍女の性格を気にするよりも、大事なことがある。


「今日も大変お美しいです」


 断罪ルートが確定している悪役令嬢が、生きていることへの幸福感。

 あなたが生きていて幸せですって気持ちを大袈裟なくらい表現したかった私は、満面の笑みを浮かべた。


「っ、当たり前でしょ」


 真紅の髪を(なび)かせながら、シャロットは床に落ちた書物を拾い上げようとした。


「私が拾います!」


 侍女が傍にいるのに、なぜかシャロットからの命令が下りてくることはなかった。

 シャロットが侍女を頼りたくないほど関係が冷え切ったものだったとしたら、少し距離感を縮めすぎたかもしれない。

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