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第2話「悪役令嬢の侍女は、何度も幸せを繰り返す」

(喜んでもらえるかな)


 侍女の立場から、主に贈り物を用意することだって正解か不正解か分からない。

 無礼だって怒られる可能性ももちろんあるけど、答えが分からないのなら花を贈ってみるしかない。


(少しは、できる侍女になりたい)


 名前も知らぬ色とりどりの異世界の花々に視線を注ぎすぎて、無意識に足を止めてしまっていた。


「花に興味があるの?」


 先を進んでいた主が、足を止めていた侍女を探しにやって来た。


「っ、申し訳ございません!」


 引き返すという手間をかけてしまった私は、シャロットに向けて深く謝罪をする。


「主人、取り扱っている花をすべてちょうだい。いくらになるかしら?」

「へ? すべてですか!?」


 シャロット申し出に対して、露店のおじさんが目を丸くしたのは言うまでもない。


「お嬢様! ダメです! こんなにたくさんの花を買い占めては、ほかのお客様に迷惑です」


 まるで魔法がかけられているかのように輝く花々に惹かれる気持ちは理解できるけど、国民に悪役令嬢としての名を広めるわけにはいかないと思ってシャロットの前に飛び出した。


「欲しくないの?」

「え?」


 眉間に皺を寄せたのは、シャロットではなく私。


「あなたのために、買ってあげようと思ったの」


 シャロットの誠実な気持ちが嬉しすぎて、私は言葉を返すことも忘れてしまった。


「さっきから、少しも笑っていないから」


 彼女への感謝の気持ちで満ち溢れ、こんな人が多く行き交う場所で泣いてしまうかと思った。

 主からの気持ちを拒むのではなく、主からの気持ちを受け取った上で、私は首を横に振る。


「ありがとうございます、お嬢様。ですが、花を求めているのは私だけではありませんから」


 せっかく2月28日から歩みを進め、学園の外に飛び出すことができたのに、私は主への遠慮から上手く笑うことができていなかったことに気づかされる。


「花の美しさを、国民の皆様と共有したいです」


 自分の気持ちを素直に表現できるようになると、シャロットは少しの間、口を閉ざした。

 ゆっくりと微笑んだシャロットの姿を見て、やっと自分にも主を笑顔にできたのかなって自惚れてみる。


「一輪だけ選びなさい」

「シャロット様は、どの花を好まれているのですか」


 何気ない言葉を交わし合いながら、こっそりとシャロットの卒業式の準備を整えていく。


(その花を、卒業式に送ろう)


 自分よりも主を優先することにシャロットは不満そうだったけれど、真っ赤な薔薇のような花を選んだ。


「お嬢様の色ですね」

「そうね。赤を見ていると、強くいられる気がするの」


 慎重に一輪の花を選び取り、シャロットは私の人生に贈り物をくれた。


「ありがとうございます」


 シャロットから贈り物をもらって、幸福な気持ちで満たされているはずなのに手が少し震える。


「アリナ?」

「人間、嬉しすぎると……こんな風に震えちゃうんですね」


 誰も祝ってくれない2月28日の誕生日。

 たとえ一日遅れだとしても、まるで生まれて初めて贈り物をもらったような幸福感に涙が溢れ始める。


「私が、あなたを泣かせたみたいじゃない」

「お嬢様のせいです……」


 あまりに主からの贈り物に感動しすぎたため、涙が止まらなくなった。

 次から次へと涙が零れ落ちてしまうため、私たちは街の喧騒から離れた公園のような場所に移動した。


「2月28日を、何度も繰り返して思ったの」


 午後の授業をサボって街に繰り出したときには青い空が広がっていたはずなのに、少しずつ空の色が夕暮れへと向かっていく。


「後悔しない生き方をしたい」


 大図書館での火災があったときのことを思い出すような空の色。

 でも、ジェフリーが拘束されている今、もう放火事件が起きることはない。

 シャロットが断罪に追いやられることもなく、私たちは未来へと時を進めているのだと空の色が教えてくれる。


「死に戻りなんて、魔法学では解明されないことが起きたの」


 どこまでも続く空は、世界が美しいことを教えてくれる。

 どこまでも続くオレンジ色の空は、世界が平和であることを伝え続けてくれる。


「いつ何が起きるかなんて、誰にも分からないのよね」


 シャロットは深く息を吸い込み、世界を包み込む橙色の空へと視線を向ける。


「アリナと距離を取ってきたこと、ずっと後悔していたの」


 彼女の隣で、彼女の話に耳を傾けることができる幸福。


「私は、私の傍にいてくれた、あなたを幸せにしたい」


 時間を気にすることなく言葉を交わせる幸福を噛み締めていると、そっと手を重ねられる。


「泣きなさい。今まで、頑張ってきたのだから」


 いつもは凛としたシャロットの声が、優しく響く。


「ありがとうございます、シャロット様」


 自由に泣いてもいいと言われると、逆に涙を止めたくなってしまうのは可愛げがないかもしれない。

 でも、涙で滲んだ視界ではなく、澄んだ視界で彼女を視界に映したいと思った。


「アリナの気持ちを聞かせて」


 シャロットが言葉を発したタイミングで、風で木々の葉が(なび)いた。


「後悔しない生き方、見つけられたかしら」

「私は……」


 シャロットへの強い想いがあるのは確かなのに、それを言葉にする勇気がない。

 胸の奥に秘めた、この気持ち。

 侍女の立場である私が、決して抱いてはいけないものだと理解している。


「時間は有限」


 胸が苦しくなるのを感じると、シャロットは私を救いに現れる。


「だから、私は伝え続けたいと思うの」


 私を見つめる彼女の瞳が優しすぎて、心に温かな気持ちが芽生えるのを感じる。


「私に一生、付き添って生きてくことを約束しなさい」


 いきなり命令口調になる彼女に、ほんの少し口角が上がる。

 私に笑みが戻ってくるのを確認したシャロットは、優しい笑みを浮かべてくれる。


「私は、侍女ですよ」


 唇を震わせながら、小さな声で言葉を紡ぐ。


「侍女だから、なんなのかしら」

「身分の差がありすぎて……」

「私は、アリナの気持ちが聞きたいの」


 シャロットのような、美しくて優しい笑みを浮かべることができているか。

 それを確かめる術はないけれど、赤の瞳に映る私はシャロットに安心の気持ちを与えていることを切に願う。


「シャトット様……」


 シャロットに触れられた手を、ゆっくりと握り返す。


「ずっと……自分の気持ちを伝えるのが怖くて……」


 彼女は静かに私を見つめ、私の小さな声に耳を傾けてくれる。


「ずっと心に閉じ込めていくつもりでしたが……」


 夕陽の光が、シャロットの真紅の髪をより美しく輝かせていく。

 彼女の美しさと強さにも自分は相応しくないと思ってきたけど、それらはすべて思い込みだったことに気づく。


「それが、ずっと私の後悔で……」


 シャロットのような強い生き方ができるかは分からないけど、強く生きたいと願うから声を出す。

 彼女の赤の瞳を見つめながら、隠し続けるつもりだった気持ちを告白する勇気を振り絞る。


「ずっと、あなたを愛しています」


 手を手を深く繋ぎ合わせて、シャロットの熱を感じる。


「ありがとう、アリナ」


 ずっと押し込めていくはずの感情が解き放たれると、シャロットは更に優しく手を握り締めてくれた。

 深く指を絡ませて、二度と離れないことを誓う。


「私を見つけてくれて、本当にありがとう」


 シャロットから送られた赤の花が、赤く染まる夕陽の光を受けて燃え上がるように咲き誇る。

 二人の心が一つになったことを祝福するかのように揺れる花びらの美しさを、私は二度と忘れない。

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